第14話 私たちのために使いなさい!


「んんむ」

 荒木はただ暗闇の向こうを見ているだけしかなかった。

 遠くから銃声がする。爆発が繰り返される。

 暗闇だからこそ、閃光が際立って見える。

 様子を確かめようにもこの暗闇では確かめようがなく、神社の敷地から一歩外に出ようならばゾンビたちが待ちかまえている。

「無事だといいが」

 ただ見ているだけ、待つだけがどれだけ歯がゆいか。

 己の不甲斐なさに腹に来る。

「荒木さん、山から誰か来ます!」

「ぬあんだと!」

 住民の声に、荒木は我が目、我が耳を疑った。

 まだ銃声と爆発は続いている。

 つまり戦いは継続しているのだ。

「他に生き残りがいた、の、か――」

 言い切る前に駆け足の音が参道から届き、設営された照明で正体が露わとなる。

「ゆ、優希嬢!」

 無事な姿に安堵しようと、山道を駆け抜けたせいで激しく両肩で息をしている。

 ケガらしきケガはない様子だが、はっきりと怒りを顔に刻みつけている。

 灼きつくすような眼差しで何かを探すように睥睨している。

 お陰で住人の誰もが声をかけづらかった。

「ね、ねえ、ちゃ、姉ちゃん待ってよ!」

 少し遅れて息も絶え絶えの勇が姿を現した。

 手には出発前にしていなかった見慣れぬ手袋をしている。

「二人とも無事だったか! タツ坊はどうした?」

「あ、あいつなら化け物と戦っているわよ! 私たちを先に行かせてね!」

「仕方ねえだろう!  俺たちが残ったって足手まといだっての!」

「そんなの分かっているわよ! 一ヶ月もどっか行っていたと思ったら島がこんな状態になった途端、ひょろりと元気な姿で戻ってくるなんて虫が良すぎるっての! それに何が俺の女だ! いつから私はあんたのものになった! 白狼バカと同じことやってんじゃないわよ! だからバカ双子なのよ、あんたたちは!」

 荒木は複雑な心境だった。

 この娘が、かなりご立腹な状態なのは見ていて分かる。

 無事に生きて再会できたのは嬉しいようだが、素直に喜べていない。

 まだ龍夜が戦っている。

 状況から類するに化け物をニ体同時に相手をしているはずだ。

「それで、あいつらどこなのよ!」

「あ、あいつらとは?」

 苛立ちながら勇を問いつめる優希に見かねた荒木が割って入る。

「この神社襲撃してあのバカに返り討ちにあった奴らですよ!」

 白き歯をむき出しに優希は吼えるように返す。

 圧の強い発言に荒木はただ渋面を作るだけだ。

(タツ坊、戻ってきたら納得ゆくまで説明しとけよ)

 無論、戻ってくると信じたいが万が一もある。

「あ、姉ちゃん待ってよ!」

 不機嫌そうに足音響かせ歩く優希の後を慌てて追う勇。

 当然のこと、何をしでかすのか、不安を抱く荒木もまた後を追うのであった。


 荒木の不安は物の見事に当たっていた。

「あんたたち、このままで良いと思ってんの!」

 優希は縛られた男五人の前に腕を組んで立てば開口一番に言ってのける。

 五人は突然現れた女に誰と困惑しながら仲間内で目を見合わせるだけだ。

「弟から事情も聞いた! なにやらかしたかも知った! だからこそ聞くわよ! あんたたち、このまま事が済むまでずっと縛られている気! それとも縛られるのが趣味なの!」

 息を荒げる優希の気迫に押された男たちは言い淀む。

 返答に詰まるのが気にくわなかったのか、優希は近くの男の胸元を掴みあげた。

「あのバカはね、龍夜はね、今一人で戦ってんのよ! この一ヶ月なにしてたか知らないけど、あんたたちとその仲間が悪化させた事態から島のみんなを守ろうと必死で戦っている! 私は武器なんて持ったことない! 精々握った刃物は包丁程度よ! けど、あんたたちは持てるでしょ! 持つ訓練をしているでしょうが!」

