第15話 合宿2日目②
二回も投げられた前橋さんは、無言で俺らの事を睨みつけると、どこかへ行ってしまった。ちょっと瞳が潤んでいた。
「えっと、大丈夫かな? 前橋さん」
「受け身ちゃんとできるし、大丈夫」
そういう問題なのかな?
前橋さんはすごい怖い人だと思ってたのに、今ではなんかいい人だったんじゃないかとさえ思えてしまう。
次会ったら、なんか普通に話せそうな気がする。かわいそうだったし。
一本背負いで人の印象ってがらっと変わるもんなんだね。一本背負いすごいなぁ。
それはともかく、前橋さんが居なくなったせいで、いろんな疑問が取り残されたままだ。
隅田さんと前橋さんの関係だったり、昔の隅田さんのことだったり、それに
「すみ子ちゃん……」
「――――っ!」
「うおっ!」
隅田さんがびくんっ、と肩を揺らし大袈裟なくらい反応する。
「えっと、すみ子ちゃんって――」
「それ以上聞かないでそしてすぐに忘れて」
「う、うん……。わかった」
今まで聞いたことないくらいのボリュームと勢いでまくし立ててきた。
隅田さんにとって相当触れて欲しくない話題なのだろう。
といっても、聞きそびれた昔の隅田さんの事も含め、気になるのは気になる。
「……………………すみ子ちゃん」
「…………茂上君?」
すごい形相で睨んできた。
「ごめんごめんっ! 一本背負いしないで」
「郁ちゃん以外、しない。郁ちゃんとは練習したから」
「練習って、一本背負いの?」
「前に演劇でやった」
「なるほど……」
ん? その設定ずるくないか?
汎用性高くていくらでも後付けできちゃうじゃないか。
オヤジにハワイで習った、ってくらい便利なやつ。
それならもう、もう隅田さんがどんな一面を見せてももう驚かないぞ。
「けど、いじわるするなら、嫌いになる」
「…………おけっす」
隅田さんは、そっぽを向いて、少しだけ唇を尖らせている。
うおお。
申し訳ないことに、今の隅田さんは拗ねてるみたいで、かわいいなと思ってしまった。
嫌われたくないので、もうそのことに関して触れるのはやめよう。本当は、いろいろと聞きたかったけど。
だが、そんな俺の気持ちが伝わったのか、隅田さんの方から口を開く。
「……郁ちゃんは、中学校が同じだったの」
「そう、だったんだ」
中学校が一緒ってことは、もしかしたら、あの俺にとっての運命の舞台にもいたのかもしれない。
隅田さんの中学校時代。
当たり前だけど俺の知ってることは少ない。
たった一度、会話しただけ。
知りたいことはたくさんあったのに、タイミングとか、勇気とか、いろいろなくて聞けなかったけど。
でもなんか、今ならいけそうな気がする。
「そういえば、隅田さんはどうして演劇の道に進まないで、この高校にしたの?」
「…………」
隅田さんはずっと黙ったまま、じっとこっちを見つめてくる。
「えっと……」
「…………」
気のせいだったのかもしれない。
やばい、めっちゃ不審に思われてる。
だよね、唐突過ぎたよね。
それに思えば、隅田さんは、俺と一年前に会ったことあるなんて覚えてないんだから、急にそんなこと言ってきたら気持ち悪いよね。
ということで、焦った俺はなんとか誤魔化しを試みる。
「えっとほら、隅田さん、演技上手いし! もっと演劇をやる進路とか、考えなかったのかなーって、思って……」
どうだ? 誤魔化せた、か?
「……そういうこと」
「うんうん、そういうこと」
まだ、ちょっと納得いってなさそうだが、たぶん何とかなっただろう。
そうやって、一旦胸を撫でおろしたのも束の間。
「茂上君には、憧れの人っている?」
「……はい?」
唐突にそんなことを言い出す隅田さん。
その言葉に驚かされる、いろんな理由で。
なぜ憧れの人が急に聞いてくるのだろう? そんな単純な疑問と。
隅田さんの口から、憧れの人、という言葉が出てきたこと。
そりゃあ、そうだ。だって、よりにもよって俺の憧れの人がそれを聞いているのだから。
隅田さんの表情は相変わらずの無表情、真意が読めない。
でも、憧れの人はいるか、という問いに対する答えは一つしかない。
「憧れの人は、いるよ」
「……そう」
それだけ言ったきり黙り込んでしまった隅田さん。なにか、考え込んでいる、のか?
