第21話 僕は思い切って

 僕は思い切って、スマホの海里自宅をタッチする。

「もしもし、あの海里さんのお宅ですか。僕、海里さんの同級生で鬼無と言います」

「はい、はい、あら今日、優奈と一緒に出掛けた人かしら。今日はお世話になります」

 すごく優しい感じの人だ。これなら話やすい。

「えーっと、海里さんのお母さんですか? いま、海里さん意識がなくなっていて、さっきまで「血圧低下、心拍数低下、体温低下、生命維持機能の全般的な低下がみられます。緊急事態発生」ってうわごとにようにつぶやいていたんです。どうすればいいんですか? 」

「えっと、ちょっと待ってね。 あなた! 」

 受話器の先で、なにか二人で話し合っている声が聞こえる。


「ああ、電話変わりました。優奈の父の幸一郎です」

「あの、さっき、言ったんですが」

「それは、時々、優奈に起こる発作だ。心配しなくていい」

「それでも」

「落ち着きなさい。確かに命の危険はある。だが、対処方法はあるんだ。今どこに居る」

「私鉄の小田中線に乗っていて、後十分ほどで新塾駅に着きます」

「そうか、駅で救急車を呼びたまえ。それで行き先は、私たちの勤めている大学付属病院だ」

「分かりました」

「よろしく頼んだぞ」

「はい」

 僕は、すぐに車掌さんを呼んで、さっき、海里さんの父親が言っていたことを告げる。

 車掌はすぐに救急車と人を手配している。後は新塾駅に着くのを待つばかりだ。

 僕はその間、自分自身を落ち着けるため、ずーっと冷たくなった海里さんの手を握っていた。


 一方、海里さんの家では、

「おい、優子、すぐに大学付属病院にいく用意をしろ。優奈が危険な状態だ」

「優奈最近、調子が悪かったけど、やっぱり……」

「どうやら、原因はさっき電話を掛けてきた男だな」

「鬼無くんが原因かどうかわからないでしょ」

「お前は会ったことが在るのか?」

「あるわけないでしょ。いつもあなたと一緒なのに」

「それもそうか……」

「しかし、優奈にその……、恋愛感情なんてあるのかね?」

「大丈夫でしょ。大体、あの年頃の女の子はみんな耳年増だからね、知識は豊富に吸収できるわよ」

「そういうものかな?」

「私たちの研究も一歩進んだということね」

「だが、優奈は……、人体実験の研究材料じゃない!」

「そんなことわかっているわ。私がお腹を痛めて生んだ子なのよ。生まれた時、命があるって分かった時の嬉しかったこと」

「だが、それだけだった…… 」

「あなた、用意できたわよ。車で、此処から二〇分。優奈が大学付属病院に着く時間とほぼ同じになるわね」

「ああっ」

 二人は車に乗り、勤め先の大学付属病院に急ぐのだった。


 一方、鬼無真治と海里優奈を乗せた電車が、新塾駅に到着した。

 プラットホームでは駅職員が乗客を整理し、先に駅に着いた救急車から担架を抱え降りたった救急隊員が待機している。

 僕は優奈さんをお姫様だっこして、駅職員の誘導ですぐさま救急隊員の所に急いでいく。

 救急隊員は、すぐさま担架を広げ、僕はその担架に優奈さんを横たえる。

「あの、この人のご両親は大学付属病院の教授で、時々起る発作らしいのです。応急処置は、特に必要ないとのことです。早く大学付属病院に! 」

 僕は、海里さんが救急隊員に脈や瞳孔など色々されているのを見て、苛立っていた。それに、野次馬も集まってきている。

「わかりました」

 救急隊員はすぐに、担架を担ぎあげると、改札口に向かう。僕も後を追っている。改札口を通らず、特別通路を通って駅の表に出た。僕は一応、切符をそこで渡し、そのまま道に止まっている救急車に向かう。


「すみません。同行をお願いしていいですか? 」

「もちろん」

 救急隊員が、僕に同行をお願いし、僕も即答する。

 救急車が、サイレンを鳴らし走り出す。僕は、相変わらず、優奈さんの手を握っている。

「大学付属病院の海里教授といえば、夫婦で脳外科医で、脳研究の第一人者の方ですね」

「えっ、海里さんのご両親の専門は、脳外科なんですか?」

「そうです。そう聞いています」

 海里さんは脳の病気なんだろうか? 脳が発作を起こすなんてことがあるのだろうか?

 僕は海里さんの症状をとても心配して顔を覗き込む。

 海里さんって本当に色が白くて、ホクロとしみかまったくないな。それでまつ毛が長くて。僕は思わず優奈さんの乱れた髪を撫でる。

 あれ、額の真ん中に結構大きなホクロがある。直径2ミリぐらいかな。これって、仏ボクロって言うんだっけ。考えのまとまらなくなった僕を無視して、救急車が大学付属病院の救急搬送口に滑り込んでいく。

すでに救急車から連絡を受けて、大学付属病院の職員が入り口で待機している。

 二言三言、救急隊員と職員が話をすると、救急隊員はストレチャーに優奈さんを乗せ、処置室に運びこむ。僕も一緒に行こうとして、大学付属病院の職員に呼び止められた。

「君が鬼無くんか? 」

「はい」

「ここまで付き添ってくれてありがとう。ここから、彼女は面会謝絶、絶対安静だ。君には気の毒だがここまでだ」

「いや、待ってください。僕は……」

「これは、海里さんのご両親のご命令なんだ。申し訳ないと、そして感謝しているとも伝えてほしいとのことだ」

「そうですか。海里さんのご両親が……」

「ああ、もうすぐこちらに到着するらしい。すぐに処置に入るから、君に会えなくて残念だと伝えてくれと」

「分かりました」

 さすがに、海里さんのご両親に言われれば帰るしかない。僕は海里さんが運びこまれたICU(集中治療室)責任者 海里幸一郎と書かれた処置室の扉に白衣を袖に通しながら急ぎ足で飛び込んでいく紳士と淑女を遠目にしながら、僕は処置室を後にした。

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