第2話 GTE(9)

 オールクリーンな感じで冒険者を目指す事が決まった燐音だが、受講は中学入学と同時にやることになった。


 酔いから覚め、正気に戻った父親が前言撤回しようとする度に良心の呵責に苛まれるような物言いで阻止し続け、ついに今日は講習初日である。

 オールクリーンなので父親は全く納得していませんと言わんばかりにふてくされたまま仕事へ行き、母親も所用で出ている為、初日の出迎えは燐音一人ということになる。


 尚、事前の情報収集の為に叔父さんから講師の情報を得ようとしたが、そこには失敗している。

 先入観を持たせない為とか尤もらしい理由をごちゃごちゃ言っていたが、騙し討ちされた父親が燐音ではなく叔父にネチネチ言い続けている事は知っているので、その報復と思われる。

 ヘイト管理はしっかりすべきという至極当然な教訓を得た訳である。叔父が。

 彼の敗因は、アリバイ作りの脚本をすべて燐音に任せた事である。


 たまにどうにかしろという要請が飛んでくるけど、俺は転生者じゃないただの子供なのでちょっと何言ってるか分からないです。


 一秒の狂いもなく、開始ピッタリにインターフォンが鳴る。

 社会人なら5分前行動すべきと思わなくも無いけれど、遅刻はしていない。

 電波時計並の正確さなので、もしかしたら扉の前で時間までスタンバってたのかもしれない。

 扉を開けるとそこには目が潰れる程の美貌があった。


「君がリンボか? 私は超・天才エレイン・フォン・シュタイン。喜びなさい。私がここにいる、その時点で君が冒険者として大成することが確定した」


 やべぇやつが来た。

 台詞が、ではない。台詞も十分すぎるほどにやべぇが、それが霞んで気にならない位の外見的インパクトがあった。

 身長は燐音と同じか少し高い位、蒼い瞳にプラチナブロンドの白人で、控えめに言って絶世の美女。

 化粧が薄いせいか若干の幼さを感じさせられるし、格好は白衣と色気の無い格好をしているが、発育のよい体付きやスラリとながい足が性別の違いを超越した劣等感を燐音に与える。

 端的に言うなら、目が潰れるという表現の的確さを理解させられた形だ。

 君、アイドルに興味ないかい?


 流暢な日本語だが、名前的にハーフとかでは無く単純に語学力に優れた人なのだろう。

 彼女に見慣れると、今後の人生で出会う美女が美女でなくなりそうである。

 燐音的に、それは困る。

 今世こそ生涯童貞とかそんな事態にはならない予定なのに、今後女性が綺麗に見えないとか端的に言って絶望だ。面食いという訳ではなくても、縁もゆかりも無い女と比較されてフツメン認定されるとか普通に嫌だろう。

 それとも、愛はその辺の美的感覚とか全てを超越したりするものなのだろうか?

 経験が無いので燐音には分からなかった。


「燐音です。日本語お上手ですね」


 まあそれはそれとして、名前の訂正はしなければならないのだが。

 恐らく叔父から何らかの話を聞いてリン坊から転じたものと思われるが、リンボじゃないんだわ。誰が辺獄(カトリックにおいて原罪のうちに死んだが永遠の地獄に定められてはいない人間が死後に行き着く場所。 ※Wikipedia参照)だよ、人名として不適切過ぎるわ。


 取り敢えず講師ご本人には違いなかったので握手を交わし、自室まで案内して珈琲を差し出す。

 皆さんご存知、カフェインを十全に接種可能な万能飲料水である。飲み方は千差万別であるが、これを嫌いな人類は存在するべきではないと燐音は思う。


「ブラックで良かったですか?」


「……良くないね」


「あ、良くないんですね。砂糖とミルク持ってきます」


 うちで使う人間居ないので、少し探すのに苦労して見つけたコーヒーフレッシュ、なんと賞味期限が今日である。

 つまりエレインが今使う物以外が今日絶滅することを意味しているが、燐音にはどうしようもないのでそっとしておいた。尚、砂糖に賞味期限は無いのでシュガースティックは生き残る。


