24

 八年前の事件を思い出し、観音寺紗希は改めて自分に誓った。

「必ず……殺す!」

 拳を強く握り締め、顔を上げると、ゆっくりと歩き出した。


※―※―※


 数日後。

 学校から帰宅してリビングにいたコウは、博士に作ってもらった器具を使って筋トレをしていた。

 すると、コウの眼鏡へ千夏から通信が来た。

「直ぐに来て!」

 千夏の仕事部屋に入り、モニターを見ると――

 観音寺紗希が氷のデビルコンタクトと交戦中だった。

「またあの子が襲われたのよ! それでまたあんたに助けに行って貰お……って、あれ? でも、何だか優勢ね。このまま勝っちゃうんじゃない?」

 確かに、一見すると観音寺紗希が押しているように見える。

「いや、でもこれは……! 行って来る!」

 コウは、何かに気付いて部屋から飛び出して行った。

「ちょっと! 場所は?」

「分かってる! 駅の向こう側の路地裏だ!」

 

※―※―※


 時間は少し遡って、ラボとは逆側の葉空駅近辺の路地裏にて。 

 何気無く観音寺紗希が歩いていると。

「!」

 殺気を感じて、観音寺紗希は転んだ振りをして、一歩分身体の位置をずらした。

 振り向くと、直前まで彼女がいた場所を巨大な氷柱が真上から貫いていた。

「ほう。眼鏡にも拘らず悪運の強いことですね、お嬢さん」

 曲がり角から現れる男。たった今危うく殺され掛けた観音寺紗希は――歓喜した。

 銀色の長髪、切れ長で冷たい目。

 男の瞳と身体は、共に銀色の光に包まれている。

 あの男だ。ついに見付けた。

 だが、無駄な興奮は戦闘には不要だ。

 家族の仇に対する憤怒とどす黒い殺意を以って、何年間も待ち望んだ標的に出会えた高揚感を捻じ伏せ抑え込む。

 必要なのは、殺すための行動。それだけ。どちらにせよあの事件以来、感情が表情に表れることはほぼなくなったので、先程の歓喜も気付かれてはいないだろう。

 観音寺紗希は、わざと身体を震わせる。恰も恐怖で動けない、そんな素振りで。

 氷柱を見て、男を見て、そこで初めて男の正体に気付いたをする。

「これは……デビル……コンタクト……?」

「眼鏡を掛けている貴方が悪いのですよ」

 近付いて来る男。

「やめて…… それ以上……来ないで」

 もっと近付いて来い。

「残念ですが、それは出来ない相談です」

 もう少し。

 さり気なく、相手の接近を嫌がるかのように手の平を相手に向ける。

「お願い……やめて……」

「眼鏡は捌かれるべき悪です。恨むなら、眼鏡を掛けるだなどという迂闊な行動をした自分を恨みなさい」

 ここだ!

 観音寺紗希は、至近距離まで近付いた男に対して、向けていた右手の角度を変えて指を揃えて相手に向け、手袋型の火炎放射器を操る。

「『四重……火炎クアドルプル……フレイム』!」

 親指以外の四本の指から、四重になった巨大な火炎が噴出、男に襲い掛かる。

 ――が。

「『氷槍アイススピア』!」

 同じく男が至近距離から発動した氷の槍――巨大な氷柱によって、相殺された。

「くっ……!」

 思わずその場から素早く離脱する観音寺紗希。

 男は口角を上げた。

「ヒヒヒ! ワタシが気付かないとでも思ったのですか? 今までに倒したデビルコンタクトが、身体強化五人、物体操作一人、水が一人の計七人ですか。貴方は派手にやり過ぎたのですよ」

 不意打ちは失敗。

 でも構わない。殺すのが少し遅くなるだけ。

「家族の……仇……!」

「ほう。家族のために復讐ですか。無駄なことを」

 観音寺紗希が鋭い眼光で男を射抜くが、男は意にも介さない。

 男は「あ~、ところで」と、世間話でもしているかのような声色で質問した。

「貴方の家族って、どんな人たちですか? 眼鏡を掛けた人間なんて、殺し過ぎて覚えていなくてですね。ワタシ、貴方の家族を何人殺したんでしょうか? 一人ですか? それとも二人? まさか三人以上なんてことは……ああ、まさかそうなんですか!? それはそれは……とても申し訳ないことを……ヒヒヒ! ヒヒヒヒヒ!」

