第4話

 王城を出て、二人は町の方へと戻り何件かの店をまわった。

 今までは屋敷にあるトゥーイの予備などを使っていたので、必要な物を買っては屋敷に届けるように告げるトゥーイに申し訳なさそうにすれば。

「必要経費です」

 ハッキリ言われてしまった。

 確かに無ければ不便なので、ありがたく甘えることにした留衣だ。

「これで終わりですかね」

「かな?」

 頭の中で必需品を思い浮かべながら歩いていると。

「まあ、トゥーイ様」

 突然後ろから鈴の転がるような声がかけられた。

 振り向くと、そこには二十歳ほどの青いドレスを着た女性がにこやかに立っていた。

 亜麻色の巻き毛に青い目の、綺麗な顔立ちをしている。

 体つきが出るところが出て、引っ込むところは引っ込んでいる、何とも羨ましい体型だった。

「どうも、ベロニカ嬢」

 立ち止まったトゥーイが一礼するので、知り合いなのだろう。

 ドレスが高級そうだし、身に着けているアクセサリーもジャラジャラと大粒の宝石ばかりなのでお金持ちの娘なのだろうと思う。

「いやですわ、ベロニカと呼んでといつも言っているのに」

 もう、と女性は口を尖らせる。

 それだけで彼女がトゥーイにたいして好意を持っているのが目に見えた。

「それにしても女性と一緒なんて珍しいですわね……こちらどなた?」

「彼女は遠方から来た知り合いの孫ですよ。我が家で面倒を見ています」

 我が家と言う言葉に、あきらかに彼女の目に不満そうな光りが宿った。

 ジロジロと上から下まで値踏みするような視線を受けつつも。

「留衣といいます」

 顔が引きつらないようにしながら、ぺこりと一礼した。

「ああそう」

 ベロニカと呼ばれた彼女は、留衣に名前を名乗る気がないらしい。

 トゥーイに再び視線を向けると。

「遠方ってどちらから?黒い髪なんてはじめて見ましたわ」

 言いながらトゥーイの右手を取った。

 思わず留衣の目が見開かれるのと、トゥーイが手を軽く振り払ったのは同時だった。

「あいかわらずつれないのですわね」

 ぷうとむくれてみせる。

(トゥーイさんに触れる人、いるんだ)

 自分の時はベロニカよりも手酷く拒絶されたというのに。

(なんか面白くない)

 自分には頑なに触るなと言うくせに、美人なら優しく接するのだろうか。

「ここより遥か遠い土地なので、名前を存じ上げないと思いますよ。すみませんが行く所がありますので。行きますよ」

 言葉の最後は留衣に言って、トゥーイはベロニカに目礼して背中を向けてしまった。

 それに慌ててついて行きながら、チラリと振り返ると。

(ひえっ)

