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 会議後のお茶会に、敏子は参加したが美咲は先に帰宅した。

 そして、自治会の文書が保存されているUSBメモリをパソコンに差し込んだ。「平成○○年自治会文書」と名前が付けられたフォルダがたくさん並んでいる。それと開くと、「平成○○年度役員班長連絡先」や、「五月回覧板市民清掃について.pdf」や「九月回覧板緑の羽募金その他について.pdf」というファイルがある。

 東は、ご不幸があって義捐金を募集したのは三十年ほど前と言っていたので、この集落が開かれて間もなくのことだろう。美咲は生まれていたのか、まだ生まれていなかったのか。いずれにしても美咲の記憶はあるはずがないころの出来事だ。

 いちばん最初の年度のフォルダから順番に開き、目的の文書を探す。

 ためしにひとつ、「二月回覧板ゴミ出しついて」というものを開いてみた。

 PDFを表示する赤いアイコンのソフトが立ち上がり、少し時間を要しながら手書きの文書を表示させた。おそらくボールペンで書かれた丁寧な文字が書いてある。

「これまで燃えないゴミとして出していた空き缶と空き瓶は、来年度以降は資源ゴミとして木曜日の回収となります。お気をつけください。電池は回収ボックスに入れ、燃えないゴミには入れないようにしてください」

 そんなことが書いてあった。

 フォルダをひとつひとつ開いて、ファイル名から中身を推測しながら眺めていく。

 そして、今からちょうど三十年前のフォルダのなかに、「十一月臨時回覧板 募金募集についてのお願い.pdf」というものを見つけた。

 そのファイルを開くと、やはり手書きの文字が表示される。


***


十一月十日


自治会長よりお知らせ


皆さまご存知のとおり先日、四班班長を務めてくださっていた金田幸助さんがご逝去されました。

告別式は去る十一月七日に金田さん宅においてしめやかに執り行われました。

金田幸助さんの奥様である恵子さまに、お悔やみ申し上げます。


金田さんには今年九歳と八歳になるお子様がおり、夫と父を亡くした恵子さまとお子様へ少しでも力になればと、自治会で募金を集めたいと思っております。


具体的な内容は、次の役員班長会議で決定する予定です。


なお、四班班長は規約により、自治副会長である大城甚吾さんが引き継ぎます。


以上


***


 金田恵子。先ほどの役員班長会議に、四班班長として出席していた。

 たしか六十代で、地味な婦人だが、若いころはさぞ美人だったろうという雰囲気がある。この世代の人には珍しく身長が百七十センチ近くある。

 美咲は金田恵子が未亡人であることは今の今まで知らなかった。

 この回覧板の文書では、夫である金田幸助氏の死因はわからない。金田恵子の夫ということは、金田幸助もおそらくは同じくらいの歳だろう。ということは、三十歳前後ということか。いきなり亡くなるには、早すぎる年齢だ。

「しかし、この字汚いなあ。まあ私も人のことは言えないけど」

 あらためてその手書きの文書を読んで、美咲はそんな独り言を言った。大学生になってからは、ワープロソフトで文書を作ることが多い、というか、鉛筆やボールペンで文字を書く機会がめっぽう減ったため、もともと下手だった字がさらにうまく書けなくなっている。役所へ出す文書や、選挙の投票に行ったときの立候補者の名前を書いたときなど、我ながらまともに読めるのだろうかと心配になるほどだった。

 手書きなので個性が出るのは仕方ないが、読めなくはないものの、もっと丁寧に書いてはどうか。

 興味本位で、同じフォルダのなかにある、その年の「役員班長連絡先.pdf」のファイルを開いてみた。

 上から順番に、自治会長の氏名住所電話番号、その次は副会長の氏名住所電話番号というふうに並んでいる。ふたりめの副会長は「窪園光江」となっていたので、雄一郎の母親が務めていたようだ。


 書記 古瀬敏子 電話番号○○○―○○○○


 その一行を見つけて、「え?」と美咲は言った。

 三十年前といえば、美咲は三才か四才のときだろう。この年にも、母は役員の書記を務めていたのだ。電話番号も、今家で使ってる番号と同じなので間違いない。

 図らずも母の字を貶してしまったわけだが、母には今まで書記を務めたことがあるなどとは聞いたことがなかった。美咲が問わなかったから、言わなかっただけなのだろうか。

 母が帰ってきたら、聞いてみよう。美咲はそう思って、文書の作成を始めた。


***


十月十九日


自治会長よりお知らせ


皆さまご存知のとおり、五班の大山田誠三さん宅で火事が発生しました。

つきましては、次の通りお知らせいたします。


①大山田誠三さんの生活再建支援のため、自治会で義捐金を募りたいと思います。十月二十五日に会計担当役員の東陸男が各戸に封筒を配布いたしますので、その中に義捐金を入れてください。封筒は二十九日に東が各戸に回収に行きます。金額の指定はありませんので、ご協力いただけない場合はゼロ円でもかまいません。


②防犯のため、戸締りを徹底してください。


③感染症予防のため、手洗いやマスクの着用、三密の回避に引き続きご協力ください。


④火の元じゅうぶんお気を付けください。


以上


***


 それを一枚プリントアウトしたところで、敏子が家に帰ってきた。

 印刷されたばかりの紙を持って一階に下り、

「おかえり」と言った。

「ただいま」

「今日の会議の内容で決まった回覧板の文書って、これでいいかな?」

 敏子がそれを声に出して読んだ。そして、

「まあ、ええんじゃない? 念のためあとで私が自治会長さんに電話して、確認しとこわい」

「いちおう、会計の東さんにも確認しといて。問題なければ八枚印刷して、明日の朝に広報さんのところに持って行くから」

「うん、わかった」

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