8

 三人で歩いていく。けれどもすぐに異変に気づいた。翔の姿がないのだ。


「……おかしいわね。そんなに長い間離れていたわけじゃないのに」


 眉をひそめる芽衣に、耕太が言った。


「探してみようよ。森の中に入っていったのかな。翔も何かを見つけて」

「離れ離れにならないほうがいい。探すなら三人一緒に探そう」


 鋭い、いつになく真剣なジンの声が聞こえた。その表情が険しく、なにかよくないことが起こっているのだろうと耕太は緊張した。芽衣とジンとともに道をそれ、森に入る。


 変なことでへそを曲げなきゃよかった、と耕太は思った。自分がみんなから遅れたりしなければ――そのまま四人で一緒にいれば、翔の姿が消えるということもきっとなかったのに。


 三人がシダをかきわけ垂れ下がる枝をくぐり、森の中を歩いても、翔の姿は見つからなかった。呼んでみても何も返事はない。耕太はちらりとジンを見た。ジンの表情は険しいままだった。


 何が起こってるんだろう。耕太は不安になってきた。二人ずつ組になって別々の道を歩いたときとは全然違う。ジンが何かを警戒している。けれども、どういうわけかそれを口に出したりしない。


 いい弟なんだよ、と耕太は翔の姿を思い浮かべた。ちょっぴりわがままで自分勝手なところもなきにしもあらずだけどさ、でもいい奴なんだ。明るくて友だちが多くて、羨ましいと思うところがたくさんあって。――翔がいなくなったらどうしよう。


 耕太は真剣になり、翔を探した。そのうちふと、森の中が歩きやすくなっていることに気づいた。植物の数が減っている。というよりも――消えているのだ。


 最初は勘違いかと思った。けれども、そうではない。目の前で、一本の木が、ふっと消えたのだ。耕太は叫び声をあげそうになり、思わず近くの芽衣の腕につかまった。


 芽衣もその異変に気づいていた。目を丸くして、木があったところを見ている。


「……ジン……」


 耕太はジンを振り返った。ジンも驚いた表情をしていた。そしてきっぱりと言った。


「この森を出よう」

「出るといっても……」


 出口はどこに? と耕太は思う。芽衣が怯えた声で言った。


「こちらがそうしなくてもそのうち出ることはできるでしょうよ。だって――森が消えてるんだもの」


 植物が一つ、また一つと消えていく。大きく葉をのばしていたシダが消え、つる植物をはわせていたざらざらとした幹の木が消え、小さな花も、そっと消える。


 三人はいつの間にやら駆けだしていた。この不気味な森から逃れるように。そして、外に出たのだ。


 そこには広い平原があった。丈の低い、草のような植物があちらに少し、こちらに少しというふうにはびこり、それ以外はむき出しの地面だ。木々がなくなったので、太陽の光がまともに三人を照らし出した。けれどもそれは暑すぎることはなかった。


 三人とも何も言わなかった。と、そのとき、上空から声がした。


「おーい、みんなー」


 翔の声だった。耕太ははっとして空を見上げた。空に、何か、大きなものが見える。鳥のようだ。いや……鳥ではない。


 巨大な鳥のように思えたそれは、グライダーのように空を滑って、三人のところへ降り立った。それは――翼竜だった。大きな翼竜。人が乗れるほどの。


 そして実際に乗っていたのだ。両手両足をついて着地した翼竜の背中から、翔がするりと降りた。三人がやっぱり黙っていると、翔は得意そうに言った。


「どうだ! 翼竜の背中に乗ったんだぞ!」


 後頭部に赤みがかった長いつのを持つ翼竜は、賢そうに翔の横に侍っている。耕太は翔を、そして翼竜を見た。芽衣が、呆気にとられたように言った。


「その……翼竜、どこで見つけたの?」

「それより俺のほうが訊きたいよ。みんなどこに行ってたの? 気づいたら、俺一人になっててさあ、ま

さか俺を置いて、みんな帰っちゃったんじゃないだろうなとか思ったんだ。でも俺はまだ恐竜に乗ってないし、恐竜に会いたいし、って強く思ったら、森が消えて翼竜がそばに立ってたんだよ。それ背中に乗ってもいいみたいだったから」


 ジンが笑い出した。つられて耕太も。そんなに面白くはなかったけれど、なんとなく一緒に笑ってしまった。そして、翔が見つかった安心感が、どっと胸に押し寄せてきた。


「これ、前に話した木の実」耕太は手に持っていた実を一つ、翔に差し出しながら言った。翔がそれを受け取る。「これを見つけてさ、それで遅くなったんだよ」


 ジンにも言った嘘を、耕太はここでも口にした。翔が笑って実を受け取る。


「ありがとな」


 やっぱりいい弟だよ、と耕太は思った。見つかってよかった。でも――やっぱり僕はこれからも、翔のことを妬ましく思ったりするんだろうな。でも――でもさ、やっぱり翔のことが好きで、翔の兄でよかったなあって思うんだよ。

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