反応が薄くて、拍子抜け、とうかなんか不安になってくる。
結構、勇気を振り絞って行ったんだけどなぁ。
だが、ずっと黙っていた隅田さんはそんな俺の不安を吹き飛ばすくらいのことを言い出した。
「私にもいるの、憧れの人」
「へぇ……えっ?」
なんだと?! 隅田さんの憧れの人だって……?
瞬間、最悪な考えが思い浮かぶ。
「それって、もしかして……」
俺の心がキュッと締め付けられた。
もしかして、隅田さんの憧れの人ってことは、隅田さんの想い人?
そんな嫌な予感を肯定するかのように、隅田さんはこくりと頷く。
「うん、それが三上先生」
「……え? 三上先生?」
「あれ、違った?」
「あいや、そのー。あはは……」
だよねー、憧れの人が異性とは限らないし、隅田さんなら演劇関連になるよね。
「ということは三上先生とは、前から知り合いだったの?」
「うん、小学校に入る前から三上先生のことを知ってて、劇団に入ってからもずっと私の憧れ」
「劇団って三上先生の?」
「うん」
三上先生と隅田さんの繋がりはそこからだったのか。
そんな小さい頃から劇団に所属しているとなれば、隅田さんの抜群の演技力に納得がいく。
そんな事を考えていると、唐突に隅田さんはとんでもないことを言いだした。
「でも、私は三上先生に見捨てられてた」
「見捨て、られた?」
「茂上君の言う通り、本当は進学するつもりはなかった」
知っている。それは、一年前に隅田さんから聞いたから。
「でも、その私の将来を三上先生は否定した。今の私には無理だって」
「そんな……」
実力は素人目から見ても、同年代と比べ群を抜いているはず。
それに俺の憧れた隅田さんが実力不足なんて、俺にはどうしても、信じられなかった。
「それが理由」
「え?」
「茂上君の質問の答え、私が星蔵学園に通っている理由」
「……あー」
質問してた俺が忘れかけていたが、隅田さんが星蔵学園に通っている理由を聞いていたんだっけ。
その答えが、憧れの人である三上先生に反対されたから、ということか。
一人だけに反対されだけで? とそれだけ聞かされたら思っていたかもしれないが。
なるほど、憧れの人の話は、隅田さんなりに順を追って説明をしてくれたみたいだ。
隅田さんを演劇の道へと導いた人、そして隅田さんが目指す理想の人物その本人に、反対された。
たしかに、それは自信を無くすというか、心えぐられるというか。
俺でいうと、隅田さんに人格否定をされている、って感じか?
うわっ、想像したくない。けど……。
…………。
――あなたって何一ついいところがないんですね♡
――自信持てる長所とか、ないんですかぁ♡
――ほんっとうにあなったってダメダメですね♡
――ざぁこ♡
なんだろう、すごく泣きたくなるんだけど…………、悪くない。
むしろ、このやるせない気持ちが、惨めな気持ちが、癖になるっていうか、いけない気分になるっていうかなんというか。
……いや、これ違うな。絶対違う。語尾に♡どっからきたよ。
そんなバカな妄想は振り払って、話を戻す。
「隅田さんは、三上先生に演劇の道へと進むことを反対したんだよね? それでも、演劇を止めようとはしなかったんだ」
演劇の道を反対され、自分の進路を曲げたのに、でも今は隅田さんはこうして演劇をやっている。
演劇自体を止めたとしても、変ではない、と思ったんだけど。
「うん、反対されたなら、認めさせればいい」
なんというか、ブレないなぁ。
「だから私は、演技では誰にも負けたくない、負けられない。部活でも、合宿でも一番であり続ける。……それが演劇を続ける理由 、今の私の答え」
そんな芯の強さが、隅田さんらしいというか……、俺が憧れた部分なんだよね。
でも、そんな隅田も、三上先生の反対されて、そしてそれに従った。
隅田さんにとって三上先生は大きな存在なんだと、改めて思い知らされる。
でも、そもそもなぜ三上先生は隅田さんの進路に反対したんだろう?
