応援コメント

すべてのエピソードへの応援コメント

  • への応援コメント

    シモン・ふみとの龍人ワールドへようこそ
      
     乳飲み子を抱いた女性の入水という平家物語を連想させるような書き出しではじまるので、リアルな時代小説かと思ったのですが、最後まで読むと、これは作者「史人」が「龍」を主人公に据えた哲学小説_世界小説なのだと考えるようになりました。
     といっても難解な用語を駆使した論文ではなくて、出だしの部分こそ緊迫感あふれる文章、プロットの展開ですが、次の章以降は、ときに時系列が錯綜することがありますが、現代の日常世界が舞台となって、明るく軽快な語り口でストーリーが展開します。そして、その日常の様々な場面に「龍」が介入します。
     
     物語の最初に登場する龍は「くじら」です。主人公の常盤は少女の時に出あったくじらに、再び出会って救われます。その美しい声とともに再び常盤の前に姿を現したくじらは、海の底に沈んだ常盤を(たぶん)飲み込んで、巽島まで運びます。 

     それからかなりの時間を経て、巽島の高級老人ホームから展開される「龍人」の物語が「龍とおばあちゃん」なのですが、「龍」につてはもちろん、「くじら」についても無教養な私は、基礎知識すらないので、ウィキペディア等で調べてみました。そして、いくつか興味深いことがわかりました。

     ひとつは、「黒白_くろしろ_くしら」が「くじら」の語源のひとつとされていること。この小説の中で、少女の常盤の前に姿をあらわしたくじらを、作者が「黒白」と呼んでいるのは固有名詞としてそうしたのではないということだった。「鯨幕」という言葉があるから、当たり前なのですが、私が無知だったということです。

     もう一つ、さらに興味深いのが、「くじら」は日本だけでなく世界各地で神格化され、さまざまな信仰の対象であるということです。「えびす」と同一化され
    大漁の象徴とされることもあるようですが、私が関心をひかれたのは、とくに能登地方につたわる「漂着神」としてのくじらの伝承です。

     さらにくじら自身が神とされているのではないが、旧約聖書に有名な「ヨナ記」でも、主人公ヨナが、嵐の海でくじらに飲み込まれ、その後吐き出されて神の命じた目的の土地にたどり着くというエピソードがあります。

     本題とあまり関係がなさそう?なのでこれ以上深追いしませんが、万葉集、古事記、日本書紀にでてくる「いさな_魚」がくじらのことだったことを知って目から鱗でした。 

     さて、このあと「龍」は子猫になったり、子犬になったり、あるいはライオンになったりして登場します。龍を見つけて龍と「合体」して活躍する人間の方も、小さな小さなおばあちゃんだったり、若い美女たちだったりしますが、それぞれアメリカ大陸まで行って活躍します。オムニバス形式なので、ときに時間と空間が飛躍、錯綜するのですが、わかりやすく正確な描写で語るので、きちんと読めばすんなり流れが理解できます。ある種アニメのシナリオを読んでいるようです。

     もうちょっとまとまった応援コメントを書こうと思ったのですが、力たらずだったかも。時間をかけて、最後はもう少し深い内容のものが書けたら、と思っています。