第20話 続々英雄
三世は一度奥の部屋に引っ込み、少ししてから悠々と出てきた。
「諸君、我が陣営の素晴らしき仲間たちの準備が整った。早速、順次紹介していこう。拍手で迎えるように、いいかね」
「はい」
無視する私たちの分を補うかのように斎藤が大きな声で答えた。
「それではまずは私、この軍の最高責任者兼将軍であり、聖なる志と聖なる剣でナポレオンを倒す男、シャルル・ルイ・ナポレオン!」
私たちはブーイングをしようとしたが、斎藤にどつかれて拍手せざるを得なかった。
「よりによってあいつが軍を指揮するんかいな」
「よろしい、よろしい、私にふさわしい拍手だ。生前の評判では確かに叔父に劣るかもしれん。だが、死後の世界でまでその評判を甘んじて受けると思ったら大間違いだ。私は叔父をこてんぱんにして真の皇帝とは何たるかを知らしめてやるのだ。さぁ、では次」
三世は一拍置いた。
「ボナパルトに愛され、ボナパルトを愛した、しとやかでありながり奔放な女性。ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネ!」
扉が開いて、美しき女性が白の衣を纏って登場してきた。退屈そうにも、楽しすぎて走り出しそうにも見える不思議な表情を持っている女性だ。やや猫背の姿勢で歩いてくる姿には怪しい魔力が備わっていた。
拍手をしながら思わず私は「そんな!」と声を上げてしまった。
「ナポレオンの一人目の妻、ジョゼフィーヌだって? どうしてナポレオンと敵対する? 確かに一度は離婚したと聞くが……」
ジョゼフィーヌは微笑を浮かべた。
「彼が死んだと聞いて私はすぐに彼の元に駆けつけた。でもね、彼は既に死後の世界で別の女と出来上がっていたの。それだけなら別にいい。慣れているわ。でもそれに加え、あいつはまた懲りずに帝政という過ちの国家を作ろうとしていた。その女と共にね」
斎藤は近藤の口を塞いで、やかましいツッコミを防止した。
「だからあいつの野望を打ち砕くことにした」
三世は満足げに髭を触った。
「ふむ、素晴らしい動機だ。ナポレオンに近い者が味方についてくれるとは、心強いの一点に尽きる。ではその次」
扉が開き、すらりとした長身の黒人が軍服を着てつかつかと歩いてきた。
「神出鬼没、あらゆる戦場で突如現れては爆発的な戦果を収める自由の象徴、人は彼をこう呼んだ、黒いジャコバンと。トゥサン・ルベルチュール!」
トゥサンは一礼した。私は声を上げた。
「フランスからハイチを独立に導いた英雄だ。凄いぞ」
すかさず近藤が疑問を呈する。
「しかし、ナポレオンと敵対するのはわかるが、ナポレオン三世側につく理由がないんじゃないのか?」
するとトゥサンは紳士的な振舞いでこう答えた。
「私はフランスを倒すために戦ったわけではないです。平和を求めた結果フランスと戦うこととなったのだけです。ナポレオンは現世に憑りつかれたままの、差別に満ちた王国をこの世界でも作っている。私が戦う理由はそれだけです」
「おぉ」
三人は思い切り拍手をした。
「そうだ。時代は流れていくのだ」
と三世。
その発言を聞いて私の胸中はわかりやすく左右に揺さぶられた。死んだ後も人は変化していかなければならない。それなのに、変わるべきところを変えられないこの世界。大いなる矛盾を孕んでいる。
「さぁて次だぞ。馬を巧みに操る大陸の猛者。いく先々で猛威を振るうその刀には、数多の敵の血液が染み込んでいる。最恐たる傭兵の国、マムルーク朝大五第スルターン。アッ=ザーヒル・バイバルス」
バイバルスは馬に乗って現れた。ターバンをした細身の男であったが、馬と一体になったその体は大きく見え、たくましい髭は光っていた。滑らかな弧を描く剣を華麗に動かし、私たちに会釈をする。
「戦士とは常に劣勢を覆す。此度の戦もまた、我が勝利をもたらそう」
私と近藤は拍手喝采。
「バンザーイ、バンザーイ」
「ブラボー!」
近藤は三世に向かって叫んだ。
「最初からこの面々を見せてくれれば文句一つも言わなかっただろうに。この軍勢で攻め立てれば万里の長城だろうが何だろうが一撃で塵となるに違いない」
「その通り。これが我がナポレオン軍だ。見直したろう?」
「お前がトップにいるのだけが不安要素だけだどな」
「何だと!」
また剣を抜きかけた三世だったが、トゥサンが冷静に手でそれを制止した。
「知識不足で申し訳ないのですが、貴殿らの名を私は知らず――」
三世が茶々を入れた。
「知る必要なんてないぞ。そこらに転がっている日本人だから」
「いいえ、皇帝。彼らだって私たちと同じ一人の人間です」
近藤がまた喧嘩を売った。
「彼がトップに立った方がいいだろ」
近藤とナポレオン三世の視線が荒々しく激突した。
ため息をついてトゥサンが立ち上がる。
「いがみ合いはやめて下さい。これでは埒が明きません。斎藤、後でこの二人のことを教えて下さいね」
「喜んで」
「とりあえず今わかるのは、君たち二人がいかに敵の戦力を知らないかということです。敵の戦力を知っていれば、味方が私たちだと聞いてあれほど喜びはしないでしょうから」
「そんな、十分な戦力ですよ」
「第一俺らは敵くらい知ってるぞ。ナポレオン・ボナパルトだろ?」
トゥサンは悪気のない微笑を静かに浮かべた。
「脅威は彼だけではないんですよ。私が紹介しましょう」
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