第36話

 欧陽とセバストを乗せた小舟は、目立たぬようになるべく闇に紛れることの出来る夜を選びながら、西へと大河を下っていった。そして五日後、東西に真っ直ぐ流れていた大河はナンバークの都を目に前にして大きく北へと迂回を始める。この大河はまるでナンバークの都を敢えて避けるかのようにしてこの都市の北と東西の三方を囲みながら大きくうねり再び西へ向かって流れて行く。それはあたかも海に突き出た岬のように独特の地形を形成していた。そのため、もし陸路を使うならばこの都市へは南側からしか入ることが出来ず、その代わりとしてこの都市ではいにしえより都市内に張り巡らせた運河を利用した独自の水上交通が発達していた。しかしながら逆を言えば舟が無ければこの都市に容易に入ることは出来無いのである。つまりそれは太古の昔からナンバークが難攻不落の都市と呼ばれている所以ゆえんであった。


 つい昨日までは大河の水面みなもから登っていた太陽が、今日は川岸の丘の上から登り始める。欧陽とセバストはこの数日、川上かわかみの空が白み水面がキラキラと輝き始めると、川岸のよしの茂る場所を探しては日の沈むのを待った。しかし、昨日から川面に漁をする小舟を多く見かけるようになった。恐らく昨日に戒厳令が解けたのだろう。つまりここからは、わざわざ闇に紛れて小舟を走らせる必要は無くなったというわけだ。


 欧陽とセバスト二人が得た情報によると、先日襲撃を受けた騎士の荷車の中には、例の『神代かみよの化石』は積まれていなかったらしい。つまり急進派の連中は偽の情報を掴まされて、まんまと騎士団におびき出されたわけである。

 欧陽とセバストは急進派の軽率な行動を静止しに行ったわけであるから、それを考えると、なんとも口惜しい話であった。しかしながら今となっては後の祭りである。



 二人を乗せた小舟は川岸にそそり立つナンバークの城壁を目の前にして、脇に繋がる小さな運河へと入って行く。過去に幾度となく戦火に見舞われたこの都も、今となっては邪教の者達の小さないざこざはあるもののこれといった大きな大戦も無く至って平和であった。間近に邪教の襲撃という事件があったにも関わらず、今回も欧陽達はこの運河を伝っていとも簡単に城壁をくぐることが出来たのである。



「しばらくはこのみやこで情報収集だ。」


 そう言って舟から立ち上がった欧陽に従って、セバストもまたゆっくりとした動作でその大きな身体を持ち上げた。


「ちぇっ。また情報収集かよ。」


 セバストに文句が多いのはいつものことだ。欧陽はそんな彼の言葉をいちいち気に止める様子もなく年齢に似合わぬ身軽な動きで舟から桟橋へと飛び移る。そして懐から取り出した値の張りそうな頭巾をおもむろにその頭に乗せた。


「恐らく囮とは別の本隊は、もうこの南都を去ったに違いない。しかし私達はそれとは別にメイフィールド領に目を付けたという騎士団の真意をこの場所で探る。良いな。」


 たった二人で騎士団の動きを探るだなどと、そんなだいそれたな任務にセバストはこれまたいつものように「へい、へい。」と気の無い返事をした。


 欧陽は、このナンバークでこれから半年の間、小さな水運業を営む店主として生活するのである。そしてまた、セバストも子の無い店主の養子としてその行動を欧陽と共にする。


 来年の春、王都の騎士団がメイフィールド領に侵攻する可能性がある。


 それは欧陽やセバストが去った後も、未だしぶとく王都で活動を続ける仲間の間諜がもたらした情報であった。

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