第10話 念願の料理を

 ――その日の夜、村で一番のツリーハウスの宿を借りた俺は、あれだけモルボーアの肉を食べたのに腹ペコだと訴えるエレナのためにとっておきの夕飯を作ることにする。


 材料が揃うか少し不安だったが、事前にエレナから聞いていた通り、この世界にも地球と殆ど変わらない食材が多くあり、思った以上にあっさりと材料を揃えることができた。


 当然ながらそれぞれの名称は違うのだが、そこはエレナからかけてもらった翻訳魔法のお蔭でニンジンが欲しいと言えば、青果店の店主は問題なくニンジンを出してくれた。


 全く、大賢者様の魔法様々である。



「それじゃあ、いっちょやりますか」


 俺はツリーハウスの近くに設えられた簡易の炊事場に立って調理を開始する。


 愛用の包丁を取り出し、村の商店街で買ってきたパンやブロッコリー、イモやニンジンといった野菜の他に、ソーセージやハム、テッドさんから貰ったモルボーアの肉を一口サイズに切ると、自宅から持って来たカセットコンロで沸かしたお湯で下茹でしていく。


 次に鍋にニンニクを擦りつけて匂いを移し、白ワインを火にかけてアルコールを飛ばす。

 十分にアルコールが飛んだのを確認した後、鍋の中にコーンスターチをまぶして細かく切ったチーズを入れ、塩、コショウで味を調える。


 ここまでくれば俺が一体何を作っているかわかるだろう……そう、本場はスイスで、俺が子供の頃からツリーハウスで食べてみたかった料理、チーズフォンデュだ。


 流石にチーズの種類はスイスで見た時ほど多くはなかったが、特別な思い入れがないならチーズは何でもいいので、思ったより簡単にできてしまう料理だったりする。



 階段を登る途中で鍋を落とさないように気を付けながらツリーハウスの中に入ると、設えられたソファの上で、大人の姿に戻ったエレナが足を投げ出してくつろいでいた。

 テーブルの上に鍋を置いた俺は、ソファへ近付いて背後からエレナに声をかける。


「エレナ、お待たせ」

「…………」


 だが、あれだけ食事を楽しみしていたエレナからの返事がない。

 一体どうしたものかと思って正面に回ってみると、エレナはうつらうつらと舟を漕ぐように頭を揺らしていた。


 子供の姿ではしゃぎ過ぎたからなのか、それとも俺が調理に時間をかけ過ぎたからなのか、エレナは待っている間に睡魔との戦いに負けそうになっていた。


 このまま寝かせてしまおうか? と思ったが、後でご飯を食べ損ねたと知った時のエレナがどんな顔をするかと考える。


「……うん、絶対に怒られるな」


 このまま寝かせておくのは良くないと察したので、俺はエレナの肩を揺すって声をかける。


「エレナ、ごはんできたよ」

「…………んあ! あ、ああ、ハルトか。すまない、少し眠ってしまったようじゃ」

「それは全然構わないんだけど、どうする? ごはん食べられる?」

「何、ごはんじゃと!? 無論、食べるに決まっておるじゃろ」


 ごはんと聞いて意識がハッキリしたのか、エレナは勢いよく起き上がると、弾むような足取りで卓に着く。


「うむ、見るからにうまそうなごはんじゃ。ハルト、これは何と言う名じゃ?」

「チーズフォンデュっていうんだ。スイスっていう寒い国で考案された料理で、こうして食材をフォークで刺して、こっちのチーズと絡めて食べるんだ」


 俺はソーセージを一つ取ってチーズと絡めると、目をキラキラと輝かせているエレナへと手渡してやる。


「はい、熱いから気を付けて」

「ほほっ、これは実に面妖な食べ物じゃの」


 トロ~リと、今にも零れそうなチーズで化粧されたウインナーを受け取ったエレナは、俺の言葉に従って「ふ~、ふ~」と何度も吹いて十分に冷ましてから口に頬張る。


「はふっ、はふっ、なるほど……チーズをソース代わりにして、味に深みを生み出しているのじゃな。ふむ、しかも濃厚なチーズ故に食材に絡みやすく、冷めにくくなっておる。これは寒い国ならではの知恵というやつじゃな」

「ハハハ、相変わらず的確な感想だね」


 次々と食材に手を出してはチーズと絡めていくエレナを見て、このままではあっという間に食べ尽くされてしまうと思った俺は、彼女の正面に座ってフォークへと手を伸ばす。

 せっかくだからと、テッドさんから貰ったモルボーアの肉にチーズを絡めて頬張る。


「はふっ、はふっ……」


 口に入れた瞬間から、相変わらず強烈な野性味あふれる匂いと味が口の中に広がり、またその硬さに四苦八苦しながら咀嚼する。

 しっかりと味付けをしたチーズを絡めているにも拘らず、それに全く負けない獣の臭いによって、チーズがモルボーアに染まってしまったかのように錯覚する。


 これは……モルボーアの肉は最後に食べた方が良さそうだな。


「それにしてもハルトよ」


 モルボーアの肉と格闘しながら食べる順番について考えていると、ブロッコリーにチーズの化粧を施したエレナがフォークをこちらに向けながら話しかけてくる。


「モルボーアの肉をテッドの嫁が喜んで食べられる料理にする約束をしたのはいいが、果たして間に合うのか?」

「……正直驚いたよね」


 ようやくモルボーアの肉を嚥下した俺は、心配そうにこちらを見ているエレナに肩を竦めてみせる。


「まさか結婚式が三日後なんてさ」

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