4-2 二人の悪役

 紅也と野乃花から与えられたのは、「赤髪の男に追い付かれ、ひまわりとともに攫われてしまった」という情報のみ。

 そんな第四話は、ミズキとひまわりにとって謎多き幕開けになった。


 いったい、ここはどこなのだろうか。

 大きなモニターに、見たこともない機械の数々。ビーカーやフラスコなどの見知った実験器具も多くあって、徐々に自分の頭の中に答えが見えてきた。


「研究室……?」


 小首を傾げながら、ミズキは呟く。しかし、そんな寝ぼけたことを言っていられない状況だということにミズキはようやく気が付いた。


「ひまわり……っ? ちょっとひまわり、起きて!」


 まるで眠るようにして、ひまわりが倒れている。

 ミズキは慌ててひまわりの身体を揺すった。少々力が入りすぎるくらいにぐわんぐわんと揺すりまくっていると、やがてひまわりの眉間にしわが寄る。


「う……。ミ、ミズキ…………良かった。無事だったのね」


 ゆっくりと起き上がりつつ、ひまわりは安堵の声を漏らす。無事で良かったと安堵したのはむしろこちらの方だ。ミズキは自然とひまわりの手に触れつつ、小さく息を吐く。


「私達、確か……赤髪の男に襲われて……」

「ああ、俺もだんだんと思い出してきたよ」


 改めて研究室らしき場所を見回しつつ、ミズキは震えを帯びた声を出す。


「嫌な予感がする。ここから逃げよう」

「ええ、そうね。でも、普通に出口から出られるかどうかは……」


 頷くひまわりの言葉が不意に途切れる。

 気付けばミズキではなく、あらぬ方向に目を向けていた。


「おいおい、そう簡単に逃げられる訳がないだろ?」


 いやらしく口の端を歪めながら、赤紅色の髪の男が現れる。男の後ろにはキノカの姿もあった。二人して色違いのつなぎに身を包んでいて、ミズキは思わずひまわりと顔を見合わせる。


