第三章 [呵責]


黒津会事務所


<もしもし。村神です。>

「おお!これは先生。どうかされましたか?」


黒津勇はビジネスフォンのマイクに向かってハンズフリー通話をする。


<私のところに、研修中に来ている三人を事故で処分して貰いたいのですが?>

「構いませんよ先生。ヘロインかモルヒネで事故って貰いますか?」


そういって、黒津勇は、室内パターゴルフマットでパターの練習をしていた。


<いえ。司法解剖で薬物が検出されたらまずいです。>

「では、どうしますか?先生。」


<そうですね、塩化カリウムを使って、車の運転中に心臓マヒを起こして、というシナリオでどうでしょう。>

「なるほど。その薬品を使っても大丈夫なのですか?」


<カリウムはもともと生体内にありますからね。クラッシュ症候群を装うことができれば、高カリウム血症が原因で、心停止を起こしてしまった、という筋書きです。>


「ははは、まるで推理小説みたいですね?」

黒津勇はネオマレット型パターを振る。”カララン”とカップインした。


「おお!ナイス会長!」竹下誠は言った。


<あとは車の細工ですが、、そうだ。トリクロロメタンを使いますか。>

「ははは。先生、私はそっち方面は疎くてね。」


<クロロホルムですよ。>

「ああ、、それなら知ってます。よくドラマやテレビにある、、麻酔効果があるとか?」


<いえ。麻酔効果は期待できません。ハロゲン化物で、むしろ揮発するガスで炎症を引き起こしてしまいます。>

「ほう。では、何に使うおつもりですか?」


<車輪ゴムの劣化です。>

「ほう。」


<あとはリムーバーで注入後、タイヤエアーを入れ直せれば完了です。>

「いやはや、さすが先生だ。>


<有難うございます。では、早速、これらの薬品を”シロネコムサシの宅急便”で、黒津さんの事務所宛に送りますのでお願いします。>

「分かりました。あ、、先生?!」


<なんでしょう?>

「骨髄を希望する顧客がおりましてね。その五歳の女の子からは都合出来ますかな?」


<骨髄ですか。しかし、提供できる年齢は20歳以上、55歳以下ですが?>

「だからこそ我々が先生のバックに居るのですよ。」


<成る程!そうでした。骨髄なら髄液を、500~1000ml程度を採取すればいいわけで、彼女の心臓が動いてる限り採取が可能だ。>

「おお、それは素晴らしいですな。」


<髄液の保存にあたっても、採取してから一週間~五週間まで保たれます。>

「では、骨髄の方は期待しても宜しいのですかな?」


<勿論です。>

「ははは。さすが先生だ。持ちつ持たれつ、ですな。」


<では、私はこれで。三人の研修生、お任せしますね。>

「分かりました。」


そういって電話を切った黒津は竹下誠に言った。


「奴を呼べ。Mr.Killerを。」




檜原村



 西多摩郡にあるその村は、東京都における唯一の村である。村の九割以上が森林で、その大自然の中に、日本の滝百選の" 払沢の滝"、水源の森百選では、檜原村都民の" 森水源林 "がある。また神戸(かなと)国際マス釣場で、釣りたてのニジマスの塩焼きを食すことが出来る。村の推計人口は1,953人である。



車舵中古車店

 

 中古車店と言っても、その規模は四坪程の大きさのプレハブが、四つ入る程度の敷地面積しかなく、屋外展示には一台も車は展示していない。むしろタイヤや車の部品、座席シートが無造作に転がって、かなりの年数で放置されているようであった。


 その店の事務所ともいうべく、プレハブ事務所は、内部がとても暗く、作業台は油臭い匂いと、エアーコンプレッサーにドレインが溜まって、急に稼働する音と時々チカチカと寿命が近い蛍光灯が不気味に店内を照らしていた。


”カー!カー!カー!”来客チャイムが鳴った。


「メイ・アイ・ヘルプ・ユー?」店のオーナーが客に言う。


「レンタルカーありますか?」ヒッピー姿の若い男が言った。


「ここはブローカー。レンタルカーはない。」


店のオーナーはそう言って客払いした。


”カー!カー!カー!”来客チャイムが鳴った。


「だからお客さん、ここは、、。」



「あ、、あなたは、、。」店のオーナーの顔が強張った。


「久しぶりじゃないか?車舵 運(めぐる)。」サングラスを掛け、紺のジャケットに、紺のジーンズを着た中肉中背の男が車舵に言った。


「ミ、、Mr.Killer様、ようこそいっらしゃい、、。」


”カー!カー!カー!”来客チャイムが鳴った。急いで来客チャイムの電源を引っこ抜く。


「存分に儲かっていそうだな。」Mr.Killerは店内をうろつく。


「い、、いえ、、さっぱりでして、、しゃ、、借金は必ずお返し、、。」


「その必要はない。むしろお前に、儲け話を持って来たのだ。」Mr.Killerは笑いながら車舵に言った。


「も、、儲け話?」


「ああ。借金どころか、お前は大金持ちになれる。」Mr.Killerはタバコに火を付ける。


「大金持ち?」


「これは黒津さんからの頼みでもある。」


「・・・。」


「ところで残り二人は何処に居る?」Mr.Killerは尋ねた。


「い、今、弁当の買い出しに行ってます。呼びましょうか?」


「その必要はない。その二人には黒津さんの事務所に来いと伝えろ。」


「分かりました。私はどうすれば?」


「お前はここに居て、私の指示を待て。」


「わ、、分かりました。」車舵は言った。


(それにしても、流石、黒津さんだ。ここならいい隠れ蓑になる。)Mr.Killerはニヤっとした。


「ところでお前、車はどうした?」Mr.Killerが尋ねる。


「え?いや、、あの、、。」


「お前が運転する車だ。」


「売りました。」


「ああ?何処に売ったんだ?」


「中古車店です。」


「、、、。」Mr.Killerは大きな溜息をついた。







村神大学病院


一階ロビー 午後十時


 貴子はソファで横になっていた。陽一はそっと声を掛けようとした。


 「御免なさい。あなた。どうしても機械に囲まれた、娘の成紗を見れなくて、、、。」貴子は泣きながら言った。

 

