ニューカマー

第49話 新人

 カウラは菱川重工豊川工場の通用門に車を向ける。車内には運転手のカウラの他に誠、かなめ、アメリアが乗っていた。


「でも本当に神前は大丈夫なのか?検査とか受けたほうがいいんじゃねえの?」 


 黙って下を向いている誠の隣からかなめが顔を近づけてくる。誠も彼女に指摘されるまでも無く倦怠感のようなものを感じながら後部座席で丸まっていた。


「大丈夫ですって!ひよこさんも自然発生アストラル波に変化が無いって太鼓判を押してくれましたから。それに昨日まで寝てたのはただの三日酔いですから」 


 車は出勤のピークらしく工場の各現場に向かう車でごった返している。カウラは黙って車を走らせる。


「生協に寄るか?」 


 カウラの言葉にアメリアは首を振った。


「珍しいな、おやつの買い出しとか行かないのか?」


「別にいいわ……なんだか眠くて」


「変な奴」


 かなめの上機嫌に対してアメリアはどこかしらブルーだった。そこが気になるのかかなめが顔を突き出していやらしい笑みを浮かべる。


「なんだよ……何か言わないのか?」

 

 そう言うとかなめはアメリアの紺色の髪に手を伸ばす。


「いきなり引っ張って!痛いじゃないの!本当にかなめちゃんは子供なのね」 


 突然髪を引っ張られてアメリアはかなめをにらみつける。


「おう、子供で結構!なあ、神前」 


 その異様にハイテンションなかなめに誠は苦笑いを返す。車は当番の技術部員が待機しているゲートに差し掛かる。


「ヒーローの到着だぜ!」

 

 後部座席の窓に張り付いてかなめはVサインをする。それを見つめる技術部の面々はいつも通りのけだるい雰囲気を纏っていた。あのバルキスタンでの勇姿が別人のことのように見えるだらしない姿の彼等に誠はなぜか安心感を感じていた。


「おう、写真はアタシの許可を取ってから撮れよ!それとサインは一人一枚だからな!」 


「西園寺さんはいつ神前のマネージャーになったんですか?」 


 車の中を覗き込んで笑顔を浮かべる彼等にかなめが手を振るとカウラが車を発進させた。


「ずいぶんと機嫌がいいわね」 


 沈んだ声でアメリアが振り向く。かなめは舌を出すとそのままハンガーを遠くに眺めていた。


「まあ西園寺は暴れられたからそれでいいんだろ。貴重な出撃機会だ。もう少し05式の運用データが取れれば良かったんだがな」


 カウラはわけもなく浮かれているかなめを一瞥する。 


「そんなの必要ねえだろ?05式は最高だぜ。特に不足するスペックが出なかったんだから良いじゃねえか……機動力は除くけどな」 


 カウラの言葉にもかなめは陽気に返事をする。誠は逆にこの機嫌の良いかなめを不審に思いながら、落ち込んでいるとしか見えないアメリアを眺めていた。


「おら降りろ!」


「何よ!殴ることないでしょ!」


 後部座席のかなめに小突かれてアメリアが助手席から降りた。それに続いて降りてきたかなめを無視してシャムは狭苦しさから解放されて伸びをする誠の肩を叩く。


 そこに息を切らせて島田と共に出張に行っていたはずのサラが血相を変えて駆け寄ってきた。


「誠ちゃん!隊長が呼んでるよ!急げって」 


 そう言い残すとサラはそのままハンガーへと消えた。


「なんだ、また降格か?」 


 相変わらずの上機嫌でかなめは誠の肩を叩く。


「じゃあ先に着替えますから」 


 誠はそのまま珍しく正門から司法局実働部隊の隊舎に入った。


 まだ時間も早く、人の気配は無かった。誠はすぐさま目の前の階段を駆け上がり、二階の医務室を横目に見ながらそのまま男子更衣室に入った。


 そこには見慣れない浅黒い肌の少年が着替えをしていた。見たことの無い少年に誠は怪訝そうな顔を向ける。少年は上半身裸の状態で誠を見つけると思わず肌を脱いだばかりのTシャツで隠した。その面影に誠は今年の夏の出会いを思い出した。


「確か……アン君だったよね……第二小隊の新人君か?」 


 誠はそのまま自分のロッカーを開けてジャンバーを脱ぎだした。


「覚えていてくれたんですね」 


 おどおどとした声はまるで声変わりをしていないと言うような高く響く声だった。


「ああ、18歳になったのか?」 


「昨日で18歳になりました……これで本配属ですよ」 


 少年はTシャツを投げ捨てて誠に敬礼する。あまりに緊張している彼に誠は苦笑いを浮かべながら敬礼を返した。


「そうか……頑張ってくれ」 


 相手が後輩らしい後輩とわかると自然と自分の態度が大きくなるのに気づきながらも誠は少年にそう言って笑いかけた。


「承知しました!」 


 直立不動の姿勢で叫ぶアンに誠は照れて頭を掻く。


「そうか、それにしてもそんなに緊張しないほうがいいよ。僕も正式配属して半年も経っていないし……」 


 そう言う誠にアンは安心したと言うように姿勢を崩した。


「やっぱり思ったとおりの人ですね、神前曹長は」 


 笑顔を浮かべながらアンはワイシャツに袖を通す。誠はそのまま着替えを続けた。


「僕はそんなに有名なのかな?」 


「すごい戦果じゃないですか!初出撃で敵アサルト・モジュールを6機撃墜なんて常人の予想の範囲外ですよ。そして先日の法術兵器の運用による制圧行動。同盟機構でもすごい話題になってましたよ」 


 ワイシャツのボタンをとめるのも忘れて話し出すアンに正直なところ誠は辟易していた。


 アンは心からうれしそうに笑う。誠は笑みを返しながらズボンのベルトに手をかけた。


 ズボンを脱いで勤務服のズボンを手に取ったとき、誠はおかしなことに気づいた。先ほどから着替えをしているはずのアンの動く気配が無い。そっと不自然にならないようなタイミングを計って振り向いた。誠の前ではワイシャツを着るのを忘れているかのように誠のパンツ姿を食い入るように見ているアンがいた。


「ああ、どうしたんだ?」 


 誠の言葉に一瞬我を忘れていたアンだが、その言葉に気がついたようにワイシャツのボタンをあわてて閉めようとする。その仕草に引っかかるものを感じた誠はすばやくズボンを履いてベルトを締める。


 だが、その間にもアンはちらちらと誠の様子をうかがいながら、着替える速度を加減して誠と同じ時間に着替え終わるようにしているように見えた。


 誠はワイシャツにネクタイを引っ掛け、上着をつかむと黙って更衣室を飛び出した。誠はそのまま振り向きもせずに早足で実働部隊の詰め所に向かった。

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