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男の額に
しかし、それでも尚男とリュウの額は
(何でこんなクズ野郎と見詰め合ってなきゃならねぇのか意味不明だが、コイツがちゃんと死んだか確証が取れねぇと消せねぇからな)
暫くそのまま我慢し、男が白目を剥いたままピクリとも動かず、呼吸もしていないことを確認すると、リュウは漸く
一秒でも早く憎き男との睨めっこから脱したいところだが――
(っていうか、この状態で頭、どうやって動かせってんだ?)
試行錯誤すると、少し動いて、頭部だけのリュウは上を向くことに成功した。
「やったな、コウ……」
「うん。やったね、リュウ……」
「……やったぜ、姉貴……」
すると、空からポツポツと何かが降ってきた。
それは雨粒だった。
「ハッ! あの日以来、雨は大嫌いだったが……今日の雨は、そこまで悪くねぇな……」
(雨か……もしこの雨粒を飲み込んだら、胴体のねぇ俺の場合、それはどこに行くんだろうな)
(っていうか、この身体、どうやって元に戻せば良いんだ!? クソジジイがなんか言ってたような気もするが)
リュウが天を仰いで思考していると――
「やっぱりこうなった! もう! あと頭しか残ってないじゃない!」
――視界の中に千夏が入って来た。
いつものスウェットにパーカーだが、それにニット帽とマスクを着用し、変装していた。
「てめぇ、どうしてここに!?」
「最後の一回まで使い切って、それで何とか勝つって、ギリギリ過ぎでしょ! 負けてたらどうする気だったの!? 本当、信じらんない!」
「………………」
「しょうがないわね。はい、これで良いでしょ?」
千夏は胸元から伊達眼鏡を出して掛けると、その姿をリュウに見せた。
「お?」
すると、失われた身体が一瞬で元に戻った。
(『眼鏡を掛けた女を見ること』だったか。あともう一つあった気がするが、まぁいいか)
「どう? ありがたくて涙が出そうでしょ? 這い蹲って感謝しても良いのよ?」
薄い胸を張り高飛車に告げる千夏に対して、リュウは顔を顰める。
「コイツ、面倒臭ぇ。コウ、交代だ」
そう言うと、リュウは瞬時にコウと入れ替わる。
「ちょっと! 聞き捨てならないわね! 誰が面倒臭いよ!」
「ごめんね千夏ちゃん。リュウはちょっとシャイなだけなんだよ」
「何がシャイよ! ただ態度が悪いだけじゃ……え? 今何て言ったの? 千夏……ちゃん?」
「あ、ごめん。馴れ馴れしかったよね。じゃあ、やっぱり千夏さんって呼ぶね」
頭を掻いて申し訳無さそうにするコウに対して、千夏は腕組をして視線を外し、小さな声で呟く。
「……別にそのままで良いわよ」
「え?」
「『ちゃん』で良いって言ってんの! 二回も言わせんじゃないわよ!」
「ありがとう。じゃあ、千夏ちゃんで」
「ふん! 特別よ! あんたたちが大事な家族のことを想って必死になって戦うのが、ちょっとだけ格好良かったから。そのご褒美よ。言っとくけど、本当にちょっとだけだからね! 調子に乗るんじゃないわよ!」
「うん。……っていうか、千夏ちゃん、僕たちが戦ってるのを見てたの?」
「そうよ! どうせあんたは苦戦するんじゃないかって思ったから、わざわざ来てやったのよ! 失った身体が元に戻るように、あんたがあたしの方向に身体を向ける度に伊達眼鏡掛けて角から覗いてあげてたわ。なのに、ちっとも見ようとしないし!」
「ごめん、戦闘に必死で気付かなかったんだ」
「ふん!」
そっぽを向く千夏。
「あと、あんたがお爺ちゃんのことを殺そうとしたこと、あたしはまだ許してないんだからね!」
「うん、本当に悪かったと思ってる。だから、せめてもの罪滅ぼしに、家に帰るまで僕が千夏ちゃんを守るよ」
思わぬ言葉に、千夏が声を荒げる。
「バ、バカじゃないの!? 命を狙われてるあたしが危険を冒してまで外に出て来てあげたんだから、そんなの当然だし、わざわざ言うことじゃないわよ! 黙ってやれば良いの!」
「そうだね。じゃあ、黙ってやるね」
そう言うと、コウは千夏をお姫さま抱っこして猛スピードで走り出した。
「きゃっ! 何してんのよ!?」
「え? だって、こうやって僕が抱えて走った方が速いし。千夏ちゃんを危険な目に遭わせないためには、一秒でも早く家に帰った方が良いから」
「だ、だからって、こんなの……! 大体、お姫さま抱っこなんて、付き合ってる二人がすることで……」
恥ずかしいのか、最後の方は口籠もってしまった。
「え? 『お姫さま抱っこ』の後、何て言ったの? 付き合って――?」
「あーあーあーあー! 何でも無いわよ!」
最初はジタバタしていたものの、暫くして諦めたのか、千夏は頬を赤く染めながらもされるがままにする。
一方コウは――
今までは、姉の仇を討つために必死だったため意識していなかったが、よくよく考えて見ると、今の状況がそれまでの彼にとってかなり異質であることが、冷静に飲み込めて来た。
(よく考えたら、お姉ちゃん以外の女の人とこんな風にちゃんと話すなんて初めてだし、女の子がこんなにも近くに! しかも可愛いし!)
遅ればせながら、コウも頬を紅潮させる。
「ち、千夏ちゃん! なんで僕、こんな恥ずかしいことしてるんだろ?」
「知らないわよ! っていうか、なんで強引にお姫さま抱っこしたあんたが恥ずかしがってんのよ!?」
「いや、だって、勢いで……」
「じゃあ、さっさと下ろしなさいよ!」
「そ、それは駄目だよ! 危ないし、早く帰らないと……」
「ああ、もう! い、い、か、ら! 下ろしなさ~~~~~い!!!」
羞恥と苛立ちの混じった千夏の叫び声が、秋雨が優しく降り注ぐ夜の街中に響き渡った。
※―※―※
その後。
千夏が言うには、高浜開明――博士は身体が不自由な人や厳しい環境に住む人たちがより豊かな人生を歩めるように、みんなのためを思って純粋にニューコンタクトを作っただけであるらしかった。
『身体強化』のコンタクトで、身体の不自由な人が自分の足で歩けるようにしたい。
『水』のコンタクトで、砂漠に雨を降らせたい。
『炎』のコンタクトで、極寒の地にて一瞬で暖を取れるようにしたい。
彼が抱いていたのは、そんな思いだったそうだ。
それを悪用して犯罪に用いデビルコンタクトを生み出し博士に全ての責任を擦り付けたのは終楽園という別の者で、今はまだ分からないが必ず居場所を突き止めると千夏は約束した。
青塚は、ならばそれまで他のデビルコンタクト退治を行うと言い、身寄りがないという話を聞いた博士は、青塚に一緒に暮らさないかと提案して、三人は一緒に暮らすことになった。
元々当時の隠れ家は一時的なもので、新たな隠れ家を建設中だったが、廃ビル地下の隠れ家の噂が広まっていることを知って、博士は新しい隠れ家の建設を急ピッチで進めた。
程無くして三人は新たな隠れ家、つまり現在の家――ラボへ移り住んだ。
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