エピローグ あんたは何者なの?

 半年後――


 紡雁島極地大震災と名付けられた今回の事件。

 島が暗闇に包まれ、死霊は跋扈し鬼が蹂躙していた事を知るのはほんのわずか。

 残された事実は火事場泥棒の武装集団が暴れたのみ。

 仮に鬼の存在を公言しようと、証明などできず笑い話として片づけられる。

 行方不明の高校生が帰還したことも、発見された金塊を全て寄付したことも一時期世間を騒がせたが、半年も経てば世間の流れに飲み込まれ、人々の記憶から忘れ去られていった。


 十一月のその日、龍夜は海岸で島民たちとゴミ拾いをしていた。

「だいぶ大きいゴミは減ったな」

 浜辺を歩く龍夜は漂着した空き缶を拾いながら言った。

 今なお完全復興は遠い。

 瓦礫の多さから復興は遅れ、島と本土を繋ぐ橋が倒壊したこともあって、人や物の移動に不都合が生じていた。

 そうして半年、橋は修復され、流入する物資や人のお陰で島の各所で建築ラッシュが起こっている。

 この事件を機に島を出る者もいた。残る者もいた。

 新しい生活のために、これからの生活を続けるためにと費用は惜しまなかった。

 父親の昴は祖父の虎太郎の助言を受けながら力を尽くしている。

 今回の働きぶりを見て、島民たちは見直して欲しいものだ。

「たつに~、この大きいのどうするの~」

「あ~大輝、そりゃ別の大人に任せろ! 俺たちじゃ無理だ!」

「うん、わかった!」

 新しく漂着した瓦礫をぺしぺし蹴る大輝に呼びかける。

 ゴミ袋を片手に別なるゴミを拾いに砂浜を駆ければ、その後を母親の里見が追いかけていた。

「なんか夢みたいな出来事だったな」

 思い返しても現実の方が異世界よりファンタジーだった。

 封印されし鬼、貪る死霊、島包む闇の檻。

 一人では無理だった。仲間がいた。協力者がいた。

「それに……」

 龍夜は懐から一通の手紙を取り出した。

 送り主は、元敵であった武装集団の五人組。

 銃刀法違反に殺人未遂等々罪状は重かろうと、震災時に島民救出に奔走したこと、その島民たちから減刑を望む声があったこともあって、残る十五人と比較して重い処分は免れた。

 今は更生するため、五人でゼロから頑張っているようだ。

「もし出る機会があれば挨拶に来ますか」

 誰もが一歩前に進もうとしている。

 白狼もそうだ。一晩、失恋のショックでひきこもっていたが呆気なく復活。

 ル・チヤたちに詰め寄るなり開口一番に驚いた。

『俺を異世界に連れて行け!』

 ただ力を得るためではない。

 今の自分にないものは島では得られない。

 担がれ、ただいるだけで褒められるだけでは成長しない。

 別なる環境で自分をゼロから鍛え直すと懇願してきたのだ。

 ゲートの発展により、少し旅行気分でとはまだ言えないが世界同士の行き来はできた。

『いいか、龍夜、当主の件は一時棚上げだ! 心も身体も鍛えに鍛えてお前をぶっ倒す! 優希だってまだ諦めたわけじゃないからな!』

 異世界で増長しないか不安もあったが、勇者というストッパーもいるから問題ないはずだ。

 ただゲートで帰還する際、白狼の背後に立つル・チヤがペロリと舌で唇を舐めたのには別の不安しかなかった。

「双子だから試し喰いとかしてねえだろうな、あいつ」

 不安は消えないが既に旅立った後。

 独断で異世界に旅立った白狼は鍛えに鍛えて戻ってくるとの文を家族へ宛てていた。

「まあ愚弟のことだ。大丈夫だろう」

 人間が拾えるサイズのゴミを拾うだけ拾えば、所定の場所に集める。

「みんな、お昼持ってきたわよ~休憩しましょう~!」

 ふと防波堤から優希の声がする。

 見上げれ風呂敷に包んだ重箱をそれぞれの手で持つ優希がやってきた。

「よ~し、みんな休憩しよう! 悟、悪いが神社方面まで行った勇たち呼んで来てくれ! 芽依、手持ちぶさたでリアルすぎる砂のお城を作るな、崩すのに躊躇する! 真次、カメラしまえ、ちびっ子にいたずられるぞ! 美智、アカペラで歌うな、寄ってきた猫が弁当を狙う!」

