第40話 枷と共に

「くっ……!」


 メイタロウの、杖を握る手に筋が浮く。

 炎の壁は何とかレイビームを受け止めてくれるが、術と術がぶつかる衝撃はかなりのものだ。

 まるで自分の中にその光を取り込むように、体中に熱が巡っていく。杖から手を離したくなる。


 しかしスオウの光の魔術は強力だ。炎を途切れさせた瞬間メイタロウの負けが決まるだろう。


 ぐっと、杖を放り出しそうになる自分を抑える。

 抑えている。抑えているからこそ守り切れる。

 しかし、抑えるイメージが炎をどんどん『次』に進ませてしまう。炎の壁は徐々に球体へと。小さくまとまり始める。


 まずい。


 自分の内を流れる魔力が、杖を握る手を伝って火球へと集中していく。炎はまとまって小さくなっていくのに、温度は上がっていく。この感覚には二度覚えがある。

 内包魔力の最大火力発散……自爆へと至る道で、青年を襲う感覚だ。


 ……いや、守り切る。

 ロドは何も言わず、ただ目の前のものをその目に映し続けている。

 信じてくれているのだと、それだけで分かる。


 しかしメイタロウの意に反して、強力な防御術を使おうとすればするほど球体は小さく高密度に収斂していく。


 これではシルドの範囲を守り切れない。

 焦るメイタロウを置いて、スオウが次の光の魔術を唱えた。


 広範囲を攻撃する、レイ・カードだ。

 光の壁が少しずつ位置をずらしながら、幾重にも重なって撃ち出されてくる。


 駄目だ、炎はもう壁にならない。


 光の壁が目前に迫ってくる。

 メイタロウはぎゅっとまぶたを閉じた。


 しかし、青年の覚悟したシルドの破壊の音はとうとう鳴り響かなかった。


 恐る恐る目を開く。


 炎の球体がスオウの魔術を引き寄せ、メイタロウに当たる直前でそのすべてを吸収し始めていた。





「内包魔力の集中核が『しょく』を引き起こしたんだ」


 唐突に呟いた青年に、身なりのいい魔術師は「え?」と声を上げる。

 何が起きたのか、観客達もいまだ理解しきれぬ顔で試合を見守っていた。


「『食』とは……。相手の魔術を吸収して自分の魔術のエネルギーに加えるという、あれですか?」


 身なりのいい魔術師が首をかしげる。

 青年はフィールドで巻き起こる攻防を眺めながら言葉を続けた。


「あの炎の球体は、典型的な魔力の一点集中体だ。彼……メイタロウは少ない魔力でも一点に集めて、効率よく大魔術を使える魔術師なのだろう。つまり自分のレベルを越えるような魔術でも、己の中の魔力をかき集めることで、一度や二度だけなら放つことができる。魔力が魔術師の中で一度一点に収縮しようとして、その収縮状態がいわゆる圧縮熱というものを生み出すから、魔術師の周りは高温状態になる」


 魔力の一点集中が起きれば、アマチュアでもプロに勝るような大魔術を使うことができる。

 ただしそれは自分の魔力を効率良く全て一気に使うことができる術者に限られ、そんなことが出来る魔術師はごく小数だ。

 そしてそれ以上に、魔力の一点集中が進むことで問題なのは術者本人の爆発。魔力を一度に一気になんて使い方をすれば、確実に魔術師の体がもたない。


 もし自爆しないとすれば、それは直前で一点集中した魔術を自分の外に撃ち出すことができるということ。数いる魔術師達の中でも、かなり稀有な能力の持ち主だ。


「しかしそれが相手の魔術を吸収することとどういう繋がりが……?」

「魔力の核の収縮に至る過程で、自分の魔力だけでなく、飛んできた別の魔術師の術……つまり発射された魔力をも核が引き寄せ吸収してしまうことがある。それが今のメイタロウの状態。端から見れば相手の術を食っているように見えるだろうな」

「それが『食』の吸収状態ですか……」

「チームメイトや友人、そして兄弟……長年ともに魔術をやってきた者同士の間で『食』は起こりやすいと言われる。魔力が同調して一つになりやすいんだ」


 青年が見守る先でメイタロウの炎の球体は光の壁を吸い込み続け、そのエネルギーを自らに纏うように回転し大きくなっていく。


 対するスオウは驚愕の中にも冷静さを保ちながら次の術を撃ち出した。

 しかし放ったその術は、メイタロウが盾にする炎の球に当たると同時に、光の壁と同じくそれに取り込まれていった。


「無駄だ。スオウがメイタロウの防御術より強い攻撃術を撃たない限り、『食』はスオウの魔術を吸収し続ける。しかし今のメイタロウの術はスオウの魔力を吸収し大きく膨らんだ状態。半端な魔術では更に吸収されてしまうだけだ。……あれは最終的に、どんな攻撃術を撃っても絶対に防御する、最強の盾になる」


 メイタロウの前で小さな爆発が起きる。

 炎が、すべてスオウの術を飲み込んだのだ。

 まるで小さな太陽からいびつな火柱が上がるように、炎の触手が次の獲物を探す。その姿はまさに『食』だ。


 それを見たスオウがそっと、掲げていた杖の先を静かに地面につける。


 攻撃の停止。

 一騎討ちからのリタイアを示したのだ。


 眼下のフィールドに、客席の驚嘆と歓喜の声が下りていく。


 アマチュア魔術師、メイタロウ。その魔術が、プロの攻撃からシルドを守りきった瞬間に。


 ただ一人、自分の成したことをいまだに飲み込めない顔の当の魔術師が、万雷の拍手の真ん中にいた。

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