7

 ジンが消えたあと一体何があったのか砂原家の子どもたちが説明し、ジンもまた慎一とどうやって出会ったのか話した。一通り報告しあうと、祐希が言った。


「僕のやったことは無意味だったかな」

「やったことって?」


 耕太が尋ねる。


「謎の女性のネックレスを奪ったこと」祐希は考えながら言った。「ジンが働きかけたから、僕らと兄さんが出会うことができたんだよ。僕のやったことはなんというか……辺りを水浸しにしただけかも」


「いや、あれはちゃんと意味があったんだ」


 ジンがとりなすように言った。「ネックレスを奪うことであの女性の力が弱まったんだ。だから簡単に出会うことができた。こちらからの働きかけももちろんあったけど」


「なんでネックレスをとろうと思ったの?」


 再び、耕太が尋ねる。祐希が耕太を見て説明した。


「ときおり、不自然に光ることがあったからね。怪しいネックレスだなあと思っていたんだよ」


 光るのは耕太も見た。あれは見間違いではなかったようだ。


「結局、あの女性はなんだったんだ?」


 翔が言った。耕太が簡単に答える。


「慎一兄さんの夢だから、慎一兄さんが作り出したものだよ」

「いや、それはわかるけど。なんであんなもんが生まれたんだ?」

「失恋のせいよ」


 芽衣が少しため息をつくように言った。「慎一はまだ失恋から完全に立ち直ってはいないの」


「それが何か関係あるのか? あの女と」

「あるわよ。たぶんね、ええと……。ほら、失恋などすると、異性に対して不信というか、ときにはネガティブな感情が生まれたりするでしょ」

「そういうものなのか?」


 翔が不思議そうな顔をしている。ジンが穏やかに言った。


「私にもわからないな。そういう気持ちは」

「失恋したことない人は黙ってて。ともかくそういうこともあるの。で、そんなネガティブな感情が凝ってできたのが、彼女。じゃないのかな」


「僕はなんとなくわかる気がするなあ」耕太が言った。僕は恋愛にはさっぱり疎いけど、という言葉を呑み込んで。「失恋じゃなくてもさ、たとえば女の子から意地悪されると他の女の子まで、いっそ女の子全体が嫌いになっちゃうというか……。意地悪な子ばかりじゃない、ってのはわかってるけどね」


「そうそう」


 芽衣が同意する。そして続けた。


「今回の場合は失恋で、別に意地悪されたわけではないけど……。でも意地悪じゃないから、余計に気持ちの持って行き場が難しいのかもね」


「意地悪か……」ジンがぽつりと言った。「そういえば、女性にあまりひどいことをされた記憶がないなあ」


「小瓶に入れられて飼われそうになったことはひどいことじゃないの?」


 芽衣が呆れたように尋ねる。ジンは真面目な顔をして芽衣を見た。そしてそのまま、いたって真面目に言ったのだった。


「あれは慎一の生み出したものだよ。実際の女性じゃない。だから――数には入れない」




――――




 子どもたちは夕飯のために食堂に行った。ジンは座敷に残る。


 外はまだいくぶん明るいが、広い座敷にはあたたかみのある電灯がともっている。ジンは座ったまま、そっと呼びかけた。


「サミア」


 靄のようなものが現れ、それが人の形をとる。ジンの少し上空に、人の上半身が浮かび上がった。


 白い顔をした男だった。「お呼びでしょうか」とジンを見つめる。


「サミア……今日あったことなのだが」


 ジンは慎一の夢での出来事を話した。話していくうちに、少しずつ、落ち着きがなくなっていく。


「――というわけなのだ。一体……何が起こっていると思う?」


「ここは人間界ですので」動揺することなく冷静に、サミアは言った。「魔界とは勝手が違うのでしょう」


「ああ、そうだ。それもあると思う。しかし……そうではなくて、何かが『ある』のだ」


 ジンは「ある」の部分を強調して言った。こちらの魔法を阻害するもの。それが紛れ込んでいる。この感覚は、翔の夢のときにもあった。けれども今回の慎一の夢では、それがさらに大きくなっている。


「私は――私は思うんだ」サミアから目を逸らし、口ごもりながら、ジンは言った。「ひょっとすると間違っているのかもしれない」


「何が間違っているのですか?」


 表情を変えることなく、サミアが尋ねる。


「……私がこれからやろうとしていることが、だよ。そもそも最初から、ためらいの気持ちはあった」


 けれどもそれは吹っ切れたはずだ。けれども……砂原家の子どもたちと会うと、彼らと親しくなると、そのためらいが戻ってきてしまう。


「ですが」サミアの声はまるで変化がない。「お父上は、陛下は――」


「私は父を見捨てたりしない!」


 ジンはサミアを振り仰ぎ、はっきりと言った。「わかっているだろう。私が父のことでどれだけ心を痛め、父を救いたいと思っているかを――」


 そうだ。私はこのために人間界にやってきたのだ。父のために、いや、自分のために。自分の幸せのために。けれども、望んだものを手に入れるその方法には、問題がある――。


「サミア、なんとかならないだろうか」ジンは一度うつむき、そしてまた、サミアを見つめた。救いを求めるような目で。「他にもっと方法があるはずだ。そうではないか?」


「わたくしたちもそれを探しているところでございます」

「そうだな、そう……」


 前にもそんなことを言っていた。人間界でやるべきことを聞かされ、動揺する自分に、なだめるようにサミアがそんなことを……。


 あれからしばらく経つが、調査に進展はあるのだろうか。


 ジンは尋ねたかった。が、失望するのが恐ろしかった。ジンは今度は励ますようにサミアを見て言った。


「期待している」

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