ロードスター

ひらめ

第1話

神奈川県川崎市。


まだ野暮ったい印象の残る、おかっぱ頭の高校三年生、彩葉いろは。父の運転する車で向かうのは、見慣れた茨城の風景とはまったく違う、都会の住宅街だ。大学受験のため、伯父の家にしばらく身を寄せることになっていた。


車が停まり、ドアが開く。タバコをくわえて出てきた伯父の姿に、彩葉は思わず息をのんだ。かつてはいつも明るく、天真爛漫てんしんらんまんだった伯父。思い出の中の彼は、コロコロと笑う伯母と、いつも楽しそうに寄り添っていた。


1年前に伯母を亡くし、その笑顔は見る影もない。彩葉の記憶の中にある、伯父夫婦の楽しそうな姿を思い浮かべる。子宝に恵まれなかった二人は、まるで恋人同士のように仲睦なかむつまじく、彩葉にとっては、どこか憧れの存在だった。


生き甲斐を失った伯父は、実の弟である父よりも若く見られていた面影はなく、一気に老け込んで見えた。


伯父の家のガレージには、色褪せたクロスカブと、もう一台、見覚えのある車が停まっていた。


懐かしいクラシックレッドのユーノスロードスター。


毎年、年末年始になると、伯父夫婦はこの車をオープンにして、祖母の家まで来ていた。寒い中、車に話しかけながら楽しそうに洗車していた姿がよみがえる。


ただの工業製品に過ぎないはずの車に、不思議なほど愛情を注いでいた二人。そのロードスターが、今は埃をかぶってひっそりと佇《たたずのんでいる。伯母が亡くなって以来、動かしていないのだろう。

無機質なはずの車なのに、なぜか不憫ふびんに思えてしまった。


「・・・このロードスターを、私にください」


彩葉の言葉に、伯父は怪訝そうな顔をした。


「彩葉が欲しいなら、あげるよ。俺には、もう必要ないから・・・」


寂しそうにロードスターのボンネットを撫でる伯父。


「大学に受かったら、取りにおいで」

「うん」


父は彩葉にエールを送った。


2ヶ月後、春。


彩葉は大学の入学式を終え、新しい住まいとなる伯父の家に向かっていた。本当は一人暮らしがしたかったが、経済的な理由で伯父との同居を選んだ。駅からは少し遠く、不便な場所だが、仕送りしてもらう身としては贅沢は言えない。


バスを降り、見慣れた住宅街を歩く。家の前まで来ると、伯父がロードスターを洗車していた。あの時、埃まみれだった車は、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。


伯父は楽しそうにロードスターを磨いている。彩葉は荷物を置き、黙ってその手伝いを始めた。もともと他人と会話をするのが苦手な彩葉と、口数の減ってしまった伯父。二人の間に言葉はいらない。ただ黙々と、二人で一台の車を磨く。


洗車が終わると、伯父は悪戯っ子のような笑顔で言った。


「よし、きれいになったな。ちょっとドライブに行くか」


そう言うと、車のキーを彩葉に投げ渡した。


投げ渡されたキーには、あの時の約束が詰まっている。彩葉はキーを握りしめ、まだ慣れないハンドルを握った。


この旅が、彩葉にとって、そして伯父にとって、何を意味するのか。埃をかぶっていたロードスターのように、止まってしまった二人の時間は、再び動き始めるのだろうか。

そして、このロードスターが彩葉にくれたものとは一体・・・。

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