 あからさまに敵意のこもった目で留衣を睨みつけていたので、気づかなかった振りをして足を速めた。

「行く所なんてもう全部まわったんだからゆっくりすればいいのに。知り合いだったんでしょ」

「冗談じゃありません。彼女は面倒な身分なので邪険にできないだけですよ」

「でもトゥーイさんのこと怖がってないし、普通に触ってたじゃない」

 仲良くなければ他の人のように怖がるのではないだろうか。

 そう思って尋ねたのだが、トゥーイが不機嫌そうに留衣に視線を向けた。

 口を開こうとしたところで。

「スリよー!誰か捕まえて!」

 通りの向こうで声が上がった。

 それにトゥーイが軽く舌打ちすると。

「この先に噴水のある広場があります。そこにいなさい」

 手早く指示を出すと通りの向こうへと走って行ってしまった。

 それをぽかんと見送りながら、そういえば騎士団って言ってたから町の治安維持もしてるのかなと納得する。

「休みなのに災難だなあ」

 とりあえず言われたとおりに道の先へ進むと、円形にぽっかり開いた広場に出た。

 中心には白い噴水が水を吹き出し、光りを弾いてキラキラしている。

 噴水の方へ足を踏み出したところで足先に痛みが走った。

 先ほどから靴擦れをおこしていて、地味に痛いと思っていたのだ。

 噴水のふちに座って、おそるおそる右足を靴から抜くと。

「うわ、肉刺つぶれてる」

 小指が真っ赤になっていた。

 踵の方を見れば、そちらも皮が剥けてしまっている。

 左足の靴も抜けば、右足と同様だった。

 気づいてしまえば痛みも増すというものだ。

 もう一度この靴を履くの嫌だなあと顔をしかめていると。

「お嬢さん、怪我をしたのですか?」

 急に話しかけられて顔を上げると、そこには柔和な笑みを浮かべたふくよかな婦人が立っていた。

 ただ、服装がドレスではなく全身真っ白なローブを着ている。

 きょとりと目を丸くしていると。

「あらあらこれは酷いわね」

 しゃがんで留衣の足を覗き込む。

「あの?」

「今治してあげますからね」

 夫人はルイの右足の上に手をかざすと、目を閉じた。

 何だろうと思っていると。

「わあ」

 みるみる傷が治って行く。

 痛みがすっかりなくなって、ずる剥けになっていた足は綺麗になっていた。

 左足も同じように治すと、婦人は立ち上がり。

「これでもう大丈夫よ」

「ありがとうございます!凄い、怪我が綺麗になくなっちゃった」

 興奮して思わず声が大きくなる。

「いえいえ、どういたしまして。また怪我したら教会にいらっしゃい。お布施をすれば何でも治してくれますよ」

「教会?」

 この魔法の世界でも神様なんているのだろうか。

 留衣の疑問に婦人が口を開こうとしたとき。

「どうしました」

 ゆったりとした声で話しかけられた。

 そちらを向くと、五十代ほどの男が笑っていた。

 白い髪を腰まで伸ばしていて、婦人と同じような白いローブを着ている。

 ただし、男のローブには金色の縁取りがされていたが。

「教祖様、こちらの子が怪我をしていたので治療していたのです」

 教祖という言葉に留衣はぎょっとした。

 教祖といえば宗教団体の親玉だ。

 さきほど言っていた教会の人間なのだろうかと思いつつ。

(教祖……胡散臭い響きしかない)

 失礼なことを考えていた。

 チラリと男が視線を向けてきたので、慌てて靴を履いて立ち上がる。

 とりあえず、どうもと頭を下げておいた。

「そうですか。それは良い事をしましたね、あなたには神の恵みがあるでしょう」

 ゆったり微笑む男に婦人は嬉しそうに笑うと、それではと離れていった。

 残った男がじっと見てくるのに、留衣はなんだろうと居心地悪く感じていると。

「珍しい髪の色ですね、瞳も。異国の方ですか?」

「ええまあ」

「なんという場所から来たのです?」

(言っていいのかなこれ)

