19話。アッシュを欠いた一番隊、飛竜の群れに大苦戦する

「ひぃやああああ! もう無理ですぅ!」


 サーシャは飛竜から火炎のブレスを浴びせられて悲鳴を上げた。

 サーシャは魔法障壁を展開して、逃げ遅れた村人たちを守っていた。だが、もう魔力が限界だった。


「ゼノス隊長、援軍を回してください!」


 タブレット型の携帯通信魔導端末に向かって叫ぶ。

 サーシャたち【神喰らう蛇】の一番隊は、危険度A以上の魔獣討伐専門部隊だ。


 今回、新隊長ゼノスの指揮の元、飛竜の群れの討伐に当たっていた。

 飛竜は険しい山に生息しているが、餌が激減してルシタニア王国北部の村々を襲うようになっていた。


 そこで早急に飛竜を討伐して欲しいという依頼を北方領主から受けた。家畜だけでなく多くの村人まで食われてしまって、甚大な被害が出ているという。


 ちょうど、サーシャたちが村に到着したと同時に飛竜の群れが襲来し、そのまま戦闘に突入した。


『ああん!? こっちも手一杯なんだよ

! 逃げ遅れたクズどもなんぞほっぽり出して、お前こそ俺様を助けに来い!』

 

 通信魔導端末から、苛立ったゼノスの返答が響く。


 副隊長のサーシャは、村人をまず避難させるべきだと主張したが、ゼノスはそれを却下した。

 【神喰らう蛇】が受けた依頼は『飛竜の討伐』であって村人を守ることは、仕事内容に入っていない。


 領主からは「戦闘で村にどれだけ被害が出ても構わないから、とにかく飛竜を全滅させてくれ」と頼まれていた。

 なるべく早く、枕を高くして眠りたいそうだ。


 そんな考え方をする貴族に、サーシャは怒りを感じる。重税をかけておきながら、なぜ村人を救ってくれと頼まないのか?


「アッシュ隊長なら、ひとりでも多くの人を救おうとしましたよ!?」


 サーシャは仕方なく、ひとりで村人の避難誘導を行っていた。

 『上司の命令は神の命令』が【神喰らう蛇】の掟だが、目の前で人が死ぬのを見過ごしてはおけなかった。


 南に広がる森に逃げ込んで身を隠せば、巨体の飛竜は追ってきにくい。そこまで、なんとしても村人たちを連れていかねば……

 子供を喰らおうと、上空から飛竜が急降下して来る。サーシャはすかさず魔法で迎撃した。


「【氷嵐(ブリザード)】!」


 極低温の氷の嵐が飛竜を貫く。飛竜はきりもみして墜落した。


(やったぁ!)


 だが大量の魔力を消費したサーシャは、目眩を覚えた。


「ああっ、お姉ちゃん……!?」


 片膝をついたサーシャを、少女が心配そうに振り返る。

 ちょうど、サーシャの病気の妹と同じ10歳前後の女の子だ。

 なんとしても、この子を守らねばと、サーシャは気力を振り絞る。


『ああん!? 知るか、そんなこと! 金にならねぇような苦労を背負い込むのは、バカのやることだ!』


 切羽詰まったゼノスの罵声が届く。彼にも余裕が無いようだ。


 今回の仕事の見通しは、完全に甘かったと言わざるを得ない。敵の数が予想より、はるかに多かったのだ。

 200匹近い飛竜が、空を覆っていた。

 家畜小屋からは、飢えた飛竜に噛みつかられた牛の断末魔が聞こえてきた。村に火の手が回って、混乱に拍車をかける。


『チクショ! 剣聖である俺様が突っ込めばなんとかなると思っていたが……コイツら!?』


 空を飛べる飛竜と、近接攻撃を得意とする剣聖ゼノスは相性が悪い。

 ここはサーシャのような遠距離攻撃のスペシャリストを中心に戦い、ゼノスはその援護に回るべきだ。だが、ゼノスは自らの手柄にこだわって、無茶な突撃を繰り返していた。


 ゼノスは前隊長のアッシュより自分の方が優れていることを証明したいようだが、サーシャの中でのゼノスの株は下がる一方だ。

 ゼノスは仲間を活かす術を知らない。民の救援にも興味がない。およそ、最悪の上司と言えた。


「ちッ! ゼノス隊長の指揮には付き合いきれないね! サーシャ、アンタが代わりに指揮を取りな! あたしはアンタに従うよ」


 サーシャに襲いかかってきた飛竜の両目に、矢が突き立つ。

 彼女の隣に駆け寄ってきた少女は、【狩女神(アルテミス)】のリズ。百発百中の弓使いだ。


「リズ……!?」


『おいリズ、勝手に持ち場を離れるじゃねぇ! 俺様を援護するんだ!』


「突撃しか能のないイノシシ野郎と、心中なんざゴメンだね! アンタが前隊長より優れているってんなら、ひとりで飛竜どもを全滅させてみな!」


 リズは叫びながらも次々に矢を放ち、飛竜の目に命中させる。飛竜を倒すことより、弱体化させることを目的にした戦い方だ。


 視覚を潰されても飛竜は匂いを頼りに獲物に襲いかかるが、攻撃精度はかなり落ちる。

 リズにやられた飛竜は、彼女への攻撃をミスして家屋に突っ込んだ。


「ありがとうリズ! これなら、なんとかみんなを逃がせるわ!」


 サーシャの心に希望が灯った。


『リズ、てめぇ! クビにされてぇのか!?』


「クビ? 勝手にしな。あたしは元々、親の仇の魔獣に復讐したくて、冒険者になったのさ。それと同じ状況が目の前で起きていて、見て見ぬ振りしろなんざ、冗談じゃないね!」


