第7話 食べられる?食べられない?

 エレナに謝り倒してどうにか許してもらった俺は、改めて二人でリコを十分に堪能した。


 お土産にリコをいくつか買った後は、もう一つの特産品であるモルボーアだ。


「あの、この村ではリコ以外にもモルボーアというお肉があるとか?」

「ああ、モルボーア……ね」


 モルボーアについて尋ねたら、青果店の店主は顔をしかめる。。


「残念だけど、今すぐ食べるのは無理かな?」

「まあ、確かにあれは何時でもあるものではないからの。それで、次の狩りの予定は?」

「それが……決まってないんだ。だから当面はモルボーアが店に並ぶことはないよ」

「な、なんじゃと!?」


 モルボーアが食べられないと聞いて、エレナが怒り顔で店主へと詰め寄る。


「何故じゃ! モルボーアは、この地域では珍しい生き物でもあるまい。それに繫殖力が凄いが故に、数が増えすぎないよう狩人が定期的に間引きをしているはずじゃ」

「お、お嬢ちゃん随分と詳しいね。確かにそうなんだけど、その狩人が問題なんだよ」

「狩人が問題じゃと? なんじゃ、まさか狩りに行くのを放棄しているとでも言うのか?」

「いやね、そのまさかなんだよ……」


 物凄い形相で詰め寄るエレナに臆したのか、店主は逃げるように彼女から距離を取ると、村の奥にある一軒のログハウスを指差す。


「詳しい話はあの家にいるテッドって奴に聞いてくれ。そいつが今の狩人を務めているからさ」

「わかった。よし、行くぞハルト。ワシに付いてこい!」


 怒り心頭といった様子で大股で歩きはじめるエレナを見て、俺は青果店の店主と顔を見合わせて苦笑する。


「兄ちゃん、あの子の保護者なんだろ? まあ、その何だ……大変だな」

「そうでもないですよ。それに、どっちが保護者かわからないのは本当ですし」

「……えっ?」

「な、何でもないです」


 エレナが少女の姿を取っているから俺が保護者ということになっているだけで、実際の保護者はどちらかというと彼女だと思っている。


 すると、


「何をしておる。保護者であるハルトが来ないと、話を聞いてくれぬかもしれんだろ!」


 中々動き出そうとしない俺に業を煮やしたのか、エレナがぴょんぴょんと跳ねながら体全体で呼んでくる。

 放っておくとダッシュで戻って来そうな勢いなので、俺は青果店の店主に礼を言って可愛らしい賢者様の声に応える。


「はいはい、今行きますよ」


 それにしても……大人の姿のエレナは、優雅でいかにも銀の賢者と呼ばれるに相応しい立ち居振る舞いをしていたが、子供の姿になると精神も引っ張られるのか、何だか年相応の子供の相手をしているような気持ちになる。


 そんなことをエレナに言おうものなら、烈火の如く怒るだろうから決して言わないが、自由奔放な彼女が暴走しないよう、保護者としてしっかりせねばと思いながら、大股でのしのしと歩く小さな背中を追いかけた。



 青果店の店主から聞いたテッドという人物が住んでいるログハウスに辿り着くと、家の軒先になめしたと思われる獣の毛皮が干してあった。

 一メートル前後の割と大型の獣と思われる毛皮を見て、もしかしたらモルボーアの毛皮かな? と思ったが、それを確認している場合ではない。


「頼もう!」


 何故なら、エレナが扉を激しくノックしながら声をかけているのが見えたからだ。


「テッドとやら、中におるのだろう? 話があるから出てくるのじゃ!」

「お、おい、エレナ……」


 この世界の礼儀作法についてはわからないが、流石に今のエレナの態度は褒められたものではないと思われるので、俺は手を伸ばしてドアを叩きつける彼女を抱き上げる。


「いくら何でも、そんなケンカ腰はダメだろ?」

「ええい、放せ! ワシは……ワシはハルトにモルボーアを味わわせたいだけなのじゃ!」

「その気持ちはありがたいけど、まずはテッドさんの言い分を聞こう、な?」

「むぅ……わかった。ハルトがそう言うのなら」


 宙ぶらりんのまま項垂れるエレナを下ろしてやると、俺は改めて家の中へと声をかける。


「すみません、テッドさん。少しお話を聞かせてもらいたいのですが、いらっしゃいますか?」

「あっ、はい……います」


 冷静に声をかけたのが功を奏したのか、木製のドアがゆっくりと開き、中から目の下に濃いくまのある細身の青年が現れる。

 細身だが、体はしっかり締まっている黒髪の青年は、俺たちを見て怪訝そうな顔をする。


「その……僕がテッドですが、何が御用ですか?」

「ちょっとモルボーアについて話しを聞きたいのですが……いいですか?」

「モルボーア、あなたも僕にモルボーアを狩れと仰るのですか?」

「えっ、いや……まあ、可能であればそうしていただけたいです」


 ここで下手に嘘を吐いても仕方がないので、俺は正直に白状する。


「実は私たち、モルボーアの肉を食べたくてこの村に来たのですが……やっぱ狩りに行っていただかないと食べられないのですか?」

「あっ、いえ……そんなことはないですよ」

「えっ?」


 青果店の店主から聞いた話と違う回答に、俺は思わずテッドさんに問い詰める。


「その……モルボーアの肉、食べられるのですか?」

「はい、以前に狩った肉の余りですが、よかったら召し上がりますか?」

「いいんですか?」

「はい、わざわざこんな田舎まで来てくださったのに、僕の所為で名物が食べられないのは悪いですから……新鮮な肉でなくて申し訳ないですが食べて行ってください」

「あ、ありがとうございます」


 俺はテッドさんにお礼を言いながら、おとなしく待っていてくれたエレナに笑いかける。


「ヘヘッ、やったな」

「うむ、流石はハルトじゃ」


 余程嬉しかったのか、輝くような眩しい笑顔を見せながら手を上げるエレナとハイタッチした俺は、別に大したことをしていないのにとても誇らしい気持ちになった。

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