「どうぞ」


「ありがとう」


 エレインはコーヒーフレッシュもシュガースティックも全て放り込んで一口。

 口元が露骨に苦いって言ってる……。


「あの、シュガースティックもう一本持ってきますか?」


「……貰おうか」


 お茶にすればよかっただろうか。

 世良家は珈琲派の巣窟なので紅茶なんてものは存在しないが、梅昆布茶位なら常備されている。

 けど前述の通り、珈琲が嫌いな人類とか存在しちゃいけないから……。


「勘違いしないでほしいが、別に苦いのが苦手とか、そういう訳じゃないんだ。ただ甘いものが好きなだけなんだ」


「なるほど」


 それなら仕方ないな。

 コーヒー牛乳でも珈琲様はお許しになられる。次回からは瓶のコーヒー牛乳をお出しするので常飲するように。


「さて、まず初めに言って置かなければならないことがある」


「なんでしょう」


 まつ毛なっげぇなおい。


「こうして講師としてこの場に来といてなんだが、ぶっちゃけ私にはあまりやる気が無い」


「えぇ……」


 此方は費用を負担していないから文句を言える立場には無いけれど、初手やる気ナッシングカミングアウトされたら俺としてもどう接していけばいいか分からないよ。

というかそもそもなんで請け負ったんだという話にもなる。


「私の専門は迷宮から産出される遺物の有効活用なんだが、取り扱いたい物が特殊でね、色々実績が必要なんだがその中に冒険者の講習完了があったんだ」


「……成程?」


 今回の強引な受講者生産の理由はこれか。

 遺物というのをゲーム的、且つ簡潔に解説すると、ドロップアイテムである。

 燐音も実際に見たいことがある訳ではないけれど、迷宮に生息するモンスターは生命活動を停止すると共に霞と化して消え、後には遺物しか残らないのだと言う。

 例えばだが、全長5mの金属系モンスターを討伐したとしても、精々20キロ位のインゴットしか手に入らないらしい。

 製鉄された状態で産出されるそうなので価値的には相応に高そうだけど、本来手に入るべき量からすると微々たるものだ。

 それ故に迷宮産資材、通称『遺物』は貴重で取り扱いには厳しい制限が掛けれれており、国家資格が無ければ取り扱うことが許されていない。

 最近の強化服なんかは遺物を用いた物が流行である事からその有用性は実証されつつあるということだろう。

 ちなみに、燐音の買い取る強化服にはそんな素敵要素はない。ていうか遺物のみで作られた強化服なんかは普通に億超えしちゃうらしいからちょっと次元が違う。

 燐音自身、そこまでの領域を目指す気皆無なので縁遠い話である。


「あれ? でもそれならどっかの企業で臨時講師でもすればよかったんじゃ……」


 そういうところは業務の分業とかもしているだろうし、全てを一人で教えなければならない家庭教師方式の何倍も楽に講習実績を得られたのではなかろうか。

 素人の浅知恵だろうか、でも実績を得たらはいさよならって出来ない精神性をしてるならそもそもやる気ナッシングカミングアウトは成されない筈である。


 ただ、大体の場合、冒険者の講習を請け負っているようなところは遺物産業にも手を出しているし、さよならしない前提で企業選びするのも十分有りだと思うのだが……最初から起業したい派なんだろうか。いずれフリーになるにしても実務経験を積むなら企業に所属するのが一番だと思うのだけれど。


「それが出来れば良かったんだが……日本だと法律的に無理でね」


「……法律? 国籍的な所になんか問題が出たんですか?」


 てかこの人なんで日本でやろうとしてるんだろう。

 燐音は異物研究方面に関しての見識が薄く、日本ならそういう事もあるのかと思ったが、それなら母国でやれば良いのでは? と早々に考えつき、首を傾げる。

 別に留学して来ているのだとしても、仕事まで此方でやる必要はないのだし。


「いや、普通に年齢の問題だな。私はまだ10歳だから起業に所属して遺物に携わるのは無理なんだ」


「じゅっ……さい……?」


 え、うそぴょーんって言うなら今だぞ。


「……すまない、サバを読んだ」


 だよね、読みすぎだろってツッコミ入れる用意は出来てるぞ。

 大学は出てる筈だし二十台前半か?


「今年で10歳だ。誕生日は7月なのでそれまでは9歳だな」


 いや、そんな誤差の話はどうでも良いんだ。


「あの、確か叔父さんが大学の恩師がどうとかって……」


「飛び級したんだ。私は超天才だからな」


「…………ぶっちゃけ見た目からして全然9歳に見えないんだけど……」


「日本人は童顔だからな、燐音君からするとそう見えるかもしれない」


 いやそんな次元じゃないと思う。でも言われてみれば大学生にしては童顔かな? とも思う。

 でも9歳……?


「まあ君の心情は理解して余りある。年下の小娘から教えを請うのはさぞ屈辱的だろう」


「いや、そこは別に問題ないけど……」


 そこを気にしたら世話ないし、なんなら小学6年生の担任は新任教師だったので俺の二分の一歳だ。

 目の前の少女はなんなら下手するともう少しで半世紀差だった所だが、10歳過ぎたらもう誤差だと思う。


「ちょ、ちょっと立ってみてくれない?」


「構わないが……」


 立ち上がったエレインの後ろをちょっと失礼して背中合わせに立ってみて立鏡を一瞥し、膝から崩れ落ちる。


「なんたることだ……」


 身長が……成長期前の年下の女の子に負けている……。

 燐音の成長期は中学生後半だったけど、この感じだと普通に惨敗する事が約束されている。

 前世から低身長は結構コンプレックスだったけど……流石にこの年齢の時は成長期が来たらノッポになれるという希望をもって生きていた。

 食生活とかに色々気を使ったからか、現段階で前世より2センチ身長が伸びているのを密かに誇っていた燐音をあざ笑うかのような新キャラ(前世においては出会わなかったの意)登場にはもう笑うしかない。


