番外編 単独任務(6)

 ヴィクトがウィーナの執務室にやってくると、机に座るウィーナを中心に、脇にはダオルとファウファーレが立ち、距離を置いてロシーボ隊のシュドーケンが控えていた。


「これを防具に取りつけるがいい」


 ウィーナがヴィクトに渡したのは、掌に収まる程の大きさの、灰色の金属の四角い物体『補助魔法効果固定装置』であった。


「取りつけるといっても、どうやって?」


 四角い箱を見ながらヴィクトが言う。


「ヴィクト殿の場合、コートのポケットにでも入れてもらえれば大丈夫です」


 シュドーケンに言われた通り、ヴィクトは静かな手つきで補助魔法効果固定装置をポケットに入れた。


「では、やるぞ」


 ウィーナはヴィクトに掌を向け、彼に向けて魔力を放出した。


 ヴィクトの体が柔らかく心地よい光に包まれる。そして、ウィーナのかけた凄まじい補助魔法の威力をひしひしとその身に感じる。


「攻撃力、防御力、スピード、魔力。基本的な能力を何倍にも底上げした。数日これの状態が維持されるなら何とかなるだろう」


「ありがとうございます」


 ヴィクトがウィーナに一礼した。


「装置を手放さないよう注意して下さい」


 シュドーケンが忠告する。


「分かった」


 ヴィクトがコートのポケットの外側から装置の感触を確かめていると、ウィーナの横に立つ副社長・ダオルが怪訝な顔をヴィクトに向けてきた。


「……ところで、事務所の方が騒がしいようだが?」


「はい。申し訳ありません。おそらく我が隊のレドゥーニャと、ユノ隊の間で小競り合いがあったようです」


「現在、ユノ隊は俺の指揮下にある。今回の采配が不服なのか?」


「すみません。隊に今回の件に納得してない者が若干いますが、急なことだったものでろくに話す暇もありませんでした」


「俺がユノ隊を預かっているときに問題を起こすんじゃない。そんな状態で向かって大丈夫なのか?」


 ダオルが更に嫌そうな顔を向けてくる。ウィーナは椅子に座ったまま、無表情で黙ってヴィクトを見据えている。


「今、ウチのゲキシンガーに事の対処に当たらせています。追ってゲキシンガーから報告があるかと」


「つい先程、ジャベリガンから報告がありました。レドゥーニャがユノ殿を繭から目覚めさせようとしたのに対して、ユノ隊の者達がユノ殿を守ろうとした結果、諍いが発生したようで。事務所が結構壊れていて、重傷者も発生したようです」


 ファウファーレが、ヴィクトの話をより具体的に補足した。


「そうか……」


 ウィーナが腕を組んで、遠くを見るような仕草をした。


「怪我人は既に魔方陣マットで理想研究所に運び込んでいます。深刻な状態の者が三名いましたが、みんな問題なく治療できるとのことです。ただ、全員がレドゥーニャの仕業ではないようで」


 ファウファーレが状況の説明を続ける。ウィーナとダオルは困ったような表情を作っていた。


「分かった。この件が片付いたら、また処分は考えねばなるまい」


「ユノ隊絡みのトラブルなので、私の方で対応しましょう」


 ダオルがウィーナに申し出る。


「いや、私が対応しよう。娘もヴィクトが向かうことに反対していたようだしな。後で事務所に行く」


「ハッ」


「ウィーナ様、ヴィナスは確かに反対してましたが、レドゥーニャが引き起こしたトラブルとは関わってません」


 ヴィクトがヴィナスを擁護した。あの二人は仲が悪いので、連係して示し合わすようなことはないはずだ。おそらく、ヴィナスがヴィクトを止めることができなかったことにレドゥーニャが憤慨し、独自にユノ隊に詰め寄ったのであろう。


「そうだとは思う。レドゥーニャは我が娘を嫌っているからな」


 ウィーナがそう言い、一呼吸おいて更に言葉を続ける。


「話が逸れたが、まずはキャプテン・ダマシェだ。すでにユノ隊のダイアンの隊が現地入りして、冥王軍と合流してキャプテン・ダマシェの現場周辺の警備や滅ぼされた村の調査に当たっている」


「そうでしたか」


 ダイアンは一年前のミルクティー富松の任務の後、しばらくしてロシーボ隊に異動となった。そして、ロシーボ隊に着任した直後、ミルクティー富松の分析調査の担当者であった中核従者・トモビッキーと口論になった末、トモビッキーを暴行し半殺しにしたのだ。


 ダイアンはすぐに処分を受け、ユノ隊に左遷された。


「ここと通じる魔方陣マットも用意してあるのですぐハッチョウボリーに行くことができる」


「了解しました」


 ヴィクトがうなずくと、今度はダオルが話し出す。


「補佐として我が側近のジャベリガンを貸してやろう。お前の助けになるだろう」


「いや、自分一人で十分です。単独任務なので」


 ヴィクトが言う。別にジャベリガンに限らず、他の者を巻き込むつもりなど毛頭ない。


「丁度ジャベリガンも別件でハッチョウボリー地方に行く用事があるのだ。任務効率化のため、行く方向が同じなら同行して助け合うのが基本方針だろう? ですよね?」


 そう言いながらダオルは、ウィーナにも同意を求めた。


「まあ、そうだな。方面が同じなら、一緒に行かぬ理由もなかろう」


 ウィーナもダオルに同意した。


「二階のC多目的室に魔方陣マットを敷いてあります。ジャベリガンも今出発の準備をしていますので、C多目的室でジャベリガンが来るまでお待ち下さい。古い旧式のマットなので接続調整と転移発動は私がやります」


