第15話 紫亀先生

「紫亀! どうせ、その辺りにいるんだろ?」

 と赤狼が暗闇に向かって声をかけると、

「なんや、わしを使う気ぃかいな」

 とのっそりと暗闇から姿を現した男がいた。

「紫亀先生……」

 現れたのは歴史の教師で紫亀という男だった。

 背は低いが固太りな頑丈そうな男で、変な方言でしゃべる面白い先生と評判だった。

「こいつらを外に運んでやれ」

 と赤狼が言ったので紫亀は不愉快そうな声で、

「生徒のくせに先生様を使うとはけしからんな」

 と言った。

「ふざけんな。てめえ、見てるだけで何もしなかったじゃねえか」

「へえへえ、赤狼様にはかなわんわ。偉そうに」

「あの、すみません、先生」

 と桜子が申し訳なさそうに言うと、

「ああ、かまへんで、桜子ちゃんは可愛いからな」

 と陽気に答えた。

 紫亀はのっそりと二人に近寄って来ると、四つん這いのような格好になった。

「先生!」

 桜子の目の前で紫亀はゆっくりと紫色の巨大な亀に変化していった。

「先生、亀……」

「格好えええやろ? 二人を背中に乗せてやってんか」

 と紫亀が言ったので、赤狼が綾子と男をひょいと担ぎ上げて鮮やかな紫色の大きな甲羅の上に二人を乗せた。

「紫亀、お前見てないのか。この二人の魂を抜いた奴」

「見たでぇ」

「え、本当ですか? 紫亀先生?」

 人間が亀に変化するという一大事を目の前で見ながらも、桜子はたいして驚かなかった。すでに赤狼が赤い狼に変化したのを見たのも一因だが、脳細胞が疲れ果てて驚く元気もなかったとも言える。

「ああ、まあ、その事は後で話しまひょか。ほなお先に」

 そう言うと紫亀の大きな身体がふわっと宙に浮いた。

 旧校舎を壊して宙を飛んで行くんだろうか、と桜子ははらはらしながら紫亀を見上げた。

 ずぶずぶずぶという感じで紫亀の身体が天井に突き刺さったが、天井は壊れる事もなくただ紫亀とその背中に乗せた二人の人間が吸い込まれるように消えていった。

「紫亀先生……って何者?」

 桜子は赤狼を見た。

「亀さ」

 と赤狼が言った。

「さて、俺達も帰るか。面倒くせえから一気に飛ぶぞ」

 そう言って赤狼が桜子の身体をひょいと抱き上げた。

「え!」

 お姫様抱っこをされた桜子は驚いてじたばたと暴れた。

「暴れんな。行くぞ」

 桜子を抱いたまま赤狼が床を蹴った。

 天井に向かって上昇していくのを(ぶつかる……)と思いながら、桜子は目をつぶった。

 そしてそのまま桜子の意識は真っ暗になった。

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