第三章

第11話 合宿開始

 河織のおかげで信長についてだんだんとわかってきたが、だからといって、脚本がすぐにできるとか、そんなことはなく。


 そもそも、一番大事な何をやりたいかが、まだ見つかっていないので、進めるにも進められず。


 そんな感じで、脚本づくりに難航していると、いつの間にか夏休みへと入っていた。

 

 夏休みが始まったらとみんな何をする?

 いろんなイベントが目白押しだよね!


 我々が通っているこの星蔵学園においては、夏休み初日四日間の夏期講習である。

 

 さすが自称進学校、ふざけやがれ。


 午前中だけとはいえ、何故学校は長期休暇だというのに授業があるんだ? 先生は日本語が分からないのか?

 というみんなの不満もありつつも、今日が最終日、本格的に長期休暇になる。

 なお、課題はたんまり。


 長期休暇の過ごし方はみんなそれぞれだろうが、俺は脚本製作に悩まされる毎日だろうとは、想像に難くない。


 文化祭は夏休み明けの最初の土曜日。

 練習する時間を含めると脚本作業に使える時間はそう多くはない。

 

 作業が遅れ気味な俺としては、ここで追い込みをかけ、一刻も早く脚本を完成させなければいけない。


 そんなことを思っていた矢先のこと。 


「え、合宿?」

「うん、晴君知らなかったの?」


 部室代わりの講堂裏で、登校の途中にコンビニで買ってきたパンをかじっていたところ、隣にいた綾芽からとんでもない情報を聞き入れる。


「……あー、確か前にそんなことも言ってたような?」


 ここ最近は脚本のことで頭がいっぱいだったから、夏休みの予定なんてすっぽり抜け落ちていたみたいだ。


「で、その合宿っていつからだっけ?」

「来週の月曜から、三日間だけど」

「今日は金曜日だから……、土日挟んですぐじゃねーか?!」


 いきなりすぎるだろっ!

 なんだこの急展開は、テコ入れか? と疑ってしまう。なんのテコ入れかはわからないけど。

  

 まあ、事前に言われていたはずだし、悪いのは忘れていた俺か。


「本当に覚えてなかったんだ……」

「うん、そもそも合宿で何やるかも全然知らないし、前みたいに学校に泊まるんだっけか?」


 前、というのは6月に開催された地区の演劇フェスのために行った合宿である。その時は、学校の宿泊施設に一泊し、劇の準備をしたのだが。


「違うよ。今回は他校の演劇部や演劇に詳しい講師の人も集まる、講習会みたいなものだって先輩言ってたじゃん。ほんとうになんにも知らないんだね」

「うん、そもそも存在自体を忘れていたからね」

「もう、晴君ったら。はい、これがしおり」

「おお、サンキュー」


 しおりに書かれていたのは、概ね綾芽の言った通りで、学校関係なく割り振られたグループに1人の講師が付くらしい。どんなことをやるかは、講師によって違うみたいだ。


「それでさ、晴斗。今の今まで忘れてたってことは、合宿の準備まだできてないんだよね?」

「え? ああうん、まだだけど」


 最初のページに戻り、合宿に必要なものを確認する。


「な、なら! 明日もし晴君が暇なら、お買い物に――」

「まあ、これくらいなら特別なものを買いそろえる必要もなさそうだな」


 演劇のいいところは、台本だけあればこの身一つで活動は成り立つことだ。数日分の着替えくらいか。


「ん? 綾芽、今なんか言ったか? 全然聞こえなかった」

「え……、えっーと、あはは、なんでもない……」


 綾芽の言葉は尻すぼみにだんだんと小さくなっていく。

 なんか、心なししょんぼりしているように見えるが、気のせいだろうか?


