第32話 主人公争奪戦


 歩いて一五分の距離にあるアリス家にはわずか五分で着いた。

 頑張って走っただけありナデシコも上手く撒(ま)くことができたしこれで一安心だろう。


「マモリ! ヤマトはいた!?」

「ヤバイ隠れろ!」

「まだですがこの近くにいるのは確かですお嬢様!」


 俺らは一瞬で門からアリスの家の敷地内へと飛び込み外壁の裏に隠れる。

 壁の向こうからは恐ろしい殺気がビシバシ伝わってきて、しばらくすると脅威は俺らに気付かず去って行った。


「さてと、じゃあさっさと家の中に隠れましょ」


 アリスの家、というより屋敷か、一軒家が縦横四軒ずつ、つまり家が一六軒は建つ土地に三階建ての屋敷が建ち、庭はさらにその二倍の面積がある。


 こいつの家の敷地面積はうちの学校のグラウンドより広そうだ。


 まず門から屋敷の入り口までが二〇メートル以上離れている時点で色々とおかしい気がする。


 プロの庭師が手入れしたであろう季節の花が咲く庭園を抜けて三階建ての屋敷へ着くと外国製の高そうな扉が開き中からホンモノさんが出てくる。


「お帰りなさいマセ、お嬢サマ」

「本物のメイドキター!」


 メイド服にエプロン、カチューシャ装備の本物のメイドさん、しかも英国美女!

 完璧だ! 完璧過ぎる! 桃源郷はアリスの家にあったんだ! 俺の携帯カメラ機能が止まらないぜ!


「ヤマト様は相変わらずメイドがお好きなのデスネ」


 カタコトの日本語、これぞプロの証! そして俺が携帯のレンズを向けた瞬間腰に手を当てモデルポーズをするあなたは素敵だ!


「ただいまアンナ、後で部屋に紅茶持ってきてね」

「了解致しマシタ、ではそちらの引きずられている荷物を預かりマス」

「ありがとうございます」


 アンナさんはイヨリからヒデオを受け取るとヒデオの血で床のカーペットが汚れないように片手で床よりも高い位置まで持ち上げ、そのまま俺らの前を歩いてアリスの部屋まで案内してくれる。


 しかしこの人も背高いよな、イテキ先輩ほどじゃないけど俺とほとんど目線同じなのが男としてちょっと悔しい。


「スデに血が止まってマスネ、なら修繕の必要は無さそうデス」


 部屋に着くとアンナさんはヒデオを雑に放り捨てる。

 アリスは普段ヒデオの事をどう説明しているんだろう。


「デハお茶をお持ちシマスのでお待ちくだサイ」


 アンナさんが出て行くとアリスとイヨリはソファに座ってぶっちゃけグダっている。


「ったくあのバカお嬢様には困ったものね」

「本当だよね、そもそもナデシコちゃんが大会に出るなんて言わなければこんな苦労しなくて済んだのに」

「まあ今度来たらオレ様が返り討ちにしてやるんだぜ」


 何事も無かったかのようにソファに座るヒデオ、お前イヨリに殴られたあと二階から落ちたのになんで起きれるんだよ。


「アンタもう回復したの?」

「もちろんだぜ、なんか川があったから服脱いで泳ぐ夢を見ていたんだけど白い着物の婆さんに追い返されたら目が覚めたんだぜ」


 ヒデオ、それは奪衣婆(だつえばばあ)という三途の川の、いや、ちゃんと戻って来たんだから何も言うまい。


「じゃあ夢の続きを見せてあげましょうか?」

「ちょっ、それは勘弁なんだぜ!」


 いつのまにかアリスが壁にかけられている数々の拷問処刑器具の品定めをしている。


 どうやらまだ選抜試験でミスした事を怒っているらしい。


 アリスの部屋は俺の家のリビングより広いというか、高級マンションの一室のようにアリスの部屋の中がさらに四つの部屋に分かれ専用のトイレとバスルームが備え付けられている。


