枕カバー

(これ、どうやって干したら・・・・)


千早の姿が全面にプリントされたボディーピローのカバーを前に、星羅は途方にくれていた。

片面ならまだしも、千早の姿は両面にプリントされている。


(そっか!裏返して干せば!)


カバーを裏返して干せば、うっすらとは見えるものの、千早の姿はそれほど目立つことはない。

一通り洗濯物を干し終えて部屋に戻った星羅を、先程まで寝ていた千早が出迎えてくれた。


「おはよ、星羅ちゃん。お疲れ」


言いながら、千早はコーヒーの入ったマグカップをテーブルに置く。


「おはよう。ごめん、起こしちゃった?まだ寝てても良かったのに。・・・・疲れたでしょ、昨日」


ふふふ、と笑う星羅に顔を赤らめながら、千早は言った。


「ほんと星羅ちゃん、容赦ないよなー。まぁ・・・・、でもそこがまた・・・・」

「なに?」

「好き」

「千早って、ほんと、Mだよねー」

「そう言う星羅ちゃんは、ドSだよね」

「『ド』は、余計」

「えー、そうかな」


千早の前に座って、星羅は千早が入れたコーヒーを飲む。

今日は丸一日非番だと言う千早と、昨晩久しぶりに時間を気にすることなく、ベッドを共にした星羅だが、それほど疲れは残っていない。

ただ、前に座っている千早はまだ、眠たそうに目を擦っている。


(ちょっと、無理をさせ過ぎたかな・・・・)


ほんの少しの反省を込めて


「まだ早いから、もう一眠りしてくれば?」


と星羅は千早に言ったのだが。


「いや、もうすぐ頼んでたものが届くはずだから・・・・」


と、千早はチラチラと時計を気にしている。


「え?」

「星羅も絶対気に入ると思うんだ」

「なにを頼んだの?」


ピンポーン


タイミングよく鳴り響いた音にインターフォンを確認すると、千早はイソイソと玄関へ向かった。



「これもいいと思うんだけど、俺のお勧めはこっちかな」


小さめのダンボールから取り出したものを前に、千早は満面の笑みを浮かべて星羅を見た。


「さすがに全裸は恥ずかしいし、でも星羅のためなら!って思ったんだけどさ。NGだって、言われちゃったんだよね」


星羅の前に広げて置かれていたのは、抱き枕用の替えのカバー。

ひとつは、逞しい上半身が露になっている千早の全身がプリントされたもの。

そして。

千早がお勧めだというもうひとつは、海パン姿の千早の全身がプリントされたもの。


「星羅は、どっちがいい?」


何の疑いもない目を輝かせて、千早は星羅の言葉を待っている。


(・・・・たまに、理解できないとこ、あるのよね・・・・)


「ねぇ、どっち?」

「千早ってさ」

「ん?」

「バカなのかな」

「えっ?!」

「・・・・嫌いじゃ、ないけど」

「ちょっと星羅ちゃんっ、どーゆーことっ?!」

「私は、こっちが一番好き」


そう言って、星羅は素早く千早の唇を掠めとる。

星羅が唇を離すと。

千早の口から、低く小さな声が漏れた。


「・・・・星羅ちゃんの、バカ」

「えっ・・・・キャッ!」


気づけば、星羅は千早にのしかかられている体勢。


「俺もう、昨日『限界だ』って言ったのに・・・・」

「ちょっと、千早っ?!」

「また、我慢できなくなっちゃったじゃないかっ!明日に響いたら、星羅のせいだからなっ!」


(ほんと、バカ)


いつになく荒々しく求められながら、星羅は千早の頭をそっと撫でる。


(でも、好き)



「ねー、俺も欲しいんだけど」

「なにを?」

「星羅ちゃんの抱き枕」


千早の言葉に、飲みかけていた水が気管に入り込み、星羅は盛大にむせかえった。


「大丈夫?」

「いきなり、変なこと言うから」

「変じゃないよ。俺だって、独り寝の寂しい夜は、せめて星羅ちゃんの姿がプリントされた抱き枕を抱きしめて寝たいんだよ?」

「却下」

「ええっ?!」

「絶対、却下」


自分の姿がプリントされたボディーピローを想像し、星羅は激しく首を振る。

千早のことだ。

普通の写真はまず、使わないだろう。

どんな写真を使われるか、分かったものじゃない。


「じゃあ」


大人しく引き下がると思いきや、千早はなにやら熱い想いが迸る目を、まっすぐに星羅へと向ける。


「俺を独りで寝かせないでよ」

「えっ?」

「ずっと、一緒にいてよ」

「千早?」

「結婚しよ、星羅」


休日の昼下がり。

事を終えたばかりの、お互いに汗まみれの姿で。

千早は星羅にプロポーズをしたのだ。


(ほんっと、バカ)


星羅は腕を伸ばして千早の頭を抱き締める。


(でも、嫌いじゃ、ない)


「バカ」

「えっ」

「千早の、バカ」

「えぇっ、星羅ちゃんっ?!」

「私、白無垢着たいな」

「えっ・・・・それって・・・・」

「千早は、海パンね」

「えええぇっ?!」


千早の頭を放し、カバーを外したままのボディーピローに、千早お勧めのカバーを被せ、星羅はそのボディーピローを抱き寄せる。


「千早のお勧め、なんでしょ?」

「そんなぁ・・・・星羅ちゃん・・・・」


なんとも情けない顔で星羅を見る千早に、星羅は声を上げてケラケラと笑った。

千早との、愉快で幸せな未来に、思いを馳せながら。


【完】

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抱き枕 平 遊 @taira_yuu

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