 陽一はそっと貴子を抱きしめ言った。

 「分かってるさ。明日の午後遅くには、一時、その機械は撤去される。そこから手術前までの時間だけ成紗はいつも通りに戻れる。ぎりぎりの手術前までの時間だけ親子三人で一杯話そう。それから成紗を手術室前まで見送ろう。今の俺達が出来る事って、それが精一杯だと思うから。」


 「うん。」貴子は言った。




三階 院長・理事長室



 「骨髄ドナー?」加藤卓三医師は村神龍司医師に聞き返した。


 「そうだ。黒津さんからのご要望で、久保成紗には骨髄ドナーになって貰う。」

 「フォンタン手術前に「自己血貯血」を行い、骨髄を冷凍保存しておくのだ。」


 「しかし骨髄となると、採取する時、病室の看護婦から不審に思われますよ?」加藤卓三医師は右手人指し指を噛んだ。


 「骨髄採取は手術室に入ってから、研修生にさせるんだ。研修生には造血幹細胞の血液検査でヘモグロビン、血色素の値を術後との比較する為だと偽ってな。」

 「その為には、心臓手術を成功させる必要がある。久保成紗が生きている限り、骨髄ドナーとして提供してもらう。」と村神龍司医師は言った。 


「半死半生か、、。」加藤卓三医師は呟いた。


「久保成紗には、造血幹細胞を随時作って貰う為に、脳の活性化ドーパミン分泌を過剰にする必要がある。そこで幻覚剤を用いることにした。」


「しかし、そうなると尿中から異常代謝物として検出されるとまずいですよ。」


「それは司法が動き出してからだろ?」村神龍司医師はニヤっとしながら言った。


「、、、分かりました。」


「三人の研修生はどうなさるつもりですか?」加藤卓三医師が尋ねる。


「三人の研修生は予定通りに事故って貰う。万が一の我々の保険だからな。」



 今日一日の病院での研修を終えた三人の研修生達は、普段着に着替えて村神大学病院を出て、タクシーを拾って、村神大学病院の寮に向かう。


 「どうしたんだ?まだ落ち込んでるのか?」武田信は有本久に尋ねた。

 

 「いや。有難う。大丈夫だ。」

 

 「・・・・。」心配そうに小川郁子は二人を見る。

 

 「明日の午後には、あの子も普段と変わらない、ほんの僅かな生活が待っている。」そう言って、武田信は腕時計を見る。


 「ふ。いつの間にか、もう0:00過ぎだ。」 


 「俺達が頑張らなければ、あの子は助からない命なんだ。この手術は成功させないとダメなんだよ。」 武田信は有本久に話した。 


 「この手術が終わったら、どこか三人で、美味しいモノでも食べに行こうよ。」小川郁子は武田信と有本久に言った。


 小川郁子のその言葉に、有本久が初めて笑顔を見せた。今まで三人は研修でお互い身近に感じているものの、どことなく隔たりがあって、距離感を感じていたが、

 それが一気に弾け、迷いが何処かに飛んで行った感覚であった。 

 

 

寮に着いたタクシーから三人が降りた。

 

 「頑張ろうな!」そう言って、武田信は右手を広げて手の甲を上に向けて、右腕を差し出した。

 

 「うん。」小川郁子は同じように、武田信の右手に、自分の右手を差し出した。


 「よし。」有本久も同じように、自分の右手を差し出し、三人は手と手を合わせた。

 

そしてそれぞれの寮に帰宅した。



村神大学病院 寮「MURAKAMI」


 五階建の寮は、総戸数が二十戸で一階、二階に男子、三階、四階、五階は女子となっていた。

 

 「あ、、先生?どうしてこんな所に?」有本久の寮前に村神龍司医師が居た。

 

 「ああ。君の帰りを待っていたんだ。」

 

 「私に何か用事でしょうか?」

 

 「先日、君にきついことを言ってしまったと、少しばかり加藤卓三医師も反省していてね。」


 「・・・。」


 「あまり気にしないでくれよ。明日の手術に響くと大変だからな。」


 「はい。分かってます。」有本久が言った。


 「そうか。それは良かった。」そう言って、村神龍司医師は胸ポケットから小瓶を取り出した。


 「術中に不整脈が確認されたら、これを使ってほしい。」


 「なんですか、それは?」


 「新薬で、フェーズ4と臨床検査はクリア済みの点滴静注液だ。これを側管注法で静脈注射して貰いたい。」

 

 「・・・。」


 「どうしたんだ?さあ。」村神龍司医師はその小瓶を有本久に差し出した。


 「分かりました。」有本久は小瓶を受け取った。

 

 「頼むよ。」村神龍司医師は、そう言って立ち去って行った。







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