2
編入学前の事前の挨拶を済ませた青塚が校長室を出て、何気無く教室棟の方へと歩いて行くと、廊下から男女の声がした。
「この眼鏡女!」
「眼鏡に人権なんてねーんだよ! ケケケ!」
「やめて! 返して!」
どうやら、茶髪と金髪の男子生徒が女子生徒に対して絡んでいるようだった。黒髪ボブの女子生徒は小柄で、男子高校生二人に挟まれると、身体が見えなくなってしまうほどだ。
「眼鏡はダメだっつってんだろうが! さっさとコンタクトにして来いよ! 何度も言わせんなよ、この眼鏡女! こんなクソ眼鏡を大事にしやがって!」
「どんだけ頑張ったって、お前が最後なんだよ! お前が眼鏡じゃなくなれば、この学校から眼鏡はいなくなるんだからよ!」
「お願い! やめて! 返して!」
茶髪の男子生徒が女子生徒の眼鏡を取り上げているらしく、女子生徒は手を伸ばして悲痛な声で何度も叫んでいた。その両目には涙が浮かぶ。
「お願い! お願いだから! 返して!」
「おーおー、必死だな。そんなに大事か? じゃあ、守ってみろよ。大事な眼鏡さまを、よ」
そう言うと、茶髪の男子生徒は女子生徒の眼鏡を地面に落として、振り上げた足で全力で踏み潰そうとした。
「これで眼鏡は絶滅だ!」
「ダメーーーーーーー!」
そう叫ぶと、女子生徒は茶髪の男子生徒の身体の下に潜り込み、眼鏡を自分の身体で庇った。その頬を涙が伝う。
しかし、そんな女子生徒の様子を見ても動作を止めようとはせず、何一つ躊躇することなく足を振り下ろし続ける茶髪の男子生徒。二人の男子生徒が下卑た笑みを浮かべる。
女子生徒は、すぐに自分の身体に訪れるであろう衝撃と痛みを覚悟しつつ、それでも尚、「神様!」と、毎日繰り返される地獄に対して、何かに縋らずにはいられなかった。
その直後――
ドン、という大きな音と共に茶髪の男子生徒の足は振り下ろされ、足はその衝撃を存分に与えた。
――地面に対して。
「は!?」
「えっ!?」
驚く男子生徒二人。
すると、少し離れたところにお姫さま抱っこした女子生徒を優しく床に下ろす青塚がいた。
突然現れた青塚を見て、男子生徒二人が苛立った声を上げる。
「なんだてめぇ!?」
「どっから現れやがった!?」
呆然とする女子生徒を庇う形で前に立つと、青塚は男子生徒二人を見詰めた。二人とも青塚よりも少し背が高い。
「えっと、彼女が何か悪いことをしたのかな?」
予想外の質問に、彼らは一瞬言葉を無くすが、直ぐに笑い声を上げた。
「ケケケ! 眼鏡掛けてるだけで罪なんだよ! そんなことも知らねぇのか、お前?」
「っていうか、この学園に眼鏡掛けた男なんているはずが……そうか、お前が転校生だな? 良いぜ、歓迎してやるよ――」
そう言うと、茶髪の男子生徒が胸元に握り締めた右拳を水平に放った。勢い良く右へと放たれた拳は壁にぶつかって――
「ヒッ!」
轟音に女子生徒が悲鳴を上げる。
拳が当たった壁には大きな穴が開いていた。
「――この『身体強化』のコンタクトでな!」
茶髪の男子生徒が左手を目元に当てつつそう言い放つ。
すると、男子生徒二人の双眸が白く光った。と同時に、身体も白い光に包まれる。
慌てて手に持っていた眼鏡を掛けて、女子生徒は懇願する。
「お願い! この人は関係ないの! この人には手を出さないで!」
しかし――
「駄目だ。コイツは俺たちの邪魔をしたからな」
「そもそも、コイツも眼鏡だ。俺たちが見逃す訳無いだろうが、ケケケ」
そう言って口角を上げる二人に、女子生徒は血の気が引いて行く。
もうお仕舞いだ、自分を助けてくれた見知らぬ転校生まで目茶苦茶にされてしまう。
そう思って絶望感に心が支配された女子生徒に対して――
「大丈夫だから」
振り返り、一言だけそう告げると、青塚は男子生徒二人に対峙した。
「食らいやがれ! 眼鏡野郎!」
『身体強化』の力だろうか、一度の跳躍で一気に距離を詰めた茶髪の男子生徒が右ストレートを繰り出す。
「いやあああああ!」
次の瞬間に訪れるであろう惨劇を予想して、女子生徒は目を瞑った。
すると――
「がはっ!」
