第5話 受け継がれる意志 ①
陸上自衛隊佐伯駐屯地。
都心部から離れた町中にあるその基地は、数十羽からなるカラスの集団の襲撃を受けていた。
「おい! そっちいったぞ」
「こっちはまかせろ!」
迷彩柄のヘルメットをかぶった隊員たちの声が飛び交う。隊員たちが上空のカラスを引き付ける間、浅見たちが数日間かけて掘った穴に大量のゴミを投棄していく。その音と臭いに敏感に反応したカラスたちが数羽、囮の隊員に目もくれず浅見の方に突進していった。
「浅見三曹! そっちに抜けました!」
自分の担当エリアを抜けられた隊員が大声で叫ぶ。おい、ちょっと予定より早いぞ。浅見は心の中で毒吐く。制空権を奪われた中で、まともな装備もなしにカラスを食い止めることなど不可能なのはわかっているので、部下の隊員は責められない。このイライラは、こんなことでも思い通りにいかないことによるものだった。
クソッ。カラスたちめ。
カラスたちが列をなして近づいてくる。あと数メートルで自分のところまで届く。
その瞬間。ボスっと音がして、カラスたちが空中で跳ねる。
「はい、残念」
間の抜けたような女の声と同時に、浅見の頭上には、緑色の繊維でできたネットがピンと張られ、トランポリンのようにカラスたちを跳ね飛ばしていた。
「伊藤二曹、遅いですよ」
浅見が、ネットを張り終えて満足した表情の伊藤に文句を言う。黙っていれば美人なのに、さばさばしすぎの性格がその見た目を帳消しにする人だ。
「浅見、よくやったね。あんたは仕事早いから助かるよ」
「誰のせいですか。あなたがのんびりしてるだけでしょう」
浅見は、溜め息をつきながら応じる。この人は、伊藤麻美二等陸曹。浅見樹三等陸曹の一期先輩であり、施設隊の上官にあたる。男勝りで気分屋な性格だが、責任感が強く、妙なところで細やかな気遣いがある。浅見の能力は信頼しきっており、今回も大方、あいつに任せときゃ大丈夫、などと思っていたに違いないだろうが、それでもネットを用意してフォローしてくれるところが憎い。
「ゴミ捨て大作戦成功だね」
「そのセンスのないネーミングやめませんか」
「なんで? 作戦名あった方がやる気出るじゃない」
「ゴミ捨てはいいとしても、作戦の前に『大』をつける意味はあるんですか」
「その辺はノリで」
「三十路のセンスでしょ」
「おい! 私はまだ二十九だって!」
「あと一つじゃないですか」
「細かい男ね。楽しければいいのよ」
伊藤は、浅見の小言にもどこ吹く風だ。
「よし、みんな帰るよ」
伊藤が撤収の合図をすると、隊員たちが明るい表情で走ってくる。たかがゴミ捨てとは言え、命がけとなる作戦。わざわざこんなくだらない作戦に参加する者たちだ。皆、伊藤を慕っているのだろう。彼女のためなら頑張ってみよう、そう思わせることができるところが、伊藤の一番の魅力であった。
ゴミ捨て大作戦。そのまんまの名前が付けられた、ただゴミ捨てるだけの作戦だが、駐屯地にとっては笑い事では済まされない深刻な問題だった。カラスに空を奪われ、ゴミ収集を行う業者がいなくなった現状、ゴミは溜まる一方となった。生活するだけで発生していく大量のゴミは、倉庫だけで収まる物ではなく、徐々に生活スペースを蝕んでいき、衛生面、精神面ともに支障をきたすこととなった。
そこで考え出されたのが、外に穴を掘ってゴミを捨てること。しかし、現状では危険極まりないことだった。カラスたちが襲撃してくる中で野外活動をすることは、それだけで命の危険を伴うもの。まして、時間のかかる穴掘りなど、自殺行為に等しかった。
たかがゴミのために、命を懸けるなど。そんな空気が漂う中、伊藤二曹が「ゴミと一緒に生きるなんて、私たちまでゴミになる」等とはっぱをかけたことで、若手中心にこの作戦が立案された。その実行役の中心となったのが、浅見三曹らの施設隊だった。
後方支援部隊の多い駐屯地だったが、「施設隊なめんな」をモットーに、工兵部隊としての能力をふんだんに発揮し、ゴミ捨て場所までのルートを確保していったのだ。隙を見ては穴を掘りを繰り返し、準備が整ったところで、やはり問題となったのはカラスの襲撃。大量のごみを捨てるまでの時間が勝負となる。ふざけた名前の「ゴミ捨て大作戦」だったが、ゴミを捨てるだけでも命がけだったのだ。
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