第16話 アルバイト

 大きな窓から明るい日差しが差し込んでくる。

月島家に招待された俺は、食後の紅茶と一緒にデザートを楽しんでした。


「――優斗さん、折り入ってお願いがあるのですが、バイトをしてみませんか?」

「それは内容にもよりますが……」


実は俺自身、短期バイトを考えていた。

学用品、文房具も去ることながら、果歩と出かけたいとも考えている。


「来週の土曜日、当家の敷地にある迎賓館で、萌亜さんの誕生パーティが行われます。問題はそのパーティで、萌亜さんは選んだ相手とダンスを踊らなければなりません」


お母さまは『はぁ』とため息をつき、俺の顔をチラッと見た。

嫌な予感がビンビンと伝わってくる。

ついでに目の端で捉えた萌亜は、恥ずかしそうに顔を伏せている。


まさか、ね……


「踊ってやれと?」

「いいえ。さすがに頼めません。萌亜が選んでこそ価値があるのです。問題はそこではなくて、萌亜が踊れないことにあるのです」

「はぁ? 萌亜、どうなっているの?」


俺は呆れた視線を萌亜へ向けた。

だが、彼女は頬を膨らませてパッと横を向く。


「萌亜……?」

「きょ、去年までは踊れないと言って逃げていました」


ポツリと白状した。

おいおい、上級国民の常識は知らないけど――

お嬢様がそれじゃ駄目でしょ!


とにかく、コイツは駄目だ。


「それでお母さま、今年はそうは行かないと?」

「はい…… えっ、お、お母さま?! そ、その呼び方、わ、悪く無いわね」


お母さまは両手で自ら身体を抱きブルッと震えた。

大丈夫かこの親子……

ていうか、そもそも『お母さま』って呼ぶ様に言い出したのは貴女でしたよね?


「それで、騎士ゆうじんの優斗さんにはこれから二週間、萌亜さんのダンスパートナーとして練習に付き合って欲しいのです」

「あの、踊ったことすら無いのですが?」


社交ダンスと言えば、確か平日の市民体育館なんかで踊っているのを見たことが有る。庶民でダンスが踊れるとすれば、元気なお年寄り位だろう。


「ええ、だからお願いしています。お互いに支えあって、関係を深めつつダンスを習得できれば良いかなと」

「うーん、こっちのメリットがなぁ…… バイトと言うからには、バイト料は出るのですよね?」


なかなか、引き下がらないお母さまへ、単刀直入にバイト料を尋ねた。


「一回あたり、一万円。休日なら倍額でどうでしょう? もちろん送迎、食事込みの料金です」

「ふえっ!?」


一万円と言えば、俺の一カ月分のお小遣いに匹敵する。

しかも、その金額が回数制によって支払われるとなれば――

乗るしかない、このビッグウェーヴに。


「良いでしょう。この三島、全力でお嬢様のお役に立ちたいと思います」

「優斗君!」


萌亜が感極まったように俺の名を呼んだがスルー。

そもそも、お前がだらしないからこうなった!

俺は執事の早坂さんがやるように、片手を胸に当てて雇用主であるお母さまにお辞儀した。


金の力は偉大だ。

お母さまが、『お願い』というキーワードを出した直後から、断らなきゃいけないと考えていたが、提示された金額には逆らえなかったよ。


だって無理だろう。

普段の小遣いがひと月一万円――

そんな金額が萌亜の練習に付き合うだけで手に入るのだ。


つまり、童話『アリとキリギリス』でいう所のアリとキリギリス両方の良い所取りをする様なもの。

楽しく踊れば金になる。

しかも破滅はない。


そう言うことだ。

捕らぬ狸の皮算用で微笑む俺を見て、


「現金ね」


お母さまが見て笑う。


「お金のことだけに……」


俺は遠い目をした。


「良いでしょう。では、練習自体は優斗さんの可能な日にお願いするということで、今日は衣装合わせをしましょう…… そうとなれば、早い方が良いわね。早坂!」

「はい、奥様」


音もなく早坂さんが姿を現す。


「うちの優斗さんが、萌亜のダンスの練習相手を受けてくれることになりました。彼への送迎をお願いします。まずは、すぐに二人の練習用の衣装を見繕ってください」

かしこまりました」


目の前で展開されるやり取りに、俺は身震いした。

この先どうなるか、なんて全く予想がつかない。

分かっているのは、踊ってお金を稼ぐバイトをするってことだ。


ふと、気付くと俺の隣に萌亜が立っていて、なぜか片手を俺の肩に乗せている。

振り返ると、俺の視線を受け止めてにっこりと微笑んだ。

そこまで親しい仲ではないでしょ?


「それでは、萌亜さま、優斗さま、参りましょう」


指示を受けた早坂さんは、直ぐに主人の命令に動いた。

俺は無言で立ち上がって、早坂さんに頷いた。


「しばらく学校が終わっても一緒なんてドキドキしますね」


屈託のない笑顔で俺の顔を覗き込む。


「ま、まあ、バイトだし…… でも、お金を貰う以上、一生懸命お相手するさ」


なんて気取ってみた。

すると萌亜が俺の腕に、自らの腕を絡めてしな垂れかかってくる。


「萌亜さん?」

「時間は有限ですから、早く行きましょう」


そう言われたら、何も言えない。

早坂さんを先頭に歩き出し、そんな俺たちの姿をこれまた嬉しそうにお母さんが見送っていた。


「しっかりね!」


そんな言葉まで添えて……



レッスンルームにて――


「「こんな服しかないのですか?」」


俺と萌亜さんは口を揃えて、早坂さんに抗議した。


揉めているのはダンスの練習着のことだ。

クローゼットにあった練習着ウェアは、どれも体のラインがはっきり出るようなもので思春期の俺たちにはかなり厳しい。


言い換えれば社交ダンスより、バレエをイメージさせるウェアのデザインだ。


「早坂…… これでは、恥ずかしくてダンスどころではありません」


萌亜さんなんて練習着ウェアの上からバスタオルを羽織って隠している。

そのくせ、俺の股間をガン見してたりもする。


(こいつ! お前、お嬢様だろう?)


隙を見てバスタオルを取り去ったら、聞いたことが無いような奇声を発していた。


「こ、こ、こ、こ、こっちを見ないでぇ!」

「ご、ごめん…… ! って、こっちのセリフだ!」


とうとう、喧嘩を始めた俺たちに、早坂さんはため息をついた。


「仕方ありませんな」


その後、レッスンルームに集った俺たちは、学校の体操服に着替えていた。


「ま、まあ、練習着ウェアの件は、私の方から奥様に話しておきます」


どこか残念そうな早坂さん。

後日、聞いたらあのぴったりとした練習着ウェアは早坂さんの趣味だった。


「では、後ほど優斗さまはスケジュールの確認にお付き合いください」

「あ、よろしくお願いします」


そんな訳で――

明日以降、俺は月島家にて萌亜お嬢様のダンスの練習相手となったのである。

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