 部屋の雰囲気は英国貴族そのものでイヨリの部屋よりは女の子らしいが、今度は高校生離れしていて女子の部屋に来た感じがしない。


 その上あくまでもイヨリと比べたらの話であり、さっき説明したように普通の家ならばリビングにあたるこの部屋の壁には西洋の剣の他、様々な拷問処刑器具が飾られている。


 極めつけはアイアンメイデンと呼ばれる内側にトゲがついた人型棺桶が異様な存在感を放ちながら堂々と部屋の片隅に鎮座している事だ。

 先生が家庭訪問に来たら二秒で逃げるだろう。


 コンコン


「お嬢様、お茶が入りマシタ」

「入りなさい」


 アリスの指示を受けてアンナさんは部屋のドアを開けるとホテルで見るようなカートを押して入室する。


 カートの上にはきっかり三人分のティーセットが乗っていた。


「お一人増えたのデスカ?」


 不思議そうにヒデオを見ながら言うアンナさん、この人もかなりのドSだよな。


「オレは最初からいたんだぜ!」

「ではもう一つカップを持ってくるのがメンドーなので茶葉を直接食べてクダサイ」


 いやいくらなんでもそれは、


「結構おいしいんだぜ」


 食べたよこいつ……もうなんでもいいや。


「ところでお嬢様、ヤマトナデシコという方が来ていルノデスガ」

「ナデシコちゃん来てるの!?」

「ちっ、あいつしつこいわねぇ、アンナ、アタシはいないって言って!」

「わかりまシタ」


 言われるがままにアンナさんは部屋のドアを開けると廊下へ出、ることはせずに何故か首だけ廊下に出して、


「お嬢様は『アタシはいない』とおっしゃってオリマス」

「いるでしょうが!!」


 ナデシコとマモリがドアを蹴破ってきて、それをかわしたアンナさんはさも当然といった表情で立ち去った。


 アンナさん、あなたのそれはドジで済ませられる範疇(はんちゅう)を超えています。


「あいつ今月の給料二割減にしてやるわ」


 数字がリアルで逆にこえー、まあそれは置いといて今は目の前の問題をなんとかするか。


「ヤァアアアマァアアアトォオオオオオオ!!!」


 恐ろしげな形相でこちらを睨みつけ目を爛々と光らせるナデシコ。

 描写が日本昔話のヤマンバそのままだけど実際それぐらい怖い。

 今すぐここから逃げ出したい気分だよ。


「えーっと、ナデシコまず落ちつけ、今のお前は名家の御令嬢がしていい顔じゃない、いつものお前しか知らない学校の連中が見たら内申点が地獄の底より下がる事に――」


「ナデシコってヤマトのどこがいいの?」


 アリスの一言で世界が止まった。

 さっきまで殺気立っていたナデシコも一瞬顔が固まると急に耳まで赤くなる。


「どどど、どこがいいって貴方は何を言って……」


「いや、多分アリスは俺のどこが良くて下僕にしたいかって意味で言ったんだよ、アリス、そんな事言ったらまるでナデシコが俺の事を好きみたいじゃ、どうしたアリス、踏み潰された虫を見るような目をして、俺はそんなに変な事言って、お願いだからギロチンを組み立てないでくれ」


「そうね、貴方は鞭打ちのほうがいいわね」

「苦しみが増えてるぞ! だから前に言ったみたいにテストのランキングで俺の名前が自分の上にあったのが気に喰わなかったんだよ、ってナデシコ何驚いてんだよ、ああそうか図星だったからだな」

「へっ!? そ、そうよそうなの! 私は私の上に名前を連ねる貴方の事が大っ嫌いでそれで下僕にしたいのよ!」


 何故だろう、こころなしかナデシコの目が潤んでいる気がする。

 小学校の時の屈辱を思い出したのだろうか。


「とっ、とにかくその馬鹿には二度と下剋上なんて生意気な事が言えないよう力の差を思い知らせて――」


 ナデシコが一歩近づくとイヨリが進み出た。

 俺とナデシコの前に割って入り守護者のように立ちはだかる。


「古跡(こせき)……遺代(いより)……ッッ」


 ナデシコの目がいっそう険しくなり、眉間に深いシワを刻む。


「ヤマト君は渡さないよ」


 いつもほわほわしているイヨリには珍しい、語気の強い口調だった。


 ただでさえ逆らわれるのが嫌いなナデシコはその事に腹を立てて激昂する。


 とは言ってもナデシコもヒメコと同じで普段は冷静なのに何故かイヨリ絡みになるとすぐ怒るのでそれほど珍しい事でもないのだが。


「何で貴方はいつも邪魔するのかしら? 私はヤマトに用があるの、部外者は引っ込んでもらおうかしら?」


 口角を痙攣させながら爆発寸前のナデシコに、だがイヨリは怯まずに告げる。


「部外者じゃないもん、わたしとヤマト君はナデシコちゃんが想像もできないくらい深い仲なんだからね」

「ただ昔から一緒にいるだけの幼馴染でしょ、それなら私だって」

「違うもん、わたしはナデシコちゃんと違って親同士は友達だしヤマト君と保体手帳見せ合うしバレンタインデーとホワイトデーはお菓子のやり取りするしお互いの家に何度も泊まり合ったし一緒に寝たし小学六年生まで一緒にお風呂入ってたもん!」

「なんて破廉恥な! 男女の仲はまず手紙を交換し三晩殿方に通って頂き露顕(ところあらわし)のモチを食べなければならないのよ!!」


 それは平安時代だっての。


「やはり貴方のように破廉恥な……」


 イヨリと睨みあっていたナデシコの視線がイヨリの首から下に向いた。


「本当に破廉恥極りない淫婦はヤマトの側にいるべきではないわ!」

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