第10話 ネズミ人間

 中を覗くともちろん暗い。

 壊れた窓から夕刻の日差しが少しだけ邸内を照らしていた。

「せ、先生?」

 玄関から入った中は広間のようになっていた。

 古びたソファやテーブル、床には年代物の絨毯が敷いてある。

 桜子は完全にドアが閉まってしまわないように足下に落ちている木ぎれを挟んだ。

 ゆっくりと足を進めて部屋の中を進んでみるが、綾子の姿はない。

 広間には他の部屋に通じるドアがいくつもあり、上階への階段が中にあった。

 他の部屋へ行くか二階へ上がってみるべきかと桜子は思案したが、さすがにこの旧校舎の中を一人でネズミ人間を引き連れた綾子を探すのは無謀な気がしてきた。

(やっぱり一人では無理かな? 誰か他の先生でも呼んでくるべきだった?)

 と思いながらも一番近くのドアを開けて中を覗く。

 事務室のような作りになっていて、来客用のソファにテーブルが置かれている。

「佐山先生……いますか?」

 声をかけてみるが反応がなく、桜子はその部屋に入らずにまた元の玄関口まで戻った。

「え?!」

 閉まっていた。

 木ぎれを挟んでドアが閉まらないようにしていたのに、木ぎれが取り払われドアはぴったりと閉まっている。

「嘘……あんなの自然に閉まらないよ……ね」

 慌てて駆け寄ってドアを開こうと手をかけたが、がっちりと閉じて開こうとしない。

「嘘~」

 ガタガタと力を入れて揺さぶってみても重い木のドアはびくともしない。

「ヂュ、ヂュ、ヂュ」

 と奇妙な声がした。

 全身に鳥肌がたって桜子はドアを背にして振り返った。

「な……」

 桜子の前に大きなネズミ人間が立っていた。巨大だ。百六十センチの桜子をかなり上から見下ろしている。顔も身体も毛むくじゃらで、手先、足先は毛の生えていないネズミそのものの手足だった。太く長いミミズのような光沢のある尻尾がにょろりと床で巻いている。見るからに化け物ネズミなのだが、いっそう不気味なのは姿勢や手足の長さが人間のようだという事だった。

 桜子はネズミ人間を見上げた。

 意志の疎通が無理そうな無機質な真っ黒い瞳が桜子を見下ろしている。

 そして更にその足下にも小さいネズミ人間が無数に立っていた。

 それこそ部屋中の家具や窓の桟の上、階上へあがる階段に。

 ヂュヂュヂュという鳴き声がだんだん増えていき、やがて大合唱のように部屋中に広がった。

「や、やっぱり……やめとけばよかった……」

 と桜子は呟いた。

 先程力一杯に引っ張っても開かなかったドアが今更開くとも思えないが、桜子は後ろ手にドアのノブを掴んで動かしてみた。

 もちろんドアは開かない。

「ヂュ!!!」

 巨大ネズミが怒ったような声で鳴き、桜子の方へ飛びかかろうとした。

(食べられる!)

 桜子は身をかがめて敵に背中を向け、小さく蹲るしかなかった。

 小さく小さく身を丸め、頭を守るように両手でかばいぎゅっと目をつぶる。

「ドガ!」

 というような音がしたような気がしたが桜子はその場でじっとしていた。

「ヂューーーーーーーーーーー!!!!」

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