第9話 魔術と開幕

 己の記憶の中にある物を具現化しその性質をより本物に近付けること。

 人間の記憶と、この惑星に溢れる記憶具現化物質……『星素せいそ』が反応して引き起こされる現象。

 それが魔術。


 もっとも個人の固有の記憶を具現化するのは難しく、人間が古代から持つ普遍的な自然現象のイメージが魔術で具現化できる主なものになる。

 火や水、風や光といったものがそれだ。この記憶やイメージを具現化できる力が魔力と呼ばれる。


 そして人々は具現化したその普遍的なイメージを戦いに使うことを選んだ。

 魔力の優劣こそが社会的地位の優劣になった。


 しかしこの魔力には大きな個人差がある。

 生れつき魔力の高い人間もいれば、魔力をほとんど持たない人間も存在するのだ。

 ちなみに魔力の高い低いは出生前の検査で知ることができ、魔力の高い子どもは生まれる前に出世コースが決まる。


 どんなに貧しい家に生まれた者でも、魔力さえあれば社会の上層を目指せた。

 地位も名誉も、魔術によってすべてが手に入る。

 

 完全実力主義魔術社会。


 その頂点が全世界的魔術師組織、『導師院』だ。

 彼らは各国の軍隊のトップであり、主導者でもある。

 軍事力が世界の頂点というのはなんとも危ういが、彼らは賢く、政治は現職の政治家に任せ、自らは求めに応じて意見を言うのみに留めている。そのため大きな反乱も起こさず今日までやってきたのだ。


 魔術師の憧れと言えばその導師院の一員となること。

 魔術師として生きながら世界の摂政として人々の畏敬を集める、ある意味一番の権力者。

 この世界の『スター』というやつだ。


 メイタロウもそれに憧れていた。権力が欲しい訳ではない。

 導師院の所属となれば、末端でも派手で重要な任務を任せられる。

 しかもそれでかなり高額な給料までもらえるのだ。


 そう、大半の魔術師が権力ではなく、己の実力を示せる舞台を求めて導師院を目指す。

 導師院で出世する者が、すなわちこの世界で最強の魔術師でもあるのだ。


 そしてその導師院所属魔術師登用試験に二十歳で合格したのが、スオウ。

 隠しようもない、メイタロウの弟だ。


 比べて兄は……。


「お前はあの時となんにも変わらない、温い魔術師だ!」


 フブキの言葉が耳によみがえる。


 その通りだ。魔術師なら当然持っていなければいけないものを、メイタロウは持っていなかった。

 だから今こうして半端者を続けているのだ。


 勇気。覚悟。出世欲。処世術。

 すべてが自分には足りない。欠けているのだ。

 魔術師としてだけではない。実力主義競争社会を生きる者として。


 故にプロへの入り口である試合にもまともに出場することができない。


 フィールドを挟んで向かい合った魔術師がお互いに魔術を撃ち合う。

 たったそれだけだ。

 ……それだけなのに、メイタロウにはたまらなく恐ろしいことがあったから。



 

 ひゅーひゅーと音を立て、色とりどりの風船が空を舞う。

 ガラス張りのドームは見物の人でごった返していた。

 今日はこの街のメイタロウ以外の魔術師達が待ちに待った日だ。


 競技魔術大会ペアの部。


 通常は一対一で行う魔術の試合を、二対二のペア同士の対戦で行うものだ。


 魔術師が二人並んでいるので、一方が術を放っている間に、もう一人は別の術を発動するために集中することができる。

 例えば相手が防御術を使ってくれている間に、自分は攻撃術を放つこともできるのだ。


 故にフィールドを途切れることなく魔術が行ったり来たりするので、非常に迫力ある戦いを楽しめる。

 観客からの人気で言えば一対一の試合より上かも知れない。


 そんなペアの部に何故自分が出場することになっているのか。


 ロドに無理矢理選手登録されて、それで引っ込みがつかなくなったというわけではない。

 それならまだ逃げられた。途中まで逃げるつもりでいた。


 ならば何故自分はここに立っているのだろうか。

 『競技魔術大会ペアの部・会場』と書かれた立て札の前に。


 思い返せば、それはあっという間のことだった。

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