恋は酔わないうちに(7)

 電車で五駅離れたところに勇気の実家がある。もちろん恵美の実家も近所だ。大学を卒業して勇気は地元のイベントコンサル、恵美はアルバイトをしていた親戚の神社にそのまま就職した。それを機に実家暮らしが窮屈きゅうくつになって一人暮らしを始めた。なんとなく自立したい気持ちがあったのだ。恵美も同じだった。


 勇気は実家に帰ると物置と化した自分の部屋に入り込み、高校の卒業アルバムを探した。優子の顔がはっきりと思い出せなかったので確認したいと思ったのと、恵美の姿があまりにも変わってないので確かめたいのが理由だった。押入の奥をあさってようやく捜し当てた。


 高校のアルバムを眺めて、優子の顔を探した。一目見て、恵美の「もったいない」がよく分かった。本当に告白されたのか、信じられない思いだった。恵美の顔も見た。やはりだ。恵美は成長をしているが、歳を取っていないと感じたのは間違いではなかった。

 

 勇気はアルバムと母より頂戴ちょうだいした貴重な食料を抱えて家をでると、道端で恵美の母親と顔を合わせた。笑って驚くその目は、間違いなく恵美と同じだ。


「勇ちゃん、久しぶり。少し、痩せたんじゃない?」


 ケラケラ笑いながら楽しそうに話しかけてくる。勇気は恵美の母親の明るさと友達感覚の話し方が物心ついたときから好きだった。小学生の時に知ったのだが、恵美の母は子供は男の子を期待していたとか。実は勇気の母は女の子を期待していたのだ。そういうこともありお互いの母親は仲が良かった。勇気も気持ちが緩んでつい、恵美と最近会っていることなどを話した。すると恵美の母親の目が輝いた。


「あの子にはいくつも縁談話があるのに、ろくすっぽ話を聞かないで困ってるのよ。宮司も心配してくれているのにね。どう、勇ちゃん?勇ちゃんがお嫁にもらってくれたら、私は一番安心なんだけどなあ」


 笑いながら話す恵美の母に、自分は男と見られてないでしょうと首を振った。


「いや、それがね。憶えてる?中学の遠足のとき、勇ちゃんのお母さんがその日留守だからって、うちでお弁当作ったの。あれね、恵美が作ったのよ。その日、からになったお弁当箱を持って帰って、あの子凄く喜んでたのよ。勇ちゃんが全部食べたって。今でもよくその話するのよ」


 弁当のことはよく憶えていた。母が遠足の日に留守をすることになったからと恵美の母に弁当を作ってもらうよう頼んだのだ。もちろん二つ返事で受けてくれた。当日の弁当はほうれん草の和え物、ウインナー、コロッケ、キャベツのサラダ、そして卵焼きがあった。卵焼きが不格好だったのは今でも映像で鮮明に憶えている。味はどれも美味しかった。特に卵焼きが見た目とは裏腹に抜群の味だった。全部食べたのは礼儀とかではなく、素直に美味しかったからだ。そのときは誰が作ったなど気にも止めていなかった。いま恵美が作ったことを初めて知った。笑顔で話す恵美の母を見て勇気は妙に気持ちが高揚するのを感じていた。


 ここ最近、ホープを何度か尾行したが結果は同じだった。勇気は、ここは文明の利器とばかりにGPSを取り付けた首輪をホープ付けた。これで見失うことはない。探偵ごっこをした経験も伊達じゃないなと笑いがこみ上げてきた。


 いつもの時間にホープは抜け出していった。勇気は慌てることなくスマホを取り出して確認すると、間違いなく近所のコンビニあたりにマーカーがあった。


(いける!)


 恵美が驚いて感心する表情が頭に描かれたのが不思議だった。


 コンビニを通り抜け、横断歩道から角を曲がって勇気はマーカーを追跡して行った。いりくんだ住宅街を抜けると寂しい工場跡地が広がっていた。マーカーはここで止まっている。


 工場の跡地に足を踏み入れた。マーカーを見れば、この近くにいることは間違いない。勇気は、しばらく暗がりの中をスマホのライトを頼りに歩いた。


(このあたりのはず・・・・・・)


 廃材置き場を通り過ぎて、壊れた重機が並ぶその奥に微かな明かりが見えた。勇気はスマホの明かりを消して、重機の陰から覗いた。その光景に思わずスマホを落としそうになった。明かりの正体は、巨大な猫の怪物だった。巨大化した可愛らしい猫なんてものじゃない。おぞましく、恐ろしい表情。勇気自信、自分の目が信じられなかった。青白く光る炎が五、六メートルの高さの猫またを形作っている。後ずさりしたくなったが、猫またと男が何やら話しているのでその場にとどまって聞き耳を立てた。


「・・・・・・もうこれ以上は酒や食料は持ってくることはできない」


 男がゴモゴモと歯切れ悪く話す。猫またの炎が燃え上がり、凄みのある声が響いた。


「なぜだ!」 

「もう、俺は嫌だ。それに勇気が気づいているようだ。もう、何度か後をつけられた。近いうちに突き止められる」


 男は猫またの前にちょこんと座るとホープの姿になった。勇気は思わず声を上げそうになったが、口を押さえてこらえた。スマホで撮影したいが、物音を立てて気付かれたらまずいとソっとしまった。猫またはホープと向き合い少し声を沈めて話した。勇気は会話を聞こうと耳に意識を集中したが所々聞き取れなかった。


「・・・・・・いいだろう・・・・・・あの酒は飲ませたのか」

「まだ飲んでいない。しばらくは手をつけないと思う」

「必ず飲ませろ。さもなくば、お前を殺す。飲めば、勇気は・・・・・・そのうち・・・・・・し・・・・・・」

「どうして勇気を・・・・・・」

「お前が憎いからだ。お前は人に助けられたからだ。だから・・・・・・」


 猫または青白く炎を燃え上がらせるとスゥーと消えていった。辺りは暗やみに包まれ、虫の音が響いていた。

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