「そんな、馬鹿な」


 ミズキが小さく呟くと、今度はキノカがニヤリと微笑んだ。いつもと変わらない明るい笑顔のはずなのに、菫色の瞳は普段よりも暗く感じる。

 きっと気のせいだろうな、と信じたかった。


「ねぇ、スカーレットぉ。何か二人とも、固まっちゃったみたいなんだけど?」


 やがて、あっけらかんとした口調を放つキノカ。「スカーレット」というのは多分、手を組んでいる男の名前なのだろう。


「変に暴れられるよりも良いだろ」

「そっか、それもそうだね!」


 あはは、と楽しげに笑いながら、キノカはそっとひまわりに視線を向ける。


「ごめんね先輩。……っていうか、元々先輩でも何でもないんだけど。ボク、実はスカーレットの味方なんだ。つまり、君達の敵ってことね。わかる?」


 笑顔が怖い、とはまさにこのことを言うのだろう。愛らしく小首を傾げるキノカの視線から、思わず逃げ出したくなる。


「…………どういう、こと」


 やっとの思いでひまわりが呟くと、キノカは「どうする?」と言わんばかりにスカーレットとアイコンタクトを交わす。スカーレットが頷くと、キノカはまた口元をつり上げた。


「ボク、本当はアンドロイドじゃないんだよね。ただの人間」

「な……っ」


 ひまわりが目を剥く。きっと、ミズキも同じような表情になっていることだろう。しかし、二人が驚くのはまだ早かったようだ。


「っていうかボク、先輩とは何の関係もないんだよね」

「……で、でも、私はあなたのことを同じアンドロイドの後輩だって……」

「うん、そういう風に記憶を操作したから」


 淡々としつつもどこか楽しそうな口調で真実を告げるキノカに、動揺が止められないひまわり。ミズキも当然同じような気持ちだが、胸にはひっそりと怒りが灯っていた。


「キノカさん、いい加減にしてください」

「えっ、もしかしてミズキさん、信じてないんですかぁ? ここ、どう見ても研究室ですよ? ここで記憶を操る薬を作ってるって……少し考えればわかるでしょ?」

「そ、それは……」


 迫るキノカに、透利は自然と後ずさっていた。

 キノカとスカーレットに対する怒りはもちろんある。でも、どうしようもない現実に狼狽える気持ちの方が勝ってしまうのだ。

 そんなミズキに、スカーレットが追い打ちをかけるように口を開く。


「あー、そうだ。ちなみにお前ら、本当にただの家族だからな」

「…………は?」

「ん、聞こえなかったか? お前ら、恋人でも何でもなくて普通に家族なんだよ」


 あまりにもさらりと言い放つものだから、ミズキはまったく身動きが取れない。


「……っ」


 少しの沈黙のあと、はっとしてひまわりと目を合わせる。

 ひまわりは声も出せないようだった。唇をわなわなと震えさせ、困ったように視線を彷徨わせている。

 そりゃあその反応にもなるだろう。妹設定を潰されたと思ったら、今度は「やっぱり兄妹でした」なんて。困惑するに決まっている。


「ひまわり、だいじょ……」


 ミズキは心配してひまわりに声をかけようとした。しかし、ミズキの言葉を遮るようにして、ひまわりは一歩前に出る。


「何で」


 両手を握り締め、睨むようにしてスカーレットとキノカを見つめるひまわり。


「何でミズキを……お兄ちゃんを巻き込んだの。アンドロイドが目的なら、私だけを連れ去れば良かったでしょ」

「ふっ、お兄ちゃん、ね」

「何がおかしいの! おもちゃみたいに記憶を操るあなた達が悪いんでしょ!」


 声を荒げながら、ひまわりは二人に迫っていく。

 こんなにも気迫のあるひまわりの声を聞くのは初めてだった。なのにもかかわらず、スカーレットもキノカも表情一つ変えない。ただただ嘲笑うかのように見つめ返してくるだけだった。


「仕方ないよ。先輩を攫うにはミズキさんの記憶を消すしかなかったんだから。そしたら先輩が怒り狂っちゃって、ボク達の手には負えなくなっちゃったんだよ。ねぇ、スカーレット」

「ああ、あの時は大変だったな。目からビームを出されたり、ひまわり型の手裏剣を飛ばされたり……酷い目に遭った」


 ――いや、何ですかそのトンデモ設定は。


 思わず心の中で突っ込むミズキ。流石のひまわりも一瞬だけ苦笑を漏らしたが、すぐに表情を怒りへと戻した。


「先輩こわーい。せっかく可愛い顔に作られてるんだから、そんな目で見ないで欲しいなぁ」

「……今からでもビーム出そうか?」

「んー、それは色んな意味で無理なんじゃないかなぁ」

「ぐ……っ」


 ひまわりが悔しさいっぱいに唇を噛む。

 確かに、目からビームともなるとSEだけではどうにもならない。ひまわりのヘアゴムも決して手裏剣にはならないため、スカーレットのトンデモ設定に乗っかることはできなさそうだ。


「まぁ、とにかくあれだ。ひまわりは想像よりも手強かったから後回しにしたって訳だ。ひまわりの寿命が残り少ないっていうことにしておけば自然とドラマが生まれる。お前らが再会した時に、助ける形でキノカを向かわせたんだよ」


 スカーレットの説明に、キノカは得意げに頷く。

 その手には、ラブパワーという名の金平糖が入った魔法の瓶が握られていた。


「すべては、アンドロイドを消滅させるためだよ」


 言いながら、キノカは煽るように魔法の瓶を揺らす。


「……それは、寿命を延ばすための薬なんじゃ」

「だーかーらぁー。寿命とか最初からないんだってば。先輩とミズキさんはボク達に騙されてたの、わかる?」


 ぐっと顔を寄せながら、キノカは微笑を浮かべる。そんなキノカの肩に、スカーレットがそっと手を置いた。


「キノカ、気持ちはわかるが落ち着け。ひまわりがいつ暴れ出すかわからねぇんだ。さっさと始末するぞ」

「ん、りょーかい」


 スカーレットの言葉に頷きながら、キノカは魔法の瓶の蓋を開ける。

 そして、菫色の大きな瞳をこちらに向けてきた。


「ひまわり……!」


 ミズキは何の考えもなしにひまわりを庇い、キノカと視線を合わせる。

 どうしたらこの状況を覆せるのか、まったくもってわからなかった。何か良い案はないのかと、頭をフル回転させる。

 だけどやっぱり何も浮かばなくて、このままバッドエンドになってしまうのかと怯え始めた。

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