 優希は胸ぐら掴んだ男を突き放す。

 乱れる呼吸を整えては今一度向き合った。

「力を貸しなさい! いえ、その力、使!」

 男たちはただ険しい表情で唇をぎゅっと結ぶだけであった。


 仮面の変異は変貌した。

 その姿は人間の手足が生えた巨大な鮫。

 残り香のように割れた仮面の右半分が鮫の右目に張り付いていた。

 獣のように四つん這いとなり、腕の付け根より伸びる触腕を鞭のように振るえば接近を許さず、かといって遠ざかれば背面より生える銃火器が龍夜を狙う。

 四つん這いの手足で瓦礫を踏みしめ、カエルのように跳躍しては、その触腕を地面に打ち付けアンカーとして急激な方向転換をする。

 速度で優位をとっていた龍夜だが、ここに来てその優位性を追い越される。

 なにより最大に警戒すべきはその牙だ。

 触腕を用いた立体的な跳躍に翻弄され、接近を許してしまった。

「ぐううううっ!」

 龍夜は上下から迫る鮫の牙を手甲で押さえ込む。

 噛力をラミコ鋼が外部に流そうと全てを抑えきれず、ジリジリと口が狭まっていくのを許す。

 喉奥よりガトリングが覗こうと直に噛み砕くことが狙いなのか、銃身は回転する素振りを見せない。

「くっそ、時間切れか!」

 押さえ込まれているうちにアンクレットの使用時間が過ぎる。

 急加速・急停止による高速移動はできず、ただのアクセサリーと成り下がっていた。

「こ、このままでは!」

 今、龍夜は全身の力を噛み砕かれぬ抑えに回している。

 右手に日本刀を握ろうと、振るうだけの力を回せない。

 一方で仮面の変異は龍夜を飲み込まんと、その体躯を押し込んでくる。

「くっそ、この音は!」

 窮地は立て続けに起こるもので、暗闇の奥より無数の足音が瓦礫を踏みしめ接近している。

 生存者でも死霊でもない。

 均一の取れた足音は紛れもなく例の武装集団のはずだ。

「まだ生き残りがいたのか!」

 今、龍夜は動くに動けない。

 暗闇から発砲されればそのままお陀仏だ。

「ぐひぐひひひひっ!」

 仮面の変異が笑う。動けぬ龍夜を滑稽だと嗤う。

 血生臭い吐息を龍夜にぶつけ、喉奥から笑い続ける。

 そして銃声と閃光が暗闇を走る。


「え?」

 だが、放たれし銃弾は一発も龍夜に当たらなかった。

 その全てが鮫肌に命中していた。

 傷一つつかずとも仮面の変異の意識が発砲地点に向けられたことで一瞬だけ噛力が緩む。

 龍夜は蹴り放つ形で噛みつきの束縛から距離をとる。

 当然、仮面の変異は逃さない。

 喉奥のガトリングを鳴らせば、龍夜に向けて放つ。

「同じ手は――てめえが喰らえ!」

 龍夜はラミコ鋼のシールドのグリップを左手で強く握りしめた。

 腰で構えて防ぐのではなく、拳を叩き込む要領で回転するガトリングの銃口にシールドを突き入れていた。

「あぼぼぼぼぼぼぼぼおっ!」

 眼前で凄まじい火花が飛び散り、シールドで弾かれた無数の銃弾が仮面の異形の体内で激しく暴れ回る。

 それはあたかもピラニアの大群に内蔵を食い破られる獲物そのもの。

 仮面の異形はガトリング使用中は口を閉じられぬのか、全身を激しく痙攣させながら銃弾が体内で暴れるのを許してしまう。

「ぐうううっ!」

 仮面の異形の左触腕が鞭のようにしなり、龍夜を叩き飛ばした。

 咄嗟に右手甲で防ごうと、威力を完全に流せず身体が舞う。

「ちいぃ!」

 舌打ちする龍夜は宙で身を翻して体勢を整える。

 仮面の異形は口より煙を吐き出しながら背面の銃火器を龍夜に向ける。

 不安定な宙だからこそ後は落下するだけ。ストレージキューブから衣を出そうと発砲が先だった。

「ばばばばばばあっ!」

 立て続けに起こる爆発が仮面の異形を包み込む。

 右に、左にと噴き上がる爆発は巨躯を揺らし、落下する龍夜に狙いを定めさせない。

 触腕が蠢けば手のように頭部を覆い、爆発から顔を守る。

「一体誰だ! さっきからバカみたいに撃ってくるバカは!」

