第10話 提案
「まあ、少しは顔色も良くなってきたか」
二人の大学の中間の駅。そこの駅ビルの二階にあるパスタ屋さん。よく二人で会う場所だ。
窓際の席に向かい合って座り、オーダーを終え、しばらく談笑してから、菜乃はホッっとしたようにそう切り出した。
菜乃と会うのは、あれ以来――稲見と別れた直後、まだ全てを受け入れきれず、混乱していた頃、ただ戸惑いを口にすることしかできない深織の話を菜乃は延々と聞いてくれた。決して、『だから、言ったでしょうが!』とは言わずに――それに救われた気がする。
やがて年末になり、年越しを迎え……菜乃も忙しくなり、直接会うことは難しくなったが、それでも、菜乃は連絡を欠かさず、深織の様子を伺ってくれた。
「ご心配おかけしました」
座ったまま、深織はペコリと恭しく頭を下げた。
「もう……大丈夫だと思う。少し、慣れてきた」
「慣れてきた……ねぇ」と菜乃は不服そうに呟きながら、ストローに口をつけて水を啜る。「大丈夫そうに聞こえないんだよなぁ……」
「……」
思わず、視線が落ちる。
深織にとって、稲見が初めての恋人であり、これが初めての失恋だ。どう乗り越えるものなのかもよく分からなければ、乗り越えられるようなものなのかもまだ分からない。
そもそも、自分のこれは『失恋』と言えるものなのだろうか――。
恋に落ちた相手は嘘偽りでできたニセモノだった。ずっと騙されていただけ。優しくて誠実で一途な彼は存在しなかった。蓋を開けてみれば、稲見恭也は噂通りの『白い狼』だった。自分は遊びに使われていただけ。数多といる浮気相手の一人に過ぎなかったのだろう。――それを、果たして『恋』といっていいものなのだろうか。
眉を曇らせ、ぎゅっと深織は拳を握りしめる。
「今、どんな感情を抱けばいいのかも……正直、分からないの」
「深織……」
ちょうど、オーダーしたパスタが来たところだった。
ずんと重たい空気がのしかかるテーブルに、トマトソースとホワイトソースのパスタが二人の前にそれぞれ置かれた。
「ごゆっくり」
異様な空気を察しているのか察していないのか。二人にとっては場違いに思える溌剌とした声で店員は言い残し、去っていった。
芳しい香りだけが二人の間で漂う中、ややあってから、菜乃は重々しく口火を切り、
「会って……話してみる気ある?」
「え――」
はたりとする。
やおら視線を戻せば、菜乃は神妙な面持ちでじっと深織を見つめていた。
「『会って』……て……」
誰と――という言葉が出てこなかった。それは訊くまでもなく明らかなことで。でも……考えてもいないことだったから。もう二度と会う気など無かったから。
そんな深織の心情は痛いほど分かっているのだろう。菜乃は渋る様子を見せつつも、意を決したように口を開いた。
「稲見……稲見恭也があんたと会って話したいらしい」
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