 心底申し訳ないような演技をしていた男だったが、堪え切れずに最後は笑い出した。

 顳顬に青筋を立てて、観音寺紗希が叫ぶ。

「殺す! 『二倍……四重……火炎ダブル……クアドルプル……フレイム』!」

 構えた両手それぞれの四本の指から、四重になった巨大な火炎が勢い良く飛び出し、一直線に男に向かう。

「『氷移動アイスムーブ』!」

 それに対して男は、足場を氷だらけにして、その氷を操り増減させて素早く移動して避ける。

 間断無く火炎を浴びせ続ける観音寺紗希だったが、その度に男は氷を操作して上下左右、縦横無尽に素早く動き回って回避、尚且つ空中に生み出した『氷槍アイススピア』で攻撃して来る。それを観音寺紗希は跳躍して躱す。

 互いの技が交錯し、空中に紅白の華が咲き乱れる。

 激しい攻防の中、観音寺紗希は冷静に分析する。

 男の動きは速い。が、目で追える。

 更に、人を嘲ることに快感を感じているあの輩の動きには癖がある。

 わざとギリギリまで回避しなかったり、右へ行くと見せ掛けて左へ動いたり。

 徐々にそれらを把握し始めた観音寺紗希は、両手それぞれで『四重火炎クアドルプルフレイム』を僅かにタイミングをずらして別々の角度に放ち、男の先回りをして行く。

「おっと。今のは危なかったですね。眼鏡の癖になかなかやりますね、お嬢さん。ヒヒヒ!」 

 あと、男は『氷槍アイススピア』を一本ずつしか飛ばして来ない。

 それが『氷移動アイスムーブ』と『氷槍アイススピア』という二つの技を同時に使いながら出せる限界なのか、それともわざとなのか。

 どちらでも構わない。全て燃やし尽くすのみ。

 次第に追い詰められる場面が増えて来た男が体勢を崩した瞬間――

「『極限……火炎アルティメット……フレイム』!」

 観音寺紗希が素早く両手を内側に向け、両手首を接触させ手の平を相手に向けると、手袋型火炎放射器が結合して両手首部分に穴が開き、そこから巨大な炎が噴出される。

 路地裏全てを覆いつくさんとする炎は直接男を狙ったものではなく、男の下の氷に向かって飛び、男がそれまでに生み出した氷全てを一瞬で燃やし尽くす。足場を失い上空から落下を始めた男は空中で初めて焦りの色を見せる。

「くっ! 『氷移動アイスムーブ』!」

「『極限……火炎アルティメット……フレイム』!」

 男が再び足場を作るため足から氷を生み出して眼下の地面へと繋げようとするが、その前に観音寺紗希が再度発動した極大の炎が目の前に迫る。

「ちっ! 『氷槍アイススピア』!」

 空中に無数の氷柱が出現し、男は落下しつつ炎を迎撃する。

 男は地面に着地する。が、想定外の炎に押されて余裕が無いのか、『氷移動アイスムーブ』を使えない。

「あああ……あああ!」

「ヒヤアアアアアアア!」

 特大の炎を放ち続ける観音寺紗希に対して、男は数多の氷柱で対抗する。

 ――が、徐々に押されて行き――

「ぐぁっ!」

 相殺し切れず、男は吹っ飛ばされてビルの壁に激突した。

 吐血し蹲る男に観音寺紗希が近付く。

 服も本人も殆ど燃えていないことから、恐らく激突の瞬間まで氷柱を出し続けて僅かながら炎を相殺し続けていたことが見て取れる。

 やっと。やっとここまで来た。

 これで、三人の無念を晴らせる。

 積年の思いを胸に、右手の指を揃えて男に向ける。

「父さんと……母さんと……兄さんの……仇……! 死ね……! 『四重クアドルプル――』」

 だが――

「がはっ!?」

 ――次の瞬間、観音寺紗希は腹部と左腕と左手を鋼鉄の巨大な棘で貫かれていた。

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