第十話 巨星と双星 カフィニッシュ基地防衛戦


 その開戦を、カフィニッシュへ奇襲を働くシヴァ軍部隊にあって、やや後方から見ていた男がいた。軍用の大型飛行機の司令室で、座り心地の大して良くない、大振りな椅子に腰掛けている。


「……あれがワーズワースの新しき双星か」


 アーリアルとザクセンがそう呼ばれたのは、この時が初めてだった。そう長く呼ばれ続けたわけではなかったが。


 呟いたのは、漆黒の軍服に身を包み、黒い髪をオールバックにした、精悍な顔つきの若い男だった。


 刃物のような視線で、レーダーに映った二機のレグルスを見ている。


 この軍用機の視界スクリーンには、空しか映っていなかった。サントクレセイダとシヴァの両国とも、現在の兵器のほとんどは、機体前面に巨大な窓ガラス状の板が張られていても、それはただの強化ガラスではなく、外界の風景を映し出すモニタースクリーンになっている。


 男の隣に侍っていた年配の将校が、そっと男の耳に口を寄せた。男は、大声を好まない。


「お気になりますか、キルティキアン少佐。確かにこの二三戦、あの二機は目障りに手柄を立てているようですが」


「多少な。まるで気にかけないというわけにもいくまい。何しろ、この奇襲まで読んでいたわけだからな」


 ふん、と将校は鼻で笑う。


「ですが、無邪気にまろび出てくれてきたお陰で、ここで二機とも葬ることができます」


「おれがおらんでもか」


「少佐に、このような小競り合いにお出ましいただくわけには参りません」


「指揮くらいは取らせんのか」


「昨日まで、連戦続きだったのです。部屋でお休みいただきたいくらいですな」


 そう聞いて、キルティキアンはしかし、眉根を寄せた。


「俺のエース用可変機イスピーサは、出せるんだろうな」


「ギルティキアン少佐!?」


「大声を出すな。……万一の話だ。あの、黒い方に乗っているパイロット、何と言ったか?」


「は。黒い方は、ザクセンですな。ザクセン……」


「フウ、か」


「……はっ。む、我が軍の部隊が接敵します」


「現地の地面は、森だったな?」


「はっ。空中戦になると思われますが、地面が何か?」


「いいや」とキルティキアンは、含み笑いする。



 ザクセンは、苦戦を覚悟していた。


 いくらレグルスといえど、数の不利は単純な機体の性能差でそうそう覆せるものではない。


 ここまでのワーズワースの圧勝は、戦術に寄るところも大きかった。ザクセンが、圧勝を演出するため、意図的にそうした。


 だが、この状況では軍略の用いようがない。


 最善なのは、敵に包囲されないよう、各個撃破で早々に数を減らすことだった。


 だから、確かにアーリアルにはそう伝えた。


 しかし。


「一体目えっ!」


 広大な森林部の上空で、アーリアルが気合いを吐くと共に、白いレグルスが、左手の甲から出したビームエッジを振り立てて、敵の遠距離戦用機体ウルシェダイに突っ込んでいく。


 無駄がない、しかし単調でもない。その鋭い動きに遠距離戦用機体ウルシェダイのパイロットはついていけず、あっさりと赤い光の短剣で胸部コクピットを切り裂かれた。


 敵が多勢なので、BBシュータームスペルヘイムのエネルギーは無駄遣いしたくない。だからビームエッジで何体か倒せれば、それに越したことはない。


 だが、それを一瞬も躊躇せずに実行し、しかも成功させるアーリアルに、ザクセンは改めて身震いした。


「僕が、本当に君と互角なのか、疑いたくなるね。……通信、アーリー、そのまま無理せずに、手が届く奴だけやっつけてくれ!」


「了解!」


 アーリアルは、次の遠距離戦用機体ウルシェダイに狙いを定めた。日暮れ間近の空でも、レーダーは的確に敵の姿をモニターに映し出す。


 近接戦闘が得意な接近戦用機体ハルディバンを、アーリアルは意図して避けて切り込んでいる。そこに、ザクセンは再び感服した。


 一方、シヴァの残り九機は、混乱に陥りつつあった。


「囲め、囲めえ!」


「囲んでしまえば自動的に勝てる、縦横じゃないぞ、球だ、訓練通り球にして包むんだ!」


 しかし、二機のレグルスの位置取りが絶妙で、一方を狙えばもう一方が包囲の外に出てしまう。


 時折レグルスは肩部バルカンを放ってきており、これは離れていれば多少当たっても戦闘機体ゾディアクスが撃墜されることはないが、これにAIがいちいち反応させられると、ビームやミサイルがかわしきれなくなる。


 それに気を取られているうちに、また遠距離戦用機体ウルシェダイが一機、白いレグルスのビームエッジを受けて中破した。


 包囲戦術は、遠距離用機体の砲撃がなくては成立させるのが難しい。接近戦用機体ハルディバンが二機、これ以上遠距離戦用機体ウルシェダイを堕とされてなるかと、助太刀に向かった。


 しかしそこを、離れた死角から、黒いオニキスレグルスがBBシュータームスペルヘイムで連射、狙撃した。


 案の定バルカンで機能資源リソースをすり減らされていたAIはこれを避けきれず、アーリアルを狙おうとした接近戦用機体ハルディバンは二機とも撃墜された。


 アーリアルは、「次っ!」と三体目の遠距離戦用機体ウルシェダイを狙う。


 狙われた遠距離戦用機体ウルシェダイは、慌てて後方に下がり距離をとる。


 しかしその時、白いレグルスは左手の甲にビームエッジを出したまま、右手にBBシュータームスペルヘイムを構えていた。


 アーリアルが叫ぶ。


「死線に、自分から入るような戦士じゃ! ――水平射、三連」


 遠距離戦用機体ウルシェダイのパイロットは、しまった、と叫ぼうとした。だがそのパイロットごと、胸部コクピットと腰部エンジンが、

BBシュータームスペルヘイムの光線に撃ち抜かれた。


 ここまでで、既にシヴァの奇襲部隊は半数に減らされていた。

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