第39話 桜子の笑顔
桜子は社会科準備室を飛び出して、そのまま考えもなくただ近くの階段を上って行った。
勢いよく走り上がってきた足が疲れて止まってしまった時には屋上の扉の前だった。
桜子は屋上に出た。放課後の屋上には誰もいない。
桜子は柵まで歩いて行って学園の敷地を見下ろした
オレンジ色の夕日が校舎もグラウンドも全てを染めている。
桜子は自分は一人ぼっちだなぁとしみじみ思う。
両親もいない、望まれた能力の使い方もよく分からず、一族に友と呼べる人もいない。
いつの間にか発現した妙な能力に惹かれて人間のふりをした妖体が出現してきたが、それは需要と供給の関係のようだ。
「寂しいなぁ」
最初から一人ならばそれでも耐えられたのに、周囲が賑やかになってきてから離れられるのは堪える。
「桜姫ってどんな人だったんだろう」
「優しい姫だった」
と背後から声がしたので、桜子は振り返った。
「赤狼君」
「桜姫はさみしがり屋で優しい人だった。二百年前だ、今よりももっと個人なんてものがなかった。家の為、一族の為、それだけだった。悪霊を倒す事だけが大義名分で、皆がその為の駒だった。特に俺たち式神は使い捨てだった。そんな体制に不満を持っていた奴もいたけど、式神は安倍に縛られているからどうしようもなかった。言われるままに戦い、消滅していくしかなかった」
「……」
赤狼は桜子の横に立った。
今は人間の姿だが、赤茶けた髪の毛が夕日に染まり真っ赤に見える。
「その頃は再生の見鬼はほとんどいなくて、力を使い果たした奴から消滅していってたが、桜姫が能力に目覚めてからは俺たちもずいぶんと助かったよ。桜姫は安倍から式神なんぞを再生しなくていいと厳命されていたんだが、逆らって俺たちを助けてくれた。だから桜姫は式神に慕われていたな」
「そうなんだ。本当に心優しい姫だったのね……何かさ、そんな人の生まれ変わりが自分っていうの疑っちゃうよねー」
桜子ははははっと笑った。
「疑わねえよ」
「だって全然違うし、もし今、そんな事態に陥っても私は桜姫みたいに出来ないよ」
「そうか? 担任を助けに廃墟となってる旧校舎に忍び込んだだろ。そういう所」
「それは……だって。ただ好奇心が勝っちゃっただけだし。でもさ、赤狼君は桜姫を探してるんでしょう? 前世が姫でも今の私は昔の姫と同じじゃないでしょう?」
「だから?」
「え、だからって……」
「迷惑だって事か? 人間じゃない者にまとわりつかれてもって事? 紫亀が言った通りに転生した後まで桜子に昔の面影を追ってくるなって?」
「ち、違うわ。でも」
「でも?」
「桜姫と私は同じ人間なの?」
そう言って桜子は赤狼を見上げた。
赤狼は桜姫を追っているだけでそれは自分自身なのかどうかが桜子には分からない。
必要なのは魂だけで器は何でもいいのかもしれない。
ではその魂は桜姫で桜子自身はどこにいるのだろう。
「分かんねーよ、そんな事。でも同じ魂なのは感じる。それをずっと追いかけてきたんだ何回転生しても俺は桜子を探し続ける。探し出してやっと出会えた瞬間に俺は惚れてしまう。何度だって桜子に惚れる。桜子の一生のうち一緒にいられる時間がわずか一年しかなくて、次にまた会えるのが百年後だとしてもだ」
赤狼の告白にかぁーっと桜子の顔が赤くなった。
「え、で、でも」
赤狼はもごもごと口の中で何かを呟く桜子の腕を取り引き寄せた。
それからぎゅうっと強く桜子を抱きしめた。
「だから別に桜子が再生の見鬼かどうかは俺には関係ない。こうやって出会えて抱きしめてるだけで満足だ」
「じゃ、じゃあ、薔薇子さんの式神にならない?」
「ならねえよ」
と言った赤狼の言葉に桜子は嬉しそうに笑った。
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