意思もある、れに伴う技術もある、反対する理由なんてないと思うんだけど。
と、そんなことを考えていると。
「…………」
なんか、隅田さんがじっーと俺の事を見つめてくる。
すごくかわいい。
「えっと? どうしたの?」
今更ながら、至近距離に隅田さんがいるこの状況に緊張してきた。
「……わたし、悔しいって思ってる」
「え?」
「この劇で主役をやりたかった。でも選ばれなかった」
この劇、というのは今合宿で稽古をしている『喜怒哀楽』のことだろう。
それにしても、隅田さんから圧を感じるというか、なにか嫌な予感が、
「茂上くんに取られたから」
「…………」
さっきとは別の緊張が俺に走る。
さすが、隅田さん。本気を出せば表現力はピカイチだなぁ。
「……主役やりたかった」
「いやいや! ほら、配役に意味はないって三上先生も言ってたし、俺が隅田さんより何か増さって るところなんてあるわけなくて、別に応援も変な意味じゃなくてね? そもそも、性別が違うし……」
「別にそれは変じゃない」
まあ、男女比率的に男役やることはよくあることだけど。
「それでも隅田さんの役だって主役級じゃない? 配役で、優劣なんて決められないと思うんだけど」
「…………」
また、じっと見つめてくる。納得いってないんですね。
俺が言ったことなんて隅田さんが理解していないはずがないのに。
たとえ些細なことだったとしても、三上先生の一番、その証が欲しいのだろう。
「納得いっていないみたいだね?」
「だって、それがわたしが演劇をやる理由だから」
「……そっか」
そうやって、目指すものへひたむきな隅田さんもかっこいい、けど……。
「もしかして、ちょっと無理してない?」
「……どうして、そう思うの?」
「それは……」
なにか、確信があって言った言葉ではなく、なんとなくそう思っただけだ。
だけど、一つだけ言えることがある。
「もっと、自由に演劇をやってもいいんじゃないかなって、思ってさ」
「えっ……」
「理由とか、誰かに認めてもらう、とかじゃなくて、そんな難しい事考えないで、もっと自分の好きなものに正直になって、自由にやってもいいんじゃないかな」
好きなことが好きである理由。
それはとても単純なことだと教えてくれたのは隅田さんだった。
そして、そんな隅田さんに俺は憧れたんだ。
「……そんなこと、あなたが言わないで」
「え?」
ぼそりと俺に聞こえないくらいの声で何かを呟く隅田さん。
次の瞬間俺は驚かされることになる。
「わたしはっ……!」
普段の隅田さんからは想像がつかないくらい、感情がむき出しになった声に。
そして、隅田さんの頬に流れる一粒の雫に。
「隅田さん、泣いて……?」
そんな思わずこぼれた俺の声に、はっとした隅田さん。
そして、涙を隠すように三角座りで自分の膝に顔を埋めてしまう。
そのまま、動かなくなってしまった。そして、沈黙の時間が続く。
……どうしたものか。
押しつけがましかっただろうか?
隅田さんの気持ちを理解した気になって、知ったような口を利いて。
とにかく、謝らなければっ……!
「あの――」
「泣いてない」
「…………」
どうしよう、俺が言葉を発するより先に否定されてしまった。
「………やっぱり泣いてた」
やっぱり泣いていたようだ。
「ごめん、的外れなこと言っちゃって。隅田さんの力になればって思ったんだけど余計なお世話だったよね」
「ちがう。泣いたのは茂上君が悪いんじゃなくて……。そうだ、演技の練習! 演技の練習してたの」
「そんないきなり?!」
それに今思いつたような言い方だったし。
「だから関係ない。茂上君はなんにも、全く無関係だから」
「…………」
いや例え汎用性高くても今回は無理があるよ隅田さん……。
でも、明らかな誤魔化だと分かっても、隅田さんに押し切られてしまったらこれ以上踏み込む事はできない。
「あ、休憩終わりだね」
「……ほんとだ」
いつの間か練習再開の時間まで残り数分になっていた。
タイミングが良いというか悪いというか。
「午後も頑張ろうね」
「うっ。そ、そうだね……」
すっかりと忘れていたが、あの地獄のしごきが始まることを思い出し、つい渋い顔をしてしまう。
その上、なんか恨みをかってしまった人が若干一名いることが発覚。いびられないかしら。
「そうだ、郁ちゃんに言われたことは、気にしないで」
「え?」
俺の表情と視線で気付いたのだろうか、丁度俺の考えていた人の名前が出てくる。
「郁ちゃんは、ちょっとだけいじわるだから」
それは、間違いなさそうだ。ちょっとは余計かもだけど。
というかもしかして、隅田さん、俺のことを気遣ってくれてる?
まじかよ、隅田さんめっちゃやっさしぃ。
「あ、じゃあ、俺の演技がヘタクソってのも……」
「それは本当」
「…………」
全く迷いなく言いきられてしまった。
ついでにここも気遣って欲しかったなぁ……。
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