第33話 赤狼、水蛇、緑鼬

「や、やあ」

 と尊が立っていた。

「もう遅いし終わってもらおうと思って……ね」

 と尊が言った。

 桜子を中心に赤狼、水蛇、緑鼬が立っていた。

 尊は内心の動揺と心の高揚を押さえようと努力した。

 目の前に再生の見鬼とそれを守る十二神が三体。

 しかも式神が完璧に人間に化けているのは滅多に見られない。

 それが真っ赤な長髪のホストのような派手な美形、メイドエプロン姿で爆乳フィギュアのような可愛い娘、つんつんヘアーの鋲打ちパンク少年でも、である。

 赤狼、水蛇、緑鼬が姿を消そうとした瞬間に、

「待ってくれ!」

 と尊は懇願するような悲鳴をあげた。

「ま、待ってくれ、君たちは十二神なんだろう? 俺、いや、私は土御門尊……」

「知ってるにょん」

 水蛇が腕組みをして、じろりと尊を見て、

「土御門の分家の枝からもらわれてきた子供。分家にしては霊能力が高いが、本家では下っ端。祓いや祈祷よりも研究や解析に能力を発揮し、過去の封印された術すらも復元している。今はもっぱら闘鬼を召喚する儀式の研究をしている……にょん」

 と言った。

 尊は驚いたように水蛇を見た。

「何故、それを」

「驚くほうがびっくりだ、人間のする事なんかお見通しだにょん。土御門だろうが、優秀な霊能力だろうが人間のする事なんかろくでもない事ばっかりだにょん」

「それに……例え鬼の呼び戻しの儀式をしたとしても鬼が戻る事はないんじゃないっすか。人間の魂を千個、無駄に使うだけっすよ」

 と緑鼬も言った。 、

「な、何故? 俺は古事に忠実に復元をしている。文献通りで魂抜きは成功したぞ」

「次元が違う。魂抜きなんぞそこいらの浮遊している低級霊でも出来る。一の位の鬼を呼び戻すなんて……迷惑な話だ」

 と答えたのは赤狼だった。

「狼と鬼で犬猿の仲にょん」

 水蛇がププっと笑った。

「それなら余計に止めないと、魂を早く元の人間に戻してあげなくちゃ。魂を無事に戻せば如月様の罪もまだ許されるわ。どうしてあなた達はそこまで知ってて……止めないの?」

 と桜子が言った。

「言ったにょん。人間のやる事なんか興味ないにょん」

「俺たちは人間に制限される事はないっすけど、人間を制限する気もないっすよ」

 と緑鼬が言ったが尊がその腕をがっと掴み、

「で、では力を貸してくれないか! 俺が如月様を止めるから! 俺の式神になってはもらえないだろうか?」

 と言った。

 尊の目はキラキラとし、喜びであふれていた。

 十二神のうちなら誰でもいい、自分にその力が手に入るなら如月を堂々と敵に回せる。

「馬鹿っすか? 俺と水蛇は当主の式神だっつうの」

 緑鼬は呆れた顔でそう言い放った。

「あ、そうだった……」

 興奮しすぎて馬鹿な事を口走ってしまった、と尊は赤面した。

「尊さん、本当に如月様を止める気があるんですか?」

 と言う桜子の問いに、

「ああ、それはある。けど、能力争いではとうてい如月様に適わないし、何より薔薇子、弓弦、桔梗の三人にすら俺は劣ってるからな。せめて強い式神が味方にいればと思ったんだけどね」

 と答えた。

「万が一、鬼を召喚する事が出来て、次代の目的はなんだ? まさかと思うが闘鬼を式神にしようとでも思ってるのか?」

 赤狼の問いに尊はうなずいた。

「もちろん」

「まず、そこから話してやれ。絶対に無理だ」

「え」

「闘鬼が人間の式神になる事はまずない。闘鬼は十二神に名を連ねているだけだからな。千個の魂を闘鬼を呼び出す贄として、次に闘鬼が式神になる旨味は何だ? 人間を好きに喰らい殺し放題でも約束するのか? その瞬間に次代も当主も皆が闘鬼の腹の中だぞ? 闘鬼に一日千人の人間を喰らわせる事が出来るのか? 一日百人の赤ん坊を贄に捧げられるのか? 鬼が人間界に暴れ出て手がつけられなくなってから貴様ら人間は「そんなつもりはなかった」とか言って逃げ出すんだろう?」 

「そうっすよね。たいがい人間が作り出した生物兵器が暴れだして手に負えなくなってから世界は崩壊するんっすよ。この間見た二時間ドラマもそうだったっすよ。ゾンビを飼い慣らそうとした科学者が……」

 と人間界の娯楽に詳しい緑鼬が言った。ホラー映画が好きなのか、着ているTシャツもゾンビの柄に飛び散った血液のような赤い模様がついている。

「鬼を使役する事が格好いいとでも思っている次代なんぞクソの役にもたたない。次代失格だ。土御門はこの代で終わりだな」

「そんな……」

 赤狼にじろっと睨まれて尊はうつむいた。

「そんなに凄いのか? 鬼は……じゃあ……如月様の野望は駄目なのか」

「なまじ霊能力なんぞを持って生まれ、ちやほやされ土御門という大きな組織に守られて生きてきたんだろ? 本物を相手にした経験もない人間に金の鬼はおろか十二神最弱の銀猫でも使役なんて出来ないと思え」

 そう言うと赤狼は姿を本来の赤い狼の姿に戻した。

 図書室の中に巨大な狼が現れ、頭は天井まで届き、長いふさふさした尾は部屋のずっと向こうまで伸びていた。そして不遜な態度で尊を見下ろし、グアアアアアッと吼えた。

 それは図書館のある神道会館全体を揺さぶり、ガタガタっと室内の本棚が音をたてた。

 腹の底から響いてくる力強い咆吼に尊は膝がガクガクとなりながら一歩下がった。

 一口だ、と本能が萎縮した。自分など、一口で食べられてしまう。

 どすんと何かに身体が辺り、振り返ると濃緑色の大鼬がキキキと鋭い牙を見せてこちらを見下ろしている。黒々とした双眸は先ほどのパンク少年のような愛嬌がなく、ただ本能で人間を弄んでやろうとしていた。

「え……」

 もう一つ自分の上に影が落ち、そちらを見るとぴかぴかに光る素晴らしく鮮やかなマリンブルーの鱗が何重にも蜷局を巻いている。

「シャー!!」

 と吐き出された大蛇の威嚇音は、背筋をぞっとさせる恐怖音だった。

 尊はその場にぺたんと尻餅をついた。 

「……」

「分かったか? 例え俺たちを三体倒しても鬼には勝てないぞ。理解したなら次代に人間の魂は解放して元に戻すように伝えるんだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る