第10話 優しい記憶
さくらの頭の中には、小さなころ、家族と伊佐へ来た思い出が広がった。
お父さんとお母さんとお兄ちゃんと滝を見に行ったこと。
ラーメンを食べて、この遺跡を見に来たこと。
あのころはまだ、家族で色々な所へ旅行へ行っていた。
お兄ちゃんはまだ結婚していなかったし、子供もいなかった。だから、旅行好きの両親はよく東京で働く私たちを収集して家族旅行へ連れて行ってくれた。
お兄ちゃんが結婚してからは、両親は2人で旅行へ行くようになった。
新婚に戻ったようだとそれはそれで喜んでいるようにも見えた。
私は、一人になって寂しかったんだ。
家族の”あたりまえ”が大人になればなるほど変わっていって、どんどん孤独になっていく。
お父さんにはお母さんが、お母さんにはお父さんがいる。お兄ちゃんにも奥さんが出来た。皆、誰かとつがいになって、私を手放していく。
「寂しかった。」
ポツリと言葉が出た。
ヒノキは、そっと私の手を取って遺跡へ誘った。どこから来たのか、さっき去っていった水が足の下に流れて、遺跡までの道になった。滑るように、動く道のように、その水は私たちを勝手に遺跡まで運んだ。
優しく手を包むヒノキの冷たい手が嬉しかった。
遺跡は近づくと思ったよりずっと大きく、いつの間にか冬だというのに遺跡の周りに草が茂ってきた。その草の上に立つと、草は温かく足を包んだ。
教会のような美しい石レンガ造りの建物には数々の窓が施されていた。
ちょうど入り口のように開いているアーチ上の空間には何故かシャボン玉液を浸したように膜が張っていて、ぷるっと私が入るのを拒んでいるようだった。
「ここに入ってごらん。もう一つ、大事なものを思い出せる。」
ヒノキはそう言って私の手を離し、とんっと背中を押した。
私はその勢いでとろみのあるようなその膜の中に突入した。入った瞬間に世界は真っ白になり、さらなる記憶の波がさくらを襲った。
まるで夢を見ているように少しぼやけてはいたけれど、さくらは学生時代の友達と伊佐にいた。まだ今よりずっと若く、様々な写真スポットへ行ってははしゃいで写真を撮った。どうでもいいことで皆で笑い、夜には地酒を買って皆で飲んだ。
ずっと笑っている。
楽しくて、ずっとこんな時が続くと信じて疑わなかった。
次第にさくらの元から一人一人消えていく。皆、大事な人ができ、結婚していった。
さくらは泣いていた。いつの間にか泣いていた。
暗闇で一人になるのは誰だって怖いけれど、それよりもっと怖いのは、皆が誰かと2人になって消えていくことだった。
そして、一度瞬きをすると突然、またあの赤い灯篭が整列して両側に並ぶように現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます