29

 コウは学園を出て、ヒットランドスクエアへと全速力で走っていた。

 すると、眼鏡を通じてメッセージが来た。

 千夏からだ。

 脳で思考して眼鏡を操作する。

「もしもし、千夏ちゃん、どうだった?」

「見取り図はデータで送っておいたわ。ハッキングして建物内の防犯カメラを全部調べたけど、犯人は一人だけよ。男で、パッと見では武装はしてないわね。場所は、犯人のメッセージ通り、最上階の『スタープロムナード』よ。って言っても、エレベーターとエスカレーターを乗り継いでいく一番上、四十六階のデッキじゃなくて、そこを下りた四十四階の方ね。ロの字に曲がって行くと一番奥、階段の下の方にいるわ。今言った順に向かった場合、こちらから見て犯人の直ぐ右側に女の子が縛られて地面に転がされているわ。あと、建物内にいた他の人たちは全員避難したみたい。あれだけの商業施設で、これだけ迅速な避難。きっと施設管理者の初動が良かったのね」

 ヒットランドスクエアは二百四十七mの超高層商業ビルだ。リュウが跳躍の階段代わりに使ったヨーノ学園スパイラルタワーよりも更に八十メートル近く高い。ヒットランドスクエアはL字型のビルであり、縦に長い方のビルの最上階には屋外展望施設があり、横に長い方のビルには、ネオールやムイ・グトンなどのブランド店がテナントとして入店している。『スタープロムナード』とは、縦長ビルの最上階の屋外展望施設のことだった。

(武装はしていないって言っても、恐らくデビルコンタクトだろうから能力を使って攻撃はしてくる……けど、銃で武装とかされてたら、それはそれで心構えが必要だし対処の仕方も変わってくるし、ありがたい情報だ)

「千夏ちゃん、助かるよ! ありがとう!」

「べ、別にあんたのためじゃないんだからね! 誘拐された子が可哀想だからよ!」

「うん、ありがとう!」

 そう言って電話を切ろうとするコウに対して、「あ、そう言えば」と、千夏が続けた。

「一応何台かドローンを飛ばして外部からの映像も見てみたんだけど……建物内に入るのは、一筋縄じゃいかなそうよ」

 ラボの上、地上にある雑居ビルの屋上には、小屋のような小さな建築物である塔屋――倉庫があり、いざという時のためにその中に収納してあった複数のドローンを使ってくれたらしい。

「え? それってどういう……」

「行ってみたら分かるわ。後は何とかしなさい」

「……分かった! 色々ありがとう!」

「ちゃっちゃとやっつけて、救って来なさい!」

「うん!」

 通信を切ると、目的地へと猛スピードで駆けて行く。

(千夏ちゃんが言ってたのは、どういう意味だろう?)

(……って、アレのことだろうな……)

 遠くからずっと見えていた謎の巨大物体。

 茶色の塊としか言いようの無いそれは、位置的にヒットランドスクエアで間違いないらしく。

「……泥だな」

 巨大な泥の塊――『壁』或いは『膜』とでも言った方が良いだろうか。

 ヒットランドスクエアがあるべきはずの場所にコウが辿り着き、建物があった場所を見上げる。

 誰かが警察に連絡したらしく、皆周囲の建物に避難してシャッターが締められており、誰もおらず静まり返った大通りの中、ソレはあった。

 L字型の付け根、本来なら入口がある場所にいるコウが見上げると、泥が、ヒットランドスクエアの建物全体を包んでいた。

 ご丁寧に、きちんと建物の輪郭に沿って、L字型に包んでいる。

「っていうか、気持ち悪っ!」

 泥はまるで生きているかのように蠢いており、それはつまり――

「デビルコンタクトの能力だな。っていうか、この光景……こんな離れ業出来るのは、それしかないし」

 いずれにせよ、この泥の壁を突破しないことには、話にならない。

「じゃあ、まずは駄目元で、普通に斬ってみるか――」

「――ハッ! しょうがねぇな!」

 一瞬でリュウに入れ替わると、

「オラァ!」

 と、通常の眼鏡剣グラッシーズソードで斬ってみる。

 しかし、泥が分厚くて全く斬れない。

「ちっ! やっぱ奴等の能力と俺の眼鏡剣グラッシーズソードは相性悪ぃな」

 仕方ないのでコウに戻って、眼鏡斬グラッシーズスラッシュで斬ろうとするが――

「『眼鏡グラッシーズ――』」

「どい……て……!」

 後ろからの声で、反射的にコウが横に跳ぶと――

「!」

 一瞬前までコウがいた場所を四重の猛炎が通過し、泥にぶつかった。

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