5

「あなたもハンサムね。あなたも飼うことにするわ」

「……僕たちは?」


 おそるおそる耕太が訊いた。飼われるのはもちろん嫌だが、飼う基準が顔が良いかどうかだと、ひょっとすると自分は選ばれないのではと思ったのだ。


「あなたたち? ああ、そこの男の子二人ね」耕太と翔を見て、女性が少し考える表情になる。「そうねえ……そんなにハンサムというわけではないけれど、かわいらしいと言えないこともないから……私のお屋敷の庭に放しておくことにするわ。気が向いたら頭をなでてあげる」


「ひどい!」


 耕太と翔が声を合わせて叫んだ。


「私は?」


 何故か話に入れてもらえない芽衣が、女性に言った。女性は芽衣をちらりと見て、眉間に皺を寄せた。


「私、女の子って嫌いなの。小うるさい上にかわいくないでしょ。でも、そうね、あなたは――」女性は芽衣の上から下まで、なめるように見回した。そして、にんまり笑って芽衣の目を見据えた。「あなたは、面白そうだから、子ブタの姿にして飼ってあげるわ。子ブタのほうがましでしょ、今の姿より」


「子ブタ――子ブタって――」


 芽衣が言葉を失って、わなわな震えるように怒っている。「私、そんなに太ってない!」


「うん、そうだよ」


 芽衣を見て耕太が言った。芽衣は子ブタじゃない。むしろ細すぎると言っていいくらいだ。


「あら、絹のふとんに寝かせてあげるわ」

「いらないわよ!」

「私は美しい男性を集めるのが好きなのよ。彼らもあなたを可愛がってくれるわ。愉快な生き物として」

「結構です!!」


 芽衣が噛みつかんばかりに言った。それを見て、女性が、面白くてたまらないというようにくすくす笑った。


 そのとき、女性の胸元で何かがちらりと光った。ネックレスがどこかから光を受けて反射したようだ。けれどもどこから光が入ったのだろう。耕太は辺りを見たけれどわからなかった。


「こんなとこ、とっとと出ていこうぜ」


 腹を立てて、翔が言う。耕太が慌てて止めた。


「だめだよ。ジンを取り戻してからにしなきゃ」

「それに出ていくたって……」


 芽衣が言葉を濁す。後を引き受けるように祐希が言った。


「出口がない」


 女性が高らかな笑い声を立てた。


「さっきも言ったじゃない。あなたたちは出られないんだって。だから私と遊ぶしかないのよ」




――――




 一体、何が起こったんだ? ジンは混乱していた。


 ここはどこなんだ? 見知らぬ場所に立っている。屋外だ。木々が並んでいる。石垣がつまれて少し高いところにあって、その下には砂浜が広がり、海へと続いている。


 空は曇り、海は暗かった。窓ガラス越しに眺めた海と、同じものだと思われた。ということは外に出ることができたということだろうか。


 カードを一枚選んだことは覚えている。それがはずれだったということも。本当になんではずればかり引くのだろう。それはともかく――そこで意識が途切れ、気づいたらここにいたのだ。


 ジンは歩いた。あてもなく。砂浜には誰もいない――が、すぐに一人の人物に出会った。慎一だ。


 慎一が、石垣にこしかけて、ぼんやりと海を見ている。ジンはたちまち慎一のそばまで行った。


「慎一!」


 声をかける。慎一が振り返った。少し驚いた顔をする。


「ジンじゃないか。これが、俺の夢の中なのか? みんなはどこに行ったんだ?」

「うん……なんか手違いがあったようで」


 どうしてこんな事態になったのか、ジンにも正直よくわからない。翔の夢のときもおかしかったが、今回もまたおかしい。むしろ、ひどくなっているように思う。


 けれども慎一を無駄に動揺させたくなかった。そもそもここは慎一の夢の中なのだ。彼をあまり興奮させてはいけない。


 とりあえず、おそらくまだ建物内にいるであろう他の四人を救出しなければならない。ジンは考えた。あの女性はなんだ? よくわからない。空が暗いのは、慎一の心がまだ曇っているからだろうか。ここを楽しい海水浴場に変えなければならない。


 慎一の心が晴れて、みんなと海を楽しむ気持ちになれば、あの女性も建物も消えるのではないだろうか。


 ジンはそう思ったが、どうすればそれが実現するのかわからない。慎一の心を晴らすこと――失恋の痛手をやわらげればいいのかな。


 しかし自分がそれに向いているとは思えなかった。何かしら言わなければ、とジンは思い口を開き、けれども何も言わずまた閉じた。芽衣に黙ってろと言われたのを思い出したのだ。恋愛関連で、自分はあまりごちゃごちゃ言わないほうが無難なのかもしれない。


 ジンは慎一の隣に座った。開けた海が、目に飛び込んでくる。誰もいない海だった。寂しさがつのる。


「ま、まあともかくみんな無事だよ。そのうちここにやってくる。ええと……」ジンが口ごもる。会話のかけらでもよいから探す。「……砂原家のきょうだいたちは……芽衣もだけど、面白いな」


 ジンは必死に話題を探る。出てきたのがこれだった。風が顔に吹き付けた。慎一が興味を惹かれたようにこちらを向いた。


「まだ出会って少しだけど、でも……」


 いろんな体験をしたし、彼らに興味を持っているのは事実だ。慎一はほほえんだ。


「俺たちきょうだいはさ」


 そして、ぽつりぽつりと話が始まった。きょうだいたちの性格について、関係について。芽衣について。やんちゃな翔が引き起こした騒動の数々、耕太がいじめっ子に泣かされて芽衣が逆襲したこと。祐希は物静かだけど、周りをよく見ているということ。

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