第4話 高見の見物は飽きただろう!
龍夜は身を素早く伏せると同時、脚をバネのように縮めては力を込める。
「はっ! ほっよっと!」
全身を大きく逸らせ、反転する形で後退する。
先まで立っていた場所に、蹴り潰した瞬間を狙いすました小蜘蛛が左右から急迫するも正面衝突で顔面を激突させていた。
乱戦に置いて立ち位置と間合いは生死を分ける。
同じ場所に立ち続けるのは愚行。
狙ってくれと言っているようなもの。
常に移動を心掛ける一方、敵を目ではなく肌で掴み取り、全体の流れを把握する。
「間合いが、短いのが、難点だが!」
異世界の戦闘においてガガルとは前衛同士だからこそ、連携は必須であった。
龍夜が日本刀に対して、ガガル=ガオルワは鍛えられた肉体を活かした格闘術がメインだった。
武器は手足の延長故に、間合いは負けようとそれをものともせず踏み込み、一撃を入れる。遠方から矢や魔法が飛んでこようと放たれた時には既に避けている。
「ガガルのおっさんは目の前の敵に集中していながら常に周囲全てを知覚していた!」
もはや達人の領域。
勇者の龍夜とて命中する寸前で知覚するのがやっとだった。
「俺もまだまだ鍛錬が足りないな!」
潰し損ねた小蜘蛛が真上から強襲する。
糸を使った立体的な機動だ。
視界で捉えるよりも先に動いた左手で小蜘蛛の頭を掴み取り、背後から飛んできた別なる小蜘蛛に投げつけて激突させる。
一人、二人小蜘蛛を倒そうと意味はない。
激突した小蜘蛛たちの影に隠れて別の小蜘蛛たちが迫る。
「どりゃっ!」
龍夜は宙で身体を右へと捻れば、右脚を大鎌のように振るい、小蜘蛛たちを蹴り払う。
身体の捻りと降下の反動を脚に込めた一蹴に小蜘蛛たちはなす術もない。
「せいっ! ていっ!」
まだまだ小蜘蛛は残っている。
龍夜は右に左にと緩急をつけながら小蜘蛛たちを翻弄し、間髪入れず拳を打ち込んだ。
「はあああっ!」
息を吸い込み、精神を整えながら呼吸を全身に行き渡らせる。全身に行き来する血液に意志を乗せるイメージを強く抱き、リビルドを行き渡らせる。
「
呼吸を密に、意識を強固に。
本来のスキルは全身にリビルドを皮膜状に展開させ、身体強化、それも防御力を城壁の如く高めるもの。
ガガル=ガオルワが乱戦時によく使用する継戦能力強化のスキルであった。
「だりゃあああっ!」
叩き潰し、蹴り潰し、踏み潰す。
打ち漏らした小蜘蛛を逃がすことなく打ち倒す。
もちろんのこと、疑似的に再現しているだけで皮膜効果も身体強化もない。
ただ手甲・脚甲を媒介にして変異体にリビルドを叩き込む。
想いは強さ。
そこにあるとあればあるように、強き生きた意志は死した意志を塗り潰す。
そして屋上に立つのは龍夜一人となり、周囲には変異から解放された子供たちの骸が散らばっていた。
「いい加減、高見の見物は飽きただろう! 降りて来いやあああああああっ!」
龍夜は蜘蛛型変異体が足場とする糸の一つを掴み取れば、力の限り引きずり降ろした。
「コールコールコール!」
蜘蛛型変異体は痺れるような奇声を上げながら屋上に引きずり落とされる。
本来なら複数の医療従事者でまとまった変異体だからこそ、それ相応の重量を持つ。
これは意図せぬことであったが龍夜が糸を掴んだと同時、糸を介してリビルドが電流の如く蜘蛛型変異体に流れ込んでいた。
もっとも当人はバランスを崩す形で引きずり落とすことを強く意識したため、糸にリビルドが流れると気づくのはほんの少し先である。
「マスイマスイマスイ!」
蜘蛛型変異体は無数の手足を激しくバタつかせ、龍夜の接近を拒む。
徒手空拳であるからこそ、間合いは短く、獲物や手足が長い相手には不利だ。
反転した蜘蛛の口がやにわにとすぼまる。
唾を吐くかのように無数の何かが龍夜に向けて放たれた。
「せいっ! はっ! とおっ!」
龍夜は手甲や脚甲纏う手足を振るい、その何かを弾き逸らす。
シールドを使わなかったのは、構える間がなかったからだ。
硬い金属質の音が屋上に響き、龍夜の足下には無数の注射針が散らばっていた。
「ちぃ、抜かった!」
忌々しげに龍夜は舌打ちする。
左肩に注射針の一つが突き刺さっていた。
すぐさま針を肩から抜くも、走る痛覚に鈍さを覚える。
「この感覚、麻酔か!」
打ち込まれて数秒と経たずとも左手指先の感覚が鈍い。
戦闘時における感覚麻痺は致命的だ。
龍夜はすぐさまストレージキューブから状態異常回復薬を取り出そうとする。
だが、蜘蛛型変異体が見逃してくれるはずがない。
無数のメスを龍夜に突き入れた。
「ぐううっ!」
どうにか右手甲で防ごうと、全てを受けきれず、肌に創傷を刻んでいく。
それでも動脈など致命傷に至る箇所への攻撃は許さない。
「ここは、俺の間合いだ!」
一斉に突き出されたメスを龍夜は力の限り右手甲で跳ね上げる。
花弁の如く無数の手が放射状に広がり、頭部ががら空きとなる。
右拳に意識を強固に込め、医療従事者の頭であり複眼を為す部位に突き入れた。
青白き閃光が暗き屋上を染め上げる。
「があああああっ!」
悲鳴を上げたのは龍夜だった。
突き入れた拳を受け止めるのは電気ショック。
シールド代わりに龍夜の拳を受け止めるだけでなく、カウンターの電撃でその身を激しく痙攣させる。
本来ならラミコ鋼の効果で外圧は逸らされるはずだが、電流は広範囲に拡散され龍夜の全身を貫いている。
当たり前であるが防ぎきれるのは防ぎきれる面だけ。
全身に火薬を塗布され、着火されたような激痛が全身を襲い、視界が激しく明滅する。
逃れたくとも電流で硬直した筋肉では指先一つ動かすことすらままならない。
「マスイマスイマスイ!」
動けぬ龍夜に向けて再び注射針が蜘蛛の口から放たれる。
今度は龍夜の身体前面に全て突き刺さり、身体から感覚どころか意識さえ薄めていく。
(くっそ、こんなところで!)
意識が、視界が霞んでいく。
龍夜の身体は両膝から崩れ落ちた。
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