 ファウファーレの説明に対しヴィクトは「分かった」と返事した。ヴィクトとファウファーレは、ウィーナに見送られて執務室を後にした。




 その後、ダオルも執務室を去り、部屋にはウィーナとシュドーケンだけが残った。


「……ウィーナ様、よろしかったのでしょうか? ヴィクト殿にジャベリガンを同行させて」


「まあ、よかろう。ジャベリガンは別件で滞っている代金の取り立てに行くだけだから、よもやキャプテン・ダマシェと戦うようなことにはなるまい。ただ方向が同じというだけだ」


「しかし、最近の副社長殿はヴィクト隊に問題が発生するのを願っている感じがします」


 シュドーケンが若干声を抑えながら言った。


「ああ、そっちの意味か。……分かっている。だが、あえて別々に行かすのも却って不自然だしな。まあ、お前のくれた装置の効果もあるし、ジャベリガンに妨害されるようなヴィクトでもあるまい。それに、火遊び程度なら黙認してやっているが、もし本気でヴィクトを潰しにかかるような真似をしたらどれだけ私の怒りを買うか、ダオルも理解しているはずだ」


「はい」


 それだけ言うと、もうシュドーケンもこのことについては言及しなかった。


「ところで、今のところダオルがロシーボの技術に興味を持つようなことはないのか?」


「はい。聞きません。副社長殿はロシーボ殿をかなり軽んじているようで、そもそも眼中にないようです」


「それでいい。もしアイツがロシーボの技術に関心を示したら面倒だ」


「はい、それはもう。だから副社長殿の周りにはあまり我が隊独自の技術はアピールしないようにしています」


「もしダオルがロシーボの価値に気付いて、私を通さずロシーボに変な頼みごとをするようなことがあったら、必ず私に知らせろ」


「はい」


「歴戦の勇士であるお前をロシーボの副官にした意味を忘れんようにな。ロシーボの技術が利用されないよう、守ってやってくれ。頼んだぞ、副隊長」


「ハッ!」


 シュドーケンはロシーボが取りつけてくれた義手で、力強く敬礼した。







 魔方陣マットが敷かれた多目的室。


 ヴィクトとファウファーレは、ジャベリガンが来るのを待っていた。


「随分ボロいな。これで繋がるのか?」


 魔方陣マットは、使い込まれて縁がすり切れ、小汚いものだった。


「私が発動を司るので、大丈夫です。ご安心を」


 ファウファーレが自信に満ちた表情で言う。


「向こう側の連中が繋げられるの? もうほとんど魔力が抜けちゃってるようだけど」


「出口も私が調整しますので」


「お前が? こっちから? そんなことできるの?」


「はい」


「はぁぁ~……」


 思わずヴィクトは感心してしまった。こんなポンコツの魔方陣マットで、転送側と受入側の両方を一人で制御するような芸当、ヴィクトにはできない。


 魔法を専門にしている者でも、並の術者ではそこまで高次元な魔力のコントロールはできないのではないか。


 ウィーナがファウファーレを秘書官として重用するのもうなずける。


「そろそろ新しいマットも買わないとね」


「私ならこれでも繋げられますので、新しいのを買わないでも大丈夫だとウィーナ様が仰ってました」


「そっか」


 ウィーナはとことん属人的にする気か。魔方陣マットぐらいケチらずに新しいのを買い揃えればいいものを。いつまでこんな旧型のマットを使う気なのだろうか。


 おそらく完全に壊れるまで使うつもりなのだろう。ヴィクトは内心うんざりしたが、幹部従者の自分はうんざりする側の立場ではないことも理解していた。


 自分は愚痴を言う立場ではなく、こういった部分を改善しなければならない上司側の立場なのである。それを思うと、更にうんざりしてしまった。


「お疲れ様です」


 多目的室に一人の人物がやってきた。ジャベリガンである。


 法衣に鎧姿で、盾とメイスで武装している、馬のように顔が長い男だ。


「お疲れ様」


 ヴィクトも返事をした。


「じゃ、早速だけど行こうか。時間もないし」


「ハッ!」


 ジャベリガンは素直な様子で返事をする。しかし、この男もなかなかの曲者なので、ヴィクトも内心、あまりその態度を真に受けない。


 ヴィクトとジャベリガンは魔方陣マットの上に立つと、ファウファーレが両手を突き出し、魔力を放出した。


「ハアアアッ!」


 ファウファーレの掛け声と共に、光が魔方陣マットが描かれた魔方陣の輪郭を走り始め、マットから光の柱が立ち登る。


 一瞬にして、二人はその場から姿を消した。難しい空間を繋ぐ制御を、ファウファーレはあっという間にやってのけたのだ。




 ファウファーレが発動させた魔方陣マットの転移機能。


 二つのマットを繋ぐ、魔法で作られた異次元空間を転送される二人。転送される時間はものの数十秒だが、ジャベリガンはヴィクトのコートのポケットから補助魔法効果固定装置を、鮮やかな手つきですり取った。


 ヴィクト相手に気づかれずポケットから装置をかすめ取る。これはワルキュリア・カンパニーに入る前はスリで生計を立てていたジャベリガンの名人芸が成せる神業であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る