ep1[7/7]

 僕が初めて他人を好きになり、同時に自分の性的指向について知ったのは、桐谷との出会いがきっかけだった。父親のいない息子として育った僕は、フロイト先生が言い出した同性愛者の条件にマッチした。ただそれだけの事だった。

「桐谷、なの? どうして?」

 うんうん。と頷き、

「あれ、俺があのネコを演じてたの、気づいてなかった?」

 僕はベッドから降りて桐谷の前に立った。彼は、目の前のは確かに桐谷だ。

「じゃあ、こう言う事? 久しぶり、って」

 そうだよ。

「だけど、偽物なんだってさ。それに、」

 なに?

「お前もそうでしょ? 夢を見てるんだよ、現実リアルの。もしかして忘れちゃってた?」

 なに言ってるんだよ。意味わかんないよ、それ。

「無理もないか。馴染むまでは時間が必要だよね」

 桐谷はそう言って、高透過ガラスの反射に映り込んだ自分の姿を虚な瞳で見つめていた。

「神様は不在。けれど祈りだけがある……」歌うように呟いてから、「今、俺たちはユビキタスという仮想空間で会話をしている。ニウロウェアは大脳新皮質内の各葉にナノマシンを使った電脳野を作る事で、アバターという、サイバースペース電子世界を知覚するためのと内部モデルを作り出した」

 分かるね? という顔でこちらに振り向く。僕は「うん」と曖昧に頷いた。

「ユビキタスへのジャック・イン没入で意識はアバターに切り替わる。脳は感覚フィードバックの逆算を行う事で、ジャック・イン没入中に現実世界から受ける——視界や聴覚を介した刺激を相殺する。こうしてアバターはメタバース内部に再現された座標系を知覚する。デジタルツインのように、現実をそっくりそのまま再現した座標系をね。その結果が俺たちとこの部屋さ」

 そう言って僕に向き直る。真っ直ぐな瞳が僕を捉える。

「何が本当で、何が嘘なのか、それが分からない世界が俺たちの目の前にある。だから存在しないものも、今なら俺たちは信じられる。……ならさ、俺は、」

 桐谷は?

「その世界の、神様になりたい。……なんて言ったら、おかしいかな」

 鳴り止まないコール音の中で僕は目覚めた。

 酷く荒い呼吸だった。汗をかいている、というディティールは実装されていない。

「にゃあ?」

 テーブルの上に座ったケイスケが僕を見つめている。魘されていたようだ。

 ケイスケ、おいで。

 ケイスケは僕の懐に飛び込んできた。

「よしよし、いい子だ」

 鬱陶しいコールは鳴り続けている。僕はようやくそれに応えた。

「あい、もしもし?」

『もしもし? じゃねぇよさっさと出ろ』

 ナイトプールだ。怒っている、よりも焦っている、という感情がスマートフォン越しに伝わってきた。

「どしたの?」

 少し間を置いてから言った。

『さっき、ニュートンから連絡が入った。今大騒ぎになってる。Yが、オーバードースで死んだらしい』

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