「まあ、じゃあ家帰ったらさっさと準備しておくか」



  ※※※※



 そんで、早速その日の夜、リビングで合宿で必要なものをかき集め準備をしていたところに、茜ちゃんが話しかけてくる。


「お兄ぃ、さっきから何やってんの?」

「ああ、茜ちゃんには言ってなかったっけ。来週の月曜から、演劇部の合宿に行くことになったんだよ」

「合宿?! なにそれ、聞いてないし」

「だよなぁ、お兄ちゃんも今まで知らなかった」

「なに呑気なこと言ってるの」


 茜ちゃんは呆れ顔で、近くにあったしおりを拾う。


「はぁ、3日間も家を空けるなら早く言ってよ」

「そっか、茜ちゃんに寂しい思いをかけちゃうなぁ」

「夕ご飯の予定が狂うじゃない、もう食材買ってきちゃった」

「お兄ちゃんの心配より冷蔵庫の心配ですか……」


 いやまあ、確かにそれはそれで申し訳ないけども。


「で、もう準備は終わったの?」

「うん、あとはこれをでっかいバッグに詰めるだけ」

「バッグって、この前ダメにしたばっかりじゃん」

「……あー」


 そういえば、ちょっと大きいサイズのカバンは前の合宿で使ったきり、ぼろぼろだったから捨てちゃったんだっけ。


「じゃあいつも使ってるバッグに、手提げを追加して無理やり詰め込めば」

「やめろ。それこそダメにしちゃうでしょーが、それにアメニティがないんじゃないの?」

「ああ、それならここに」


 と言って、俺はタオルの横にあるトランプを茜ちゃんに見せる。


「…………」

「ふっふっふ、心配ないよ。用意周到な俺に抜かりはないさ。鉄板はトランプだけじゃないのは分かってるからさっき買ってきたばかりのUNOも用意――」

「おばかっ!!」

「あいったぁ!!」


 茜ちゃんに頭を叩かれる。いやまあしおりを丸めたのだからそんな痛くなかったけど。


「アメニティはそういうのじゃないの!」

「ええ?! アニメの亜種とかじゃないの? てっきり遊ぶものだと」

「そんなもの合宿のしおりに書くわけあるか!」


 何言ってるのこのだめお兄ちゃんは、と茜ちゃんは頭を抱えていた。

 本気で呆れているな、これ。


「バッグがないなら、明日買いに行くんでしょ?」

「あ、うんまあそうだね」

「じゃあ、それあたしも行くから」

「え、別にいいよ、自分で適当に買ってくるし」

「行くから」

「…………はい」


 半ば強引に首を縦に振らせられてしまった。

 それで、散々茜ちゃんの買い物に付き合わされたのは、また別の話。


 

 ※※※※



 そして、合宿当日。


 電車を2本乗り継いで、山並みが見えるのどかな、人通りの少ないそこそこ田舎の駅へと到着。


 合宿施設へ向かうバスが来る時間まで、駅のロータリーで暇を持て余していると、綾芽の声が聞こえてくる。


「晴君っ! 助けてっ!!」

「綾芽? どうした、そんな慌てた様子で」

「あれ! あれっ!」


 綾芽は俺へと駆け出してきた俺の背中に身を隠すようにひっついてくる。


 指さす先には、2人の女子高生がいた。

 制服が星蔵学園とは違うので、他校の人だろう。


「えっと、星蔵学園の演劇部の方、ですよね?」


 そのうちの一人が、困ったような笑顔を浮かべて話しかけてくる。


 それで、何となく状況が理解できた。


 多分綾芽は、この他校の知らない女子に急に話しかけられたので、パニクって逃げて来てしまったのだろう。こいつ人見知りなところあるからな。


 となると、俺がやるべきことは一つ。


 俺は綾芽の肩を掴み、ぐいっと俺の目の前へと寄せる。


「……綾芽、ファイト!」

「なんで! なんで助けてくれないの!」

「綾芽が話しかけられたんだろ?!」

「だって、だって2対1なんだもん! ぜったい負けちゃうよー!!」

「お前は何と戦ってるんだ!!」

「だから、晴君も手伝ってよ!」

「ばばばば、バカ野郎! 俺が知らない女子とまとも話せるわけないだろぉ!?」

「晴斗のいくじなし! チキンやろぉ!」

「お前に言われたかないわ!」


 お互い他校の女子をそっちのけで無様に足の引っ張り合いをしだす。失礼極まりなかったな。


 だが、無理なものは無理だ。


「ていっ、ていっ」

「いって!」

「あいたー!」

「二人してなにやってんのー」


 そこに援軍、陽葵先輩がやってきた。

 そして、陽葵先輩と一緒にいた明瀬先輩が困惑している他校の女子の所へ向かう。


「ごめんね、2人ともびっくりしちゃったみたいで。その制服は、鵜川だね? 見たことない顔だけど1年生?」

「はい、鵜川大学附属高校演劇部1年の前橋郁乃まえばしいくのです」

小塚真美こつかまみ、です」

「わたしは星蔵2年の明瀬杏、よろしくね」


 明瀬先輩は俺らみたいに動じることもなく、普通に他校の人と接している。それが普通だったな。


 俺らは、それを他人事みたいに外からぼけーっと眺めるくらいしかしてない。


 しかし、前橋さんの言葉に、意識を引き戻された。


「それで聞きたかったことがあるんですけど、星蔵の演劇部に隅田瑞希さんっています?」

「うん、瑞希ちゃんはうちの部員だけど」

「やっぱり、星蔵にいたんですね……」


 前橋さんはそう呟いた後、慌てて付け加える。


「隅田さんって、ちょっとした有名人なんです、演技力が高いって。それで気になって」


 会話には混ざらなかったが、心の中で大きくうなずく。


 なにせ、俺はそんな隅田さんに憧れて演劇部になったくらいだからね!

 いやー、それにしても他校にまで名前を知られているとは。さすが隅田さん。


「すみすみの話みたいだねー」


 と、明瀬先輩に他校の相手を任せ、早々に輪から外れた陽葵先輩が、俺へと話しかけてくる。


「……そうですね」

「そんなすごいすみすみなら、誰が好きになっちゃっても仕方ないよねー」

「……そうですねっ!」

「こんなに有名人で、美人さんだし、付き合ってる男の子が、いたりしてねー?」

「ぐっ?!」


 あえて、あえて考えてこなかったことをこの人は……。


 でも、陽葵先輩の言ってることは間違いではない。


 その通り、隅田さんは誰が見たって美人だし、だから、好きになる人だっているだろうし、それで、つ、付き合う、みたいなことになっても不思議では――


「まあ、いないみたいだけどねー。本人から聞いたし」

「はぁ?!」

「びっくりしたー?」

「ほんとにっ、この人は……」


 陽葵先輩は、いつも通りだった。


 ほんとに楽しそうにからかいやがって。

 この人に勝てる日は来るのだろうか?

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