 リズは大声で笑い飛ばす。


「副隊長サーシャより、一番隊各員に通達! これより敵の殲滅より、身を守ること。村人の保護を最優先! 村人を守りながら、森のポイントα地点まで後退してください!」


 サーシャは通信魔導端末に向かって叫んだ。リズのおかげで腹が据わった。この場にアッシュがいたなら、きっとこうしただろう。


『了解! 敵の数が多すぎる。ここは有利な地形まで退くのが上策だな』


 他の隊員たちから了承を告げる通信が入ってきた。ポイントα地点は大木の密集地帯で、飛竜の攻撃から身を隠すにはうってつけだ。

 常に最悪を想定して、有利に戦える地形や逃走経路を確保しておく。これは前隊長アッシュから教わったことだ。


『はぁ!? サーシャ! なにを勝手な命令を出してやがる! お、おい、お前ら、俺様を置いて後退するな!』


「今のアンタに従うのは、自殺志願者だけだよ!」


 怒鳴り散らすゼノスを、リズがせせら笑った。隊長ゼノスの命令に従う隊員は、いないようだ。


(みんなを援護しないと……!)

 

 サーシャは村人と一番隊の援護のため切り札を使うことにした。懐からミサンガを取り出すと、鼻に近づける。


「はぅ! アッシュ隊長の匂いが! ああっ、愛を感じぃるぅうううッ!」


 このミサンガはアッシュがお揃いで買ってくれた思い出の品だ。ふたりで一緒に生きて帰るという願いが込められていた。

 サーシャの爪先から脳天までを、痺れるような快感が突き抜けた。


「きた! きた、きた、来ましたよ──ッ! アッシュ隊長成分、120%充填完了です!」


 その途端、サーシャは身体の内側から、強大な力が湧き上がるのを感じた。

 サーシャのスキル【エレメンタルバースト】は、強い快感をトリガーにして発動する。

 これは火、風、水、土の四大属性魔法の効果を30分だけ3倍に高め、魔力の消費量も3分の1にするというものだ。再発動に24時かかるため、おいそれとは使えない。


 この極限状況下では、例えアッシュのミサンガを使っても、スキル発動に必要な快感を得られるか微妙だった。なにしろ、どっぷり妄想に浸かる時間がない。

 だが、リズのおかげで安心してクンカクンカできる時間を確保できたおかげで、スキルを発動できた。

 持つべきものは友である。


「【雷嵐(テンペスト)】!」


 サーシャは魔法を放った。荒れ狂う雷撃が、空を舞う飛竜どもを打ちのめす。数匹が墜落して地面に激突した。


「お姉ちゃん、すごい!」


 少女が目を丸くする。


「これが愛の力ですぅ!」


「いや、まあ。アンタの性癖はどうかと思うけど……」

 

 リズは軽く引いていた。


「さあ、みんな今のうちに!」


「はい!」


 サーシャの指示で、村人たちは一目散に森を目指す。

 途中から、一番隊の他のメンバーが合流してくれたため、より安全に逃げることができた。


 飛竜たちは案の定、木々の太枝に阻まれて急降下攻撃ができなくなっている。

 そこをリズの弓矢が狙い撃ちにした。サーシャも最後の力を振り絞って、攻撃魔法を放つ。

 形勢が不利となった飛竜の群れは、反転して逃げ出した。一同は安堵の息を吐く。


「ふぅ~、今回はヤバかったね」


「はい。あのまま戦っていたら、隊員の中からも死傷者が出たと思います。無理をせず後退して助かりました」


 サーシャは木にもたれかかって、身体を休めた。そうしながらも、警戒心は緩めない。

 

「ゼノス隊長……あれはダメだね。バカな指揮官、敵より怖いってヤツだよ。剣の腕が立つだけってんなら、平隊員にとどまっておくべきだよ」


「指揮官としての経験をゼノスさんに積ませるのが、マスターの狙いなのかも知れませんが……」


「はん! それに付き合わされる身にもなって欲しいね! こんなことが続くようなら、あたしも【神喰らう蛇】を抜けて、アッシュ隊長とまたパーティを組もうかね」


 それができるリズを、サーシャは心底うらやましいと思った。

 サーシャは妹の治療費を稼ぐために、収入が落ちるような選択肢を取れない。

 本当なら、サーシャもアッシュを追いかけて行きたかった。


(アッシュ隊長、今、どこにいらっしゃるのですか?)


 サーシャはミサンガを握りしめながら、