 両膝つく形で地面に降り立った龍夜は爆発の発生源へと目を向けた。

 意外な人物たちがそこにいた。


「いいか、間違ってもあの人に当てるんじゃないぞ!」

「次弾装填完了! 仰角調整OK、発射!」

「倒そうと思うな! 俺たちがやるのはあくまでも援護だ!」

「鮫野郎の顔をぶっ飛ばしてやれ!」

「こっちに来るぞ! 投擲用意!」

 発生源はあろうことか、神社を襲撃した五人組。

 誰が拘束を解いたか知らぬが、誰もが銃火器を構えては仮面の異形に攻撃を繰り返している。

 その手の訓練を受けてきただけに各連携ができており、適切な距離を保ち、仮に接近許そうならば爆発物で接近を妨げていた。

「お前ら、どうしてここにいる!」

 龍夜は銃声に負けじと声高に問い質す。

「怒られたんですよ!」

「あぁ?」

 返答らしからぬ返答に龍夜は冷ややかな目を向ける。

「力があるなら私たちのために使えって言われたんです!」

 誰に、なんて疑問を問える状況ではなかった。

 仮面の異形が吼える。今までにない咆哮が大気を振るわせ、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。

「礼は言わないぞ!」

 飛び交う瓦礫を手甲で弾き落としながら龍夜は言う。

「構いませんよ!」

「礼を言うのはこっちだ!」

「そうだ。あんたはなんであれ俺たちを助けてくれた!」

「本来なら見殺しにされてもおかくないのに助けてくれた!」

「殺されても仕方ないのに、あんたは俺たちを見捨てなかった!」

 誰の目にも恨み辛みの色はなく純粋なまでに誰かのために行動している。

 何が一体、この短時間で五人を変えたのかなる疑問、今考える余裕はなかった。

 ただ脳裏に亡き祖母の言葉がリフレインした。


『いいかい、龍夜。優しさを忘れちゃダメだ。許すことを捨てちゃダメだ。確かに裏切りとか許せないことがあるかもしれないわね。けど、誰かを助け続ければ龍夜が困った時にきっと必ず誰かが助けてくれる。誰かを助けて、誰からも助けられる男になりなさい。お前は一人じゃないから』


「うらららぎぎぎぎぎぎりりいりっ!」

 仮面の異形は散々爆発に晒されたからか、延びる手足で地面を抉り取りながら五人組に迫る。

 開かれた大口より覗くガトリングの銃身はひしゃげ、銃弾は放たれない。

 鮫肌に傷一つなかろうと背面より生える銃火器は爆発に晒されたことで全てが破損していた。

 だが、触腕と牙は健在。

 仮面越しに覗く目は血走り、並々ならぬ怒りを五人に放っている。

「おい、お前の相手は俺だろうが!」

 駆け抜ける龍夜は仮面の異形の右側から切り込んだ。

 その仮面をぶった斬ろうとしたが、寸前で触腕に一刀を防がれる。

 硬質ゴムのような感触が刀身越しに龍夜に伝わった。

「てい! せい!」

 反撃として仮面の異形から触腕が鞭のように放たれる。

 まるで意識を持つかのように自在に動く触腕は右往左往しては龍夜を翻弄する。

「余所見するなっての!」

 空気の破裂音が男たちからする。

 先ほどまで仮面の異形が使っていた同じタイプのグレネード弾が放たれた音だ。

 龍夜は巻き込まれぬよう執拗に迫る触腕を刃でいなしながら後退し距離をとる。

 とるも触腕は伸びに伸び、龍夜を追いかける。

「うららららららあああっ!」

 立て続けに起こる爆発に仮面の異形はまたしても晒される。

 本体が爆発に晒されたことで龍夜追う触腕は引っ込んだ。

 この時、龍夜は爆発の渦中である仮面の異形のとある行動に目がついた。

「おい、お前ら、鮫顔にある仮面! そこを集中攻撃しろ!」

 五人は疑問を挟まなかった。

 誰もが銃火器を構えれば寸分の狙いを違えることなく仮面に向けて一斉に放っていた。

 着弾の火花が上がるなり触腕は仮面を守るように頭部を覆ってきた。

(三回だ。一度目は爆発、二度目は俺の刀、三度目は銃撃、つまりは!)

 執拗なまでに追いかける触腕は仮面を攻撃されるなり、中断するように防御に回っていた。

「そのまま仮面を攻撃し続けろ! 弱点は仮面の中だ!」

 銃弾の嵐をかいくぐりながら龍夜は仮面の異形に急迫する。

 五人の立ち位置と着弾地点が分かっていれば難なく間合いに踏み込めた。

「す、すげえ、あの中を突き進んでやがる!」

「感心する暇あるなら撃ち続けろ!」

 脚力を加えた斬撃を龍夜は放とうと左の触腕に防がれる。

 右の触腕は放たれる銃弾から仮面を覆い被さる形で守り、決定打とならない。

「くっ、このイカの腕が邪魔だな!」

 軟性もあることから斬線(斬りやすい角度)を見極めづらく、伸縮自在も重なって斬り落とせない。

(足りないのは踏み込みと加速だ。だが、現状ではどうしても、そうだ!)

 一か八かの賭けに龍夜は出た。

 銃弾も体力も有限。

 膠着状態に陥れば自ずと人間側が不利となる。

 加えて、変貌したからこそ第二、第三の変異もありえる話だ。

「お前ら俺に向かって真上からグレネードを撃て!」

 さすがの指示に五人は困惑するも、気圧されて二つ返事で引き受けていた。

 空気の破裂音が間を置かずして暗闇に響く。

(タイミングを間違えるな。一瞬でも違えれば俺は火だるまだ!)

 破裂音から何秒後に爆発するか、間隔は掴んでいる。

 ストレージキューブから風跳の衣を掴みだし纏った時、足元が爆発する。

 その時、龍夜の身体は爆風に高く押し上げられ、空を舞っていた。

(チャンスは一度!)

 高く舞い上がった瞬間、あろうことか龍夜は衣を脱ぎ捨てる。

 後は仮面の異形めがけ垂直落下していた。

「まさか、あの人、なんて無茶を!」

「撃て、撃て、撃ちまくれ! あの鮫をあの場に縫いつけろ!」

 龍夜の意図に気づいた五人は銃火器を構えては銃撃の密度を上げる。

 仮面の異形は煩わしそうに左触腕で銃弾を振り払うのに一瞬だけ意識を向けてしまった。


 斬という刃音が暗闇に響き、何かが宙を舞い、そして落ちる。


 仮面の異形は右腕の付け根ごと触腕を切断されていた。

「が、ががががあああっ」

 信じられぬと仮面の異形は叫んでいるようだった。

 躊躇うことなく爆発に身を晒し、その衝撃で高く飛び上がる。

 飛び上がるだけでなく、ただ一カ所の部位を狙って断ち切った。

 これはもう無謀を通り越した、とち狂った奇跡の類。

 いくら柔軟性の高い触腕だろうと高度からの落下速度を織り交ぜた斬撃には耐えきれなかった。

 斬撃の余波は仮面を砕く。

 砕き、鮫の右眼孔より生える人間の頭部を曝け出す。

「あ、あの人は!」

「嘘だろう!」

 五人の誰もが露わとなった顔に愕然としている。

 だが龍夜はこの顔を知らない。知る必要がない。

「これで、終わりだあああああああっ!」

 着地の衝撃で身を深く沈ませた龍夜。脚をバネのようにして身体を跳ね上げては返し刀でその首を切り飛ばす。

 そして勢いを殺すことなく身を翻し切断面に切っ先を深く突き入れた。

「あばばばばばばばばばばっ!」

 中に憑依する霊体に向けてリビルドを流し込む。

 仮面の異形は高圧電流に晒されたように激しい痙攣を繰り返す。

 悲鳴なき悲鳴を上げ、そして、肉体は崩れ落ちる。

 鮫の肉体は一六の遺体となった。

 いや、本来あるべき遺体に戻っていた。


「俺の、俺たちの勝ちだあああああああああっ!」


 龍夜は日本刀を天に突きつけ、勝ち鬨を上げた。

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