4-6 道しるべ
「紅也はもう、前に進んでいるじゃないですか」
「はっ、どこが」
紅也は視線を逸らしながら鼻で笑う。
「確かに楽しいって気持ちはあるよ。だが……俺にはまだ実力がない。だから会場を用意したり、志島親子の力を借りたりした。俺だけの力じゃ、お前にシネマパークの魅力を伝えれねぇって思ったから」
俯いたまま、紅也は本音を零す。心なしか、声は弱々しくて不安定な気がした。もしかして、情けないとでも思っているのだろうか。
だとしたら紅也は馬鹿だ、と透利は思った。
「俺のためにそこまでしてくれたんですね……!」
自然と声が弾む。
紅也に向かって明るい声を出すなんて、もしかしたら初めてのことかも知れない。でも、これは仕方のないことなのだ。
嬉しさがトラウマを打ち消すこともあるのだと、たった今知ってしまったのだから。
「……うっせぇ馬鹿」
「いや、馬鹿は紅也の方ですよ」
「な、何でだよ」
「俺達の物語に寄り添った展開にしてくれたのは紅也と木瀬さんの力じゃないですか。志島親子の役どころを決めたのも紅也なんですかっ?」
ついつい、透利は前のめりになって訊ねる。
紅也は引き気味に眉根を寄せた。しかし、視線は逸らさずに言葉を紡ぐ。
「言っただろ。即興シネマLIVEで偶然お前を見つけたって。いつ混ざっても良いように研究はしてたつもりだ。……まぁ、混ざれなかったらただのファンみたいになってたところだけどな」
「ただのファン、ですか……っ」
「混ざれなかったらの話だっつってんだろ! ったく、さっきまでの弱っちいお前はどこに行ったんだよ」
すっかり参ってしまったように、紅也は頭を掻く。
透利はとぼけるように首を傾げてみせた。もう、怖くて仕方がなかった紅也の姿はない。同い年で、別々の道を歩いていたと思ったら同じ場所に辿り着いた二人だ。
運命というものは、まったくもっておかしなものだと思う。ちょっと前は恐怖で、今は希望の塊。小っ恥ずかしくなるくらい、気持ちは前を向いていた。
「でも、本当に良かったです。紅也は俺にとって、敵だと思っていたので」
「まぁ、スカーレットは敵だけどな」
「あっ、それですよ! スカーレットはなんとなく敵として登場するんだろうと思ってましたが、まさかキノカまで敵になるとは思ってませんでした!」
「いや、そこは衣装を合わせてる時点で察しろよ」
冷静に突っ込まれると、透利は思わず「たはは」と笑う。
すると、紅也は急にジト目でこちらを睨んできた。少しずつ慣れつつあるが、やはり鋭い瞳で見られるとビクリとしてしまう。
「あの、笑い方はただの癖なので勘弁してくれませんか……?」
「あぁ、悪い。つい、あの頃を思い出しちまうんだよ。……変わった笑い方だよな」
「…………です、よね」
まっすぐストレートに「変わった笑い方」だと言われてしまい、透利の声色は若干元気がなくなる。十七年生きていた中で、たはは笑いはすでに日常になってしまっていた。
元々は愛想笑いのつもりだったのかも知れない。情けなさを誤魔化したり、心配性な両親に笑いかける時だったり。
でも今は、深い意味なんて何もないただの苦笑いなのだ。自然と出てしまうものは仕方がないし、今更直すつもりもない。
それに、
「……待ってください。変わってるってことは、つまり個性的ってことじゃないですか。即興シネマパークにおいて、個性っていうのは立派な武器になるんじゃないですかっ?」
逆に、ポジティブに捉えることだってできるのだ。
「お前、この数分間で一気に人が変わったな。大丈夫か?」
案の定、紅也は驚かれてしまう。
確かに自分は変わった。でも、紅也の言うような「一気に」という訳ではないと思うのだ。今までの様々なきっかけがあって、透利のマイナスな思考は変わっていった。
「別に、紅也だけがきっかけって訳じゃないですから。日夏さんとか、色々……」
「真柳先輩、ねぇ。そういえばお前ら、付き合ってんのか?」
「な……っ!」
唐突すぎる問いかけに、透利の鼓動が飛び跳ねる。「いきなり何を言い出すのか」というよりも、紅也がこういう話題を口にすること自体が驚きだった。
「だってお前ら、実際にデートもしたんだろ? 木瀬から聞いたぞ」
「いやまぁ、確かにそうなんです、けど……」
しどろもどろになりながらも、透利は思考を巡らせる。
すると何故だろう。即興シネマパークに足を踏み入れてからというもの、いつも心の真ん中には日夏の姿があったような気がした。
もちろん心配しながらも支えてくれる両親だって、誰よりも楽しみながら気を使ってくれる野乃花だって、こうして過去と向き合った紅也だっている。全部が全部、透利にとって必要なものだった。
でも、日夏だけは少し違う。
「そうか……俺、日夏さんのことが好きだったんですね」
「…………は?」
何言ってんだこいつ、みたいな視線を向けてくる紅也。自分から話を振っておいてその態度は酷いのではないかと思いつつ、透利はいつも通り「たはは」と笑ってみせた。
「俺は今、日夏さんに引っ張られてここにいるって思います。だから、憧れみたいなものだと思っていたのかも知れません。でも……」
言いながら、透利は日夏の色んな姿を思い返す。
妹キャラ全開で透利の前に現れた時。透利に呆れながらも即興シネマパークについて教えてくれた時。唐突の恋人設定に戸惑い、デートをした時。自分の憧れを話している時。
そして――即興劇と声優で揺れていると告白してくれた時。
「俺は……。俺だって、日夏さんの道しるべになりたいんです」
「お、お前……頭大丈夫か?」
確かに小っ恥ずかしいことを言っている自覚はあった。
でも、今更気付いてしまったのだから仕方がないではないか。自分にとって日夏は道しるべだった。何もなかった自分に、日夏は色んなものをくれた。だから、今度は自分の番だと思うのだ。日夏のためにできることをしたい。
「紅也」
「……何だよ」
「この物語は、俺と日夏さん……ミズキとひまわりから始まった物語です。言わば、俺だって主人公の一人ってことなんですよ」
「はぁ。そうだな?」
話の意図がわからないように、紅也は首を傾げる。
紅也と普通に会話をしているなんて、少し前の自分が知ったら驚くことだろう。でも、今はもうこんなことでいちいち驚いている場合ではない。
だって自分は、主人公なのだから。
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