 しかしさきほどのベロニカに聞かれたとき、トゥーイは答えなかったから言わない方がいいのかもしれないと思って、誤魔化すようにあははと笑って見せた。

「遠いところですね」

「そうですか。ところでいつこの町に?」

 それくらいなら言ってもいいかなと思い。

「えっと、一週間前だったかな」

「ほう」

 ゆるりと男の目が細められたことに、留衣は気づかなかった。

「その瞳……以前にも同じような方を見た事がありましてね」

「おばあちゃんかな」

 言った刹那、ぎゅっと突然右手を掴まれた。

「やはりあなたか!やっと見つけました。さあ、私と教会に行きましょう」

「え?あの、ちょ、痛い」

 ぎゅうぎゅうと掴む力が強くなる。

 目を大きく開いて、興奮したように口走った男の言葉に聞き捨てならないものがあった。

「見つけたって、私の事知ってるの?」

「知っていますとも。あなたは我々の救世主です」

「救世主って」

 訳が分からない。

 とりあえず掴まれた手が痛くて顔をしかめるが、男の手が緩むことはなく。

「あの、離して」

「さあ行きましょう」

「ちょ、ちょっと」

 ぐいと男が留衣を引っ張って歩き出そうとしたが。

「お待ちください、リタリスト殿」

「トゥーイさん」

 やっと戻ってきたと思わず喜色を浮かべると、留衣とは正反対にリタリストという名前らしい男が眉根を寄せた。

「フェスペルテ殿……」

「彼女は私の家で世話をしている知人です。手を離していただけますか」

 カツリと一歩リタリストへ歩み寄る音が、石畳から上がった。

「……彼女は異国から来たというので、ぜひ我が教会本部へお連れしたいのだよ。そして、そのまま滞在していただきたい」

 リタリストの言葉に留衣は思わず彼の顔を見上げた。

 そして、トゥーイの方に目線を動かす。

 留衣を面倒みると言ったときの面倒そうな様子から、その提案を飲むのではないかと思った。

 しかしこのリタリストという男の興奮した様子は、留衣には不可解に思えて提案を遠慮したい気持ちでいっぱいだ。

「彼女は私の客人ですからお気になさらず。それに、騎士団縁の者が教会に居座っては何かと問題が起きる可能性もありますから、リタリスト殿の手を煩わせる必要はありませんよ」

 トゥーイの言葉に留衣はよかったと息をついた。

 リタリストは納得していないのだろう。

「あの、離して」

 掴まれた腕を取り返そうとしても、がっちりと掴まれたままだ。

「リタリスト殿、彼女の手を離していただけますか」

 カツリ、また一歩トゥーイが近づく。

 トゥーイの手が届く距離になると、リタリストはようやく留衣の手を離した。

「ありがとうございます。では行きましょうか」

 苦み走った顔を一瞬浮かべたリタリストに、留衣は気づかなかった。

 小さく会釈してトゥーイの隣にパッと下がる。

 トゥーイがリタリストに背中を向けたので、留衣も内心ホッとしながら背中を見せて歩き出した。

 広場を出て角を曲がったところで、ほうと一息吐く。

「まったく面倒な人間に目をつけられましたね」

「面倒ってさっきの人なんだったの?教祖って言われてたけど」

「そのままの意味ですよ。名もない神をあがめる教会の教祖です。魔法は神からのギフトであり、敬虔な祈りを捧げれば治癒の魔法が使える、というね」

 そこで腑に落ちて、留衣は自分の足先をちらりと見やった。

「さっき治してもらった」

 トゥーイがピタリと足を止めた。

「足を怪我したのですか?」

「ただの靴擦れだよ。通りかかった白いローブの人が魔法使ってくれたの」

「……痛みがあったのなら言いなさい。私は治癒の魔法は使えませんから、酷くなっても何も出来ませんよ」

「心配してくれてありがとう。大丈夫、今は全然痛くないから」

「心配ではなく歩けなくなったら面倒だと言っているのです」

 そっけない物言いに、留衣は小さく笑みを浮かべた。

 なんだかんだ言ってトゥーイは面倒見がいいと思う。

「でもトゥーイさんは怪我を治す魔法は使えないんだね。騎士団にいるなら、怪我した時に不便でしょ」

「騎士団には治癒魔法が使える人間はいません。使える者は教会が管理しているか所属している人間だけです」

「なにそれ、偏ってるね」

 カツカツと先ほどまでとはあきらかに速度の落とされた歩くスピードに、嬉しくなりながら留衣は疑問を口にした。

「元々は大きな魔物の群れを掃討するための組織だったのが、市民を守るための騎士団と権力を望む教会に別れたのです。そのとき治癒が使えた者を取り込んで以来、この国では治癒魔法が使える人間は教会が集めるようになったのですよ」

「ふうん。じゃあ騎士団と教会って対立してるの?」

「そうですね。騎士団は攻撃魔法に特化した人間ばかりですから、ギフトを邪悪なことに使っている、騎士団を排除してこそ平和が訪れて繁栄すると言っています」

「なんか無理矢理な言い方だね」

 思わず留衣は呆れたように口にした。

「彼らいわく戦争や魔物は騎士団が引き寄せているそうですから」

「無茶苦茶だなあ。みんなそれ信じてるの?」

「住人に騎士団へ悪感情を抱いている人はほとんどいません。ただ教会は治癒魔法使いを独占してお布施を集めて、いまや王家についでこの国の権力者になっています」

 複雑な関係性だなと思いながら、留衣は思ったよりも騎士団というところは危険な仕事なのだろうかと思った。

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