第12話 だ、誰が諦めるもんですか!
走る。走る。暗き闇の中を走り続ける。
片や救うため、約束を果たすため。
片や生きるため、死から足掻きに足掻き生き抜くため。
「じづう゛げ ん゛だ よ゛、あ゛ぎ ら゛め゛よ゛!」
龍夜が追いかけし肉塊の異形が濁音混じりで叫ぶ。
瓦礫を崩そうと、投げつけようと常人を越えた脚力で避けられ、読まれ、急迫を許す。
執拗なまでに追跡する龍夜に肉塊より生える手が発砲する。
だが暗闇に飛んだのは銃弾ではなく、変異の手だった。
「諦めてたまるか!」
龍夜の握る日本刀が肉塊の手の一つを斬り飛ばしていた。
しっかりとしがみつく勇をその背に背負おうと、重荷と想わせぬ動きで刀を振り下ろしている。
「誰だって今日その瞬間、その日を生きてきた! お前らみたいな奴らを放置しておけば奪われる! 壊される! 誰だってありふれた日常を破壊していい権利なんてないんだ!」
龍夜は知っている。覚えている。
昨日まで当たり前に生きていた人たちが一瞬にして生命を奪われる不条理な瞬間を。
ほんの少し前まで親しげに話した相手が死霊となって襲い来る瞬間を。
家族が懇願しようが、親しき友が立ち塞がろうが、死を広げる源泉だからこそ斬らねばならぬ理不尽の重さを。
例え非難されようと恨まれようと先に進まねばならない。
そして勝手に死にたがる世界に生きている意味を叩き込み、未知たる未来に繋げる。
「だから俺はお前をぶった斬る! これ以上、身勝手な理由で人殺しなんてされてたまるか! 理不尽に奪われてたまるか!」
「あきらめあきらめあきらめええええええん!」
優希を追いかけし仮面の異形は震える声で叫ぶ。
肥え太った豚のような肉体は地を揺らしながら、見た目を裏切る速度で優希に迫る。
イカの触腕のように伸びる腕が進路妨げる邪魔な瓦礫を振り払えば、つかみ取って優希に投げつける。
「だ、誰が諦めるもんですか!」
頭上をかすめる瓦礫に肝を冷やそうと優希は足を止めない。
瓦礫が飛んでこようと、目の前の瓦礫で足を挫きかけようと、迫る死に挫ける理由はない。
なにより決めたはずだ。
足掻いて、足掻きまくって生き抜き、そして死んでやる! と。
「そうよ、あいつは、龍夜はいつだって諦めなかった! 誰のせいにもしなかった!」
実親からいなくなることを望まれ、存在を否定され続けた。
誰もが当たり前にあるべき親の愛情を受けなかった。
褒められたことも、喜ばれたこともない。
本来なら性格が歪んでいてもおかしくないのに、龍夜は歪まなかった。
誰かを助けることも、誰かに優しくすることも、誰かを叱る心も失わなかった。
一方で親の愛情を一身に受けてきた弟・白狼の性格が歪んでいるのは皮肉すぎた。
「あいつは自分を下卑たりしなかった! しっかり前を向いて進んできた! あいつのお陰で助かった人たちだっていた!」
誰かの手助けとなるのを忘れない。誰かを否定しない。
助けられたからこそ、誰もが龍夜が困れば手を指し伸ばしてくれた。
「迷惑かけて生きるな? ふざけんじゃないわよ! 迷惑なんてかけあえばいいのよ! その分、助け合えばいいの! 生きているだけで迷惑なら、あんたこそ迷惑だから消えなさいよ!」
優希が調理師を目指せるのも亡き祖父と縁ある者たちのお陰だ。
縁は紡ぐもの、紡がれるもの。
理不尽で不条理な現実に打ちのめされ、断ち切られようとまた紡げばいい。繋げばいい。
「きゃっ!」
仮面の異形より伸びた触腕が優希の右足に絡みつく。
引き倒される形で体勢を崩された優希は咄嗟に顔を守る形で両腕を交差させた。
前面から倒れ込むなり、右足に激痛と硬き破砕音がした。
「あああああああああっ!」
触腕が優希の右足を締めつけ、骨を砕いた。
脳を焼き尽くすような激痛が優希に絶叫をあげさせる。
「おうじょうおうじょあきらめおうじょう!」
仮面の異形は優希の右足に巻き付けた触腕を解く。
左足の骨を砕こうと巨体裏切る速度で迫ることもせず、牛のようにゆっくりと迫っていた。
「ぐふ、ひしししししし!」
異形の腹が笑う。嗤う。哂う。
手負いの獲物をいたぶり楽しむ獣がそこにいた。
「ぐうう、あ、諦め、諦める、もんですか!」
右足からの激痛が脳を焼き付ける。
視界が明滅し歯の根が合わない。
それでも優希は動ける両腕を使って身体を引きずり、瓦礫の上を進む。
地を這う優希を滑稽だとあざ笑うかのように触腕が伸びる。
「ぐうううううっ!」
今度は左腕に絡みつき、枝葉を折るようにへし折った。
そして、ついにその身体に魔の手が迫る。
「諦め、諦める、も、ん、ですか!」
絶体絶命の窮地だろうと優希の目は死んでいなかった。
熱病に晒されたように言葉を繰り返し、まだ動ける右腕と左脚でどうにか抗おうとする。
触腕に力が込められたその時――
空気切り裂く音と共に右側面より飛来する何かが仮面の異形と激突した。
激突した正体は見るもおぞましき肉塊。
「ぎょえええええええええっ!」
肉塊が仮面の異形の右側頭部に激突した。
「ぐうっ!」
激突の衝撃が優希を触腕から解放し、地面と絶望に突き落とす。
肉塊は無数の人間をこねくりまわせた形をし、中央部に大きな口を持ちながらも、ウニのように生えた手足より血を垂れ流していた。
「う、嘘、でしょ、こ、こんな時に!」
優希の目が今度こそ絶望に染まりかけた時だ。
間髪入れることなく、肉塊が飛来した同じ方向よりチンと涼しげな金属音がする。
肉塊の真横に何かが音を響かせ落ちる。
「
あり得ぬ声が優希の絶望を一瞬にして希望に塗り替える。
ただ目の前の肉塊が幾度と瞬く銀閃にて細切れとなる瞬間を眺めているだけだ。
目で追えなかった。目で捉えようと銀閃は既に通り過ぎていた。
瓦礫を強く踏み込む音が響く度、肉塊より血飛沫が舞い、何かを振るう音が響く度、肉塊より手足が飛ぶ。
また時折子供が呻く声さえした。
優希は瞬く間に千切りキャベツとなるような光景だと声を漏らす。
「う、嘘、でしょ」
浮かぶ不可思議な光球が肉塊を斬った正体を照らし出す。
チラリと優希に目を向けたのも一瞬だけ。
すぐさま仮面の異形と向き合い、手に持つ日本刀の切っ先を掲げていた。
「た、龍、夜……」
生きていた。行方不明となった幼なじみが生きていた。
優希の涙腺を緩ませ、涙が零れ落ちる。
「てめえ、なに俺の女殺そうとしてんだ。ぶっ殺すぞ!」
抜き身の殺気に仮面の異形が気圧され、半歩下がる。
「あ~姉ちゃん生きてた~!」
龍夜の背にしがみついた弟・勇は目を回しながらその背から離れる。
ふらふらとした足取りで嬉しそうに優希に近づくも、口元押さえて立ち止まる。
「おええええええええええええっ!」
勇が真っ青な顔で吐く。
姉の目の前で弟は思いっきり吐しゃ物をぶちまけた。
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