 龍夜の呼びかけに誰もが返事する。

 休息場として海岸にブルーシートが広げられる。

 その上に優希は重箱を並べていた。

「おう、優希、さんくす」

「はい、あんたの分」

 言うなり、重箱とは別の弁当箱を龍夜に手渡してきた。

「あ~たつにい、じぶんだけずる~い」

 受け取ったお弁当をばっちり大輝から目撃されている。

 不公平だと頬を膨らませれば砂地の上で地団駄を踏む。

「はいはい、タイちゃんにはお母さんのお弁当があるから」

「え~でもおかさんよりゆきねーのほうがさいきんおいしい」

 子供は時に無邪気で残酷だ。

 里見は子供に微笑みかけては、叱ることなく小さなお弁当箱をバックから取り出した。

「ふっふふ~ん、お母さんのお弁当、今日は格別に美味しいのに、残念だな~それならお母さんが食べちゃおうかな~」

「あ~たべるたべる!」

 手の平を返すように嬉しさのあまり飛び跳ねる大輝。

「こらこら、あんまり跳ねるとお弁当が海に逃げちゃうわよ」

「にがさないよ! ボクがもりもりたべるもん!」

 失われたと思った、にっこり笑顔が龍夜の前にあった。

 例え死者がゼロだろうと、この事実をゼロにはできない。

 勇者としてではなく、比企の人間としてではなく、ただの一人の人間として今この世界にいる。

 一人ではないことが龍夜に前へと進む気概を与えてくれる。

 無意識のまま、隣立つ優希の手を握りしめていた。

 優希は何も言わず、ただ握り返す。

 温もりがあった。嘘偽りのない愛しさがあった。

「お、ようやく戻ってきたか、勇たちめ」

「最近、妙におとなしいから怪しいのよね」

「みんな復興で忙しいから抑えているんじゃないのか?」

「だといいんだけど」

 姉の懸念は当たっていた。

 少し離れた位置より波音に負けず聞こえる勇たち四人の歌声がその答えだ。


 へそに踏み入れることなかれ

 鬼の柏手、帳を作り

 鬼の足音、人を喰い

 鬼の咀嚼、門を開く

 へそ枯れ果てた先に鬼は立つ

 鬼なりろうならば、彼岸に伏せよ

 鬼なりとうなければ、対岸に伏せよ

 エンジュの縁が鬼を撒き、帳に龍が高く舞う

 鬼討つために龍が往く

 朝日浴びんと鬼の宝を切り落とす


 一部違うと龍夜は我が耳を疑った。

 当然のこと、誰の目が歌い主ではなく龍夜に集っている。

「お前ら、その歌!」

「あちゃ~最近おとなしかったのはそういうことか」

 龍夜は絶句し、優希は額に手を当てる。

「にっししし、どうよ、完成まで半年かかった俺らの渾身作!」

 勇たち四人はしてやったりの誇り顔だ。

 その瞳に悪気も悪戯心もない純粋さが原動力だから困る。

「やめろ、恥ずかしいだろう!」

「恥ずかしくない! ヒーローだぞ! かっこいいだろう!」

「ちなみに公民館の前にコピーして張り出した!」

「学校にも張った!」

「病院にもしっかり許可もらって張ったよ!」

 悪ガキ四人からすれば最高だろうと龍夜からすれば最悪なのだ。

「諦めなさい。紡雁島を救った英雄さん」

 優希は戒めるように龍夜の身体に寄り添ってきた。

 温もりと感触が龍夜の胸に染み渡らせる。

 黄色い声が飛ぼうと断固として無視だ。

「俺は英雄になりたくてなったわけでも自分で英雄と名乗る気もない」

「ならあんたは何者なの?」

 答えなど一つしかなかった。


「この島の住人の一人にして、たった一人の女と再会するために絶望を走破した男だよ」

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ザン/カンニバル こうけん @koken

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