砂漠
第10話 キャラバン
カシュウが逃げ出すようにして王都を去ってから、約一年の歳月が流れた……
容赦なく照りつける日差しの下、人とラクダは砂丘の稜線を一列になって歩いていく。
カシュウは、頭からすっぽりと日除けの布を被り、ひたすら目の前のラクダの足元だけを見つめて砂の上を歩いていた。暑さはそれほどでもないがとにかく砂地が歩きづらく体力を奪う。そして何よりも見渡す風景に全く変化がないのだ。素人には
体力には少々自信があったはずだが、所詮は北の王都から出た事すらない世間知らずにすぎなかったのだ。カシュウは、それをこの旅では何度も思い知らされた。
「おいカシュウ。無理ならラクダにまたがっても構わんぞ。」
この商隊を指揮するターバンを巻いた大男が、疲れ切った青年の様子を見かねて後方から声をかけてきた。キャラバン(商隊)を率いる隊長ということもあって数十メートルも離れているというのに彼の声は大きくよく通る。
「いいえ結構です。これしきのことでへこたれる訳にはいきません。これも神に近付くための修行ですよ……」
少々自虐的に青年は精一杯の声で返事をした。
「まったく巡礼者ってのはいつもこれだ。だがな、へんな強がりはいらんぞ。なんせお前さんは客人なんだからな。死なれては意味が無い。」
「大丈夫です。それに、まだお若い
振り返ったその先にラクダ5頭分ほど離れて麗麗という少女が元気そうにカシュウに手を振っていた。彼女も東方への旅は初めてのはずなのだが、どこにそれほどの元気があるというのか。
自分の非力さを痛感している青年の耳に、大きな笑い声と共に再び隊長の声が聞こえてくる。
「カシュウよ。気がついてなかったのか?麗麗はさっきまでラクダの背の上でいびきをかいてやがったぞ。本当にちゃっかりした娘だぜ。やっぱり俺の血をひいてるだけの事はあるな。」
「えっ?いつの間に……麗麗さん?」
驚いて振り返った青年に麗麗はしてやったりと言った表情を見せた。
「カシュウ、ごめんね。」
少女はそう言ってカラカラと笑った。今年で十五歳になるこの少女は、隊長の一人娘である。しかし少々曰く付きの父娘で二人まだ出会ってから一年と経っていない。
青年が二人のそんな事情を知ったのはつい最近のことだった。しかし不思議なもので、この父娘にとっては出会わなかった空白の十五年など無かったかのように、誰が見ても普通の仲の睦まじい父娘にしか見えなかった。
青年は遥か遠くになってしまった極北の都に想いを馳せていた。
――さて、彼らと自分達親子とは何が違ったというのだろうか。俺達も長い年月を親と子として過ごしてきたが、この親子と比べ如何ほどの心を通わす事が出来たのだろうか…。恐らく父は俺が騎士の身分を捨ててこんな砂漠を歩いているとは想像もしてはいまい……。
ただ、既に王都から遠く離れてしまった今となっては、その様なことを考えることなど無意味になってしまった。
また隊長の大きな声が聞こえた。
「カシュウよ。あと半時もすれば日も傾く。それまで我慢できるか?」
「大丈夫です。」
そう答えた青年の顔には安堵の色が浮かんでいた。
ただその安堵は、もう少しで疲れ切った身体を休める事が出来ると言った安心からではなかった。
おらく、カシュウ本人もはっきりとはそれに気がついてはいない曖昧としたその安堵感。それは、遥々この砂漠までやって来て「とうとう父親の手が届かない土地にまで来てやった。」という実感からくるものだった。
先程まで容赦なく照りつけていた日差しが柔らかなものへと変わり、青年の身体を涼やかな風が吹き抜けた。
気がつくと、眼の前に広がる幾重にも重なった砂の丘がいつの間にか夕陽に照らされ赤く染まっている。太陽が砂漠に沈むほんのひと時、黄色い砂が作り上げた大小の起伏は、光と影を際立たせ見事なまでに赤と黒の模様に塗り替えられていた。
照りつける日差しの中を砂丘の稜線に従ってひたすら一列に連なって歩いていた異国の商隊は、いつの間にかその黒い影を隣の丘の斜面に落とし、そして自らもゆっくりとその闇の中に飲み込まれていった。
隊長は、日の傾いた涼しいうちに昼間の遅れを取り戻そうとロープで一列に繋がれたラクダ達にムチを打つ。
「急げ急げ。早くこの先の岩場まで行ってキャンプを張らねぇと。日が暮れちまえばいっきに冷えるぞ。」
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