「た、確かに私は少し発育が早いかもしれないな、うん。燐音君が普通だ、そんなに気にしなくてもすぐに私の身長なんか追い抜くさ!」


 多分に同情とか憐憫を含んだ声色で崩れ落ちた燐音を抱き起こす姿に、年上としての立ち振舞すら出来ていない事実を目の当たりにし、尚の事ヘコんだ。







「今日はここまでにしようか」


 やる気がないと言っておきながら、講義はかなり丁寧に行われた。

 物を教えたことが無い人特有の説明不足はあったが、教科書で補完出来る範囲内。今後もこの感じで行くなら多少やる気がなくとも全然問題はないように感じる。


「ありがとうございました」


 燐音がペコリとお辞儀をして顔を上げるとエレインと目があって、何が可笑しいのか互いに笑う。


「いや、燐音は賢いんだね。中学生の講習と聞かされてロクになにも進まないことも危惧してたんだけど肩透かしをくらったよ」


「いやいや、エレインちゃん先生こそやる気がないと言っておきながらご立派な教師ぶりで」


「いやいやいや、やる気が無いのは本当さ。現に私は事前準備を全くせずにこの場に来ているしね。ただ私は超天才なのでやる気が無くても燐音を立派な冒険者にすること位お茶の子さいさいなのさ」


 そもそも冒険者講習に受講者を立派に育て上げる義務がないんだよなぁ……。

 現在、燐音が受講中の冒険者講習だが、講習が数年単位にまで長期化しているのは日本だけだ。

 年々必修科目が肥大化していく中でそれを最適化する動きが亀のように遅く、毎年更新されるのに必要不要の断捨離が出来ていない教材を丸暗記させるような講習は端的に言って非効率極まるのだが、これはもうお国柄どうしようもないのである。

 そんな講習は当然の様に冒険者として最も重要な部分が含まれない。

 それは技術だったり、意志だったり。命をチップにする上で最低限必要な能力は全て此方に丸投げで、チップをドブに捨てるような真似をしたくないなら+αで自分が頑張らなければならないだろう。


「後、個人的に燐音の事が好きになったので有言実行は期待してくれて良い」


 尚、色恋的な話ではない。

 え、結婚する? とはならない。……ならないのである。

 まあ求愛行動を取るには相手は9歳だし、俺もまだ12歳である。性欲とかちょっと意味わかんない……。


 今日はお休みということもあって5時間位ずっと講習だったのだが、燐音達はこの5時間でかなり仲良くなった。マブダチである。休憩時間に連絡先も交換したし、呼び方も見ての通りだ。尚、ちょっと仲良くなり過ぎという意見は聞かないものとする。友情は時間じゃないんや。


 奇妙な話だが、一生縁が無い可能性の方が高かった相手とここまで打ち解けてしまうと運命とかマジで無いんだなって思う。

 燐音が知らないだけで、前世でもエレインは居ただろうし超天才であることには変わりなかった筈だ。前世含め、人生史上最も仲良くなれそうなのに会えないのである。おのれ……。


「エレインちゃん先生はこの後何か用事あるの? ご飯うちで食べてく?」


「嬉しい申し出だが、これからホテルのチェックインなんだ」


「そっか。じゃあまた誘うよ」


「そうしてくれると嬉しい。私は案外忙しいが、燐音とご飯する位の時間は作れるさ」


 エレインは、超天才を名乗るのに恥じぬ実績を上げ、金銭的にはかなり裕福であるらしい。

 それこそ、規定がなければこんな仕事を請け負う必要なんて微塵も無いくらいで、遺物研究はかなり金が掛かるらしいので、仮に失敗すれば素寒貧になるとか笑いながら言っていたが、彼女なら別方面からまた再起するだろうという確信があるし、現段階では期間中ずっとホテル住まいでも問題は無いそうだ。ブルジョワである。


「講習は基本的に私の都合に合わせて貰うことになる、後で予定をまとめてメールするよ」


「わかった。まあ俺の予定なんてせいぜい部活位だろうし急がなくていいからね」


「ぶかつ。へぇ、私には縁遠いものだったが燐音は何部に入るつもりなの?」


「剣道部だよ、強化服の装備的にもやっといて損は無いし」


「成程、効率的で良いと思うよ」


 と、いうのは建前である。

 本当は社会人になってから健康の為に初めて、想定外に才能があった為に道場で師範代にまで上り詰めた実力で中学生相手にドヤ顔したいだけである。

 尚、大人げないという意見は聞かないものとする。俺子供なので……。

 まあ技術があっても筋肉が無ければ話にならないので、そこを補う為に強制的に運動させられる場所というのは意志の弱い俺にとって必要なのだ。

 今も筋トレとヨガはしてるけど有酸素運動からは逃げてるし。


「それじゃあタクシーも来たみたいだし、今日はこれで失礼するよ」


「じゃあ改めて、ありがとうございました。次回もよろしくお願いします」


「またね」


 タクシーの前までお見送りして、タクシーの窓越しに手をふるエレインに手を振りかえす。

 うん、想定と違い、講習が楽しみになりそうで何よりである。



――――――――

【あとがき】

第一のチート(他人)登場回

主人公はコミュニケーションでクリティカルを連発する男。


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