――轟音と共に壁に身体が減り込み、悲鳴が上がる――が、それは茶髪の男子生徒だった。白目を剥いており、どうやら気絶しているらしい。
「え!?」
何か違和感を感じて目を開いた女子生徒が、目の前の光景に唖然となる。
「お前!? 何しやがった!?」
予想外の事態に金髪の男子生徒が問うが――
「さっき君たちが既に穴開けてたから、もう一つ二つ増えても問題ないよね?」
青塚は質問には答えず、校舎の心配をしている。
「お前、ふざけんじゃねぇぞ!」
怒り狂った金髪の男子生徒が、素早く距離を詰めて左ストレートを放つ。
先程茶髪の男子生徒に対しては相手の右ストレートを自分の頭を左側に移動して避けつつこちらも右ストレートで合わせて顔面に当てるというライトクロスカウンターを行った青塚が、今度は相手の左ストレートに合わせて右ストレートを外側から放つ通常のクロスカウンターを狙う。
――が、金髪の男子生徒はニヤリと笑うと、左ストレートをピタリと止めて、代わりに右足で上段回し蹴りを放った。
クロスカウンターを狙い右ストレートを放っていた青塚には、それを避ける術は無いと思われた――
「ぎゃあ!」
――が、いつの間にか頭上に振り上げていた左足を勢い良く振り下ろし、青塚は自身の頭部を狙い振り上げられつつあった男子生徒の右足の甲を打ち落としつつ踏みつけた。男子生徒の右足が床に減り込む。
痛みで前屈みになった男子生徒に対して、振り下ろした左足でそのまま相手の足ごと床を蹴って跳躍し、身体を捻りながら男子生徒の頭部側面に右足で水平に蹴りを放つ。
「ぐはっ!」
大きな音と共に、金髪の男子生徒は茶髪の男子生徒の横の壁に減り込んだ。
「何で……『身体強化』の俺たちが……眼鏡なんかに……負……け……」
そこまで言うと金髪の男子生徒は意識を失った。ピクピクと痙攣しており、流石『身体強化』だけあって、こちらも死んではいないらしい。
「まぁ、鍛えてるからね」
さらりとそう言う青塚。先程まで何の違和感も無かった青塚の制服は、上下共に盛り上がった筋肉でピチピチになっていた。
「えっと、大丈夫だった?」
生身の人間が『身体強化』のコンタクトをつけた男たちに完勝するという事態に、目を見開き口をあんぐりと開けるしかない女子生徒に対して青塚がそう言うと。
「え? あ、はい! 大丈夫です! 本当にありがとうございました!」
「はっ!」と我に返ると、女子生徒は慌てて立ち上がり、ペコリとお辞儀した。
「良かった」
心底安堵した表情を見せる青塚を見て、肩の力が抜けた女子生徒はふと訊ねた。
「あの、お名前を聞いても良いですか?」
「僕は青塚光龍だよ。君は?」
「えっと、私、二年の
「同学年なんだね。宜しく、長浦さん」
青塚がそう言うと、長浦芽衣は、
「こちらこそ宜しくお願いします」
と、畏まって答えた。
すると青塚が笑顔で言う。
「同い年なんだし、敬語は止めようよ」
「分かりまし……分かった! えっと、青塚君は、転校生だよね?」
「そうだよ」
「時間が中途半端だし、もしかして、今日は挨拶に来た感じ?」
「うん、そうなんだ」
「へぇ~、そっかぁ」
と、ここで一瞬間が空いた。
すると――
(うわぁ! 今更だけど、女の子だ! 普段、千夏ちゃん以外でこうやって女の子と喋ること無いから緊張する! それに、なんか……ちょっと似てるし……)
と、内心で思いつつ、今更ながら気恥ずかしくなる青塚。
『眼鏡の女子を助けねば』という使命感で動いていた先ほどまでと違い、少し落ち着いた状況になってみると、急に自分が置かれている立場を意識してしまったらしい。
「青塚君」
「ひゃいっ!」
「……どうしたの、いきなり?」
「い、いや、少し似てるなぁって……じゃなくて、な、何でもないんだ。ハ、ハハハ」
「ふ~ん。まぁいいや。で、青塚君は何組か聞いてる?」
「た、確か2―Cだよ」
「え? 本当!? 私と同じクラスだ! 一緒に授業受けるの、楽しみにしてるね!」
「う、うん」
満面の笑みを浮かべる長浦芽衣に対して、青塚は引きつった笑顔を浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。