第47話

「先生。終わりました。」


 聖女は施術を終えて、はつらつとした声でそう言った。


「ご苦労様でしたルナ。今日も良い行いをされましたね。」


 先生と呼ばれてそう答えたのは、つい今しがた聖女の名を教えてくれた老齢の女神官である。

 褒められたことが嬉しくて、たまらず老神官に駆け寄る聖女の姿。そしてそれを慈しむ様な眼差しで見つめる老神官。産まれながら情という物に疎かったフィヨルドにすらその姿は眩しく見える。

 ただ、そんな聖女の出自は貴族や裕福な家庭では無いのだろう。その言葉遣いや所作から彼女がこの歳になるまで充分な教育を受けて来なかった事は容易に想像がつく。


「先生?隣の人は誰?」


 今もまた、そんな聖女らしからぬぶっきらぼうな言葉に、老神官は先生らしくその言葉遣いを正す。


「ルナ。言葉遣いには気をつけなさい。そう言う時は、どなたですかと言うのですよ。」


「はい先生。じゃぁ、このお方はどなたですか?」


「今度は、じゃぁ、が余計です。」


 確かにこの調子では聖女には教育係が必要である。自ら名乗り出るべきか、それともこのまま暫く待ってやるべきか、フィヨルドにとってはなんとももどかしい二人のやり取りが少し続いた後、老神官の口からようやく聖女にフィヨルドが紹介された。


「こちらのお方は、今あなたが助けて差し上げた青年の上司の方ですよ。王都騎士団のフィヨルド隊長殿です。ほら。ご挨拶を差し上げて。」


「フィヨルド様。初めまして第十二番の聖者ルナと申します。以後お見知りおきを。」


 聖女の言葉に、フィヨルドは改めて姿勢を正し深々と目の前の少女に頭を下げた。ただ、おかしな事に聖女のこの挨拶だけは、先程の間の抜けたやり取りとは違ってやけに堂に入っている。まだ子供でしか無い彼女も、おそらくこの挨拶だけは散々繰り返してきたのだろう。


 しかしそんなことよりも、この老神官はどうしてフィヨルドの名を知っていたのだろうか。そんな疑問がたぶん彼の顔に出ていたに違いない。


「王都で若き英雄を知らな者などいませんよ。」


 老神官はそう言って笑った。


 その後、フィヨルドが聖女に対して形式的な礼を述べると、聖女はそれをなんとも居心地が悪そうに聞いていた。


 いったい何故、この様な娘が十二番聖者の椅子に座ったのだろうか……


 神殿の威厳とは程遠い聖女の姿にフィヨルドは戸惑いながらも、先程のアイオンに延命の術を施していた時の彼女の気高き姿を思い起こせば、それはまさに神に仕える聖女の資格を充分に有している様にも思える。だが、フィヨルドには、その無邪気さと、聖女としての資質が非常にアンバランスな危うさを秘めているように思えた。


 例えば、この様な場所に自ら足を運んでしまう程に、彼女はこれまでの聖者と比べて明らかに異質なのである。


 あれこれと疑問の尽きないフィヨルドであったが、しかしそこに神託がある以上、彼にとってそこから先の詮索に意味はない。フィヨルドにとって今一番必要な事は、率いている隊の荷物を無事に王都まで運び入れる事であった。ただし、その前にこのアイオンをなんとかしなければならない。


 だが、ありがたいことに両足を奪われて瀕死の重症を負ったアイオンの身柄は、この幼い聖女の申し出によりこのまま聖女と神官達に託すこととなった。聖女によれば、術を施してなおアイオンの様態は予断を許さないらしい。つまり彼は神官の秘技にしばらく頼り続けなければならないのだ。


 結局フィヨルドはここで神殿に大きな借りを作ることとなった。



 思わぬ道草を食ったフィヨルドの隊は、再び隊を立て直しこのまま急ぎ目的地へと行軍する。

 そしてその日の夜。フィヨルド達が囮にしていた偽の荷駄隊が鵜楼の宿場町にて邪教の徒に襲われる。それは、当初より施していたアイオンの策が見事に当たった事を意味する。それより後、一部の邪教徒の集団が壊滅に追い込まれることとなった。

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