第六話 ここは俺に任せて先に行け!

 草原勇は薄れていく意識の中、夢を見た。

 夢だと分かる夢を見た。

 遠くから声がする。友達たちの声がする。

「勇、しっかりしろ!」

「傷は浅いぞ!」

「ドクター、ドクターはいないのか! 負傷者だ!」

 騒がしいなと苦笑する勇は遠ざかる意識の中、ほんの少し前の出来事を夢たる形で再確認する。


 勇・茂・進一・隼人は仲良し四人組。

 同学年同クラス、通う剣道道場も同じ同期組。

 共に竹刀を振って汗を流せば、その直後にサッカーをするなど有り余る体力を持つ。

 遊ぶのもいたずらするのもいつも四人。

 エンジュの山を駆け回るのも、道場をこっそり抜け出しサッカーするのもまだまだ序の口。

 飼い犬に墨汁で眉毛を描く。

 野良猫たちをエサで一カ所に集めてはクラッカーで驚かす。

 観光客が女性で美人なら案内を装いナンパする。

 相手が男性なら看板娘(八四歳)で有名な店舗を紹介する。

 紹介料として店舗からお菓子を貰うのも抜かりない。

 もちろんいたずらばかりではない。

 兄弟子である龍夜を実の兄のように慕っては、揃って海岸のゴミ拾いに参加する。

 次代の兄貴分として恥ずかしくないよう自分たちより小さき子の面倒を率先して見る。

 もっとも善行よりも悪戯の比率が高いからか、勇たち四人はいたずら小僧であると大人たちから認識されている。

 微笑ましくあろうと度が過ぎれば大人として叱りつける。

 大抵は、兄貴分である龍夜にお鉢が回ってくる。

 もっとも、何度叱られようと、誰に叱られようと悪戯を止めぬのがこの四人だ。

 学習しろ?

 知恵付けるも悪知恵に回す。

 それがこの四人である。


「「「「ぎゃああああああああ! 食べないでくださいいいいいいっ!」」」」

 神社の境内に男児四人の絶叫がフルコーラスで響く。

 見れば男児四人はまとめて縛り上げられ、御神木に吊されていた。

「悪ガキ食うほどワシはボケとらんわ!!」

 その悪ガキならぬ勇たち四人を吊したのは、この神社の神主、荒木兜太あらぎとうた、御年なんと九〇歳。

 高齢とは思えぬほど育ち盛りの子供四人を単身でまとめて木に吊すなど、身体の衰えを感じさせない。

 あの比企虎太郎をトラ坊と呼び、手玉に取るように投げ飛ばすなど老いは見かけだけかと噂されている。

「何度注意したら分かるんだ。この悪ガキどもが! 神社でサッカーするな、防空壕には入るなと口を酸っぱくして言っておろう!」

 神主が激怒し、男児四人を一人も逃さず捕まえて御神木に吊した理由。

 それは禁止されたサッカーを境内でするだけでなく、立ち入り禁止である防空壕にまで入り込んで遊んだからだ。

 姉の優希が釘を刺してきたことなど、遊ぶ前から忘れたことさえ忘れていた。

 もっともあっさり捕まった理由が、揃いも揃って『ここは俺に任せて先に行け!』を四人同時にやったからだったりする。

 互いに助け合う精神は素晴らしいも、これでは一網打尽にされるわけだ。

「え~そうだっけ~」

「はじめてきいた~」

「今知った~」

「もうお年だから言ったと思いこんでんだな」

 男児四人は叱り飛ばされようと、どこ吹く顔。反省など微塵も抱かず、素知らぬ顔ですっとぼけているときた。

「生憎、ボケと死期はまだまだ遠いわ!」

 全く懲りない悪びれない男児四人に荒木は吊した縄を揺らす。

 連動して振り子のように左右へと激しく揺れる男児四人から絶叫がした。

「ぎゃああああ、揺らすな! 揺れるのはタ○チ○○ンと恋心だけにしてくれ!」

「ゲロが出る! 出ちまう! 昨日、姉ちゃんのプリン勝手に食ったのが俺だとゲロっちまう!」

「あ~パンツにチ○コ食いこんでる!」

「ヤベーう○こ漏れそう!」

 言葉の重さの割に男児四人の顔は笑っており、捕縛された状況ですら楽しんでいるときた。

「だからおまえたちは罰当たりなんじゃ!」

 お叱りが雷として落ち、男児四人は一斉に笑うのを急停止。別に身を縮み込ませた訳ではなく、揃って、どの口が言うかと呆れた顔で困惑していた。

「御神木に俺たち吊している時点で、神主のじいちゃんも十分罰当たりだよ!」

 勇の抗議に他の三人は強く頷いた。

 この御神木は島で最初に植林されたエンジュの木。

 今日、エンジュの山に聳える全ての木々の原木。

 塩害に強いエンジュの木は薬の原料となることから、島の貴重な収入源となった。

 だからこそ当時の人々は植林の成功と島の発展を祈って、最初の木を御神木として祭ったとの記録が残されていた。

「わしがおまえらを吊したのは御神木に叱ってもらえという意味じゃ!」

「はぁ? 意味わかんないよ!」

「頼むからその年でボケるのやめれくれ!」

「冗談のボケか、本当のボケか見分けられん!」

「おじいちゃん、もうおしめは変えたでしょう?」

 吊されてなお好き放題の悪ガキ四人に、荒木がとった次なる行動は――

「しばらく反省しておれ」

 縄を御神木の幹に固く結びつけて固定すること。

 そのまま四人に背を向けて歩き去っていた。

 御神木に叱ってもらえ、反省しておれの意味、男児四人は顔を見合わせることなく即座に理解した。

「こんのハゲジジイ~放置すんじゃねえ!」

「捕虜にメシ与えないなんてペンギン条約違反だぞ!」

「ネグレクトすんな! そんなんだから目に入れても痛くない曾孫娘、東京の男に穫られるんだよ!」

「さあ、今すぐ縄を解くんだ! 今なら昼飯の示談で済ませてやる! ああ、メニューは焼き肉でいいぞ! 時間無制限の食い放題だ!」

 放置ネグレクトに対する交渉ネゴシエートを行おうと神主は聞く耳持たず。

「あ~耳が急に遠くなってのう、なに言っておるかさっぱりだわ~あ~さっぱりさっぱり~」

 わざとらしく耳に手を当て呆けるフリをする荒木。

 にたりと口端に笑みを受けたまま社務所へと消えていった。

「「「「くたばれ、クソジジイ!」」」」

 渾身の抗議が勇たち四人から炸裂したのと大地が激しく揺れたのは同時だ。

「「「「痛って!」」」」

 揺れにて縄は千切れ、男児四人は盛大な尻餅をつく。

 目から火が出たと揃って喚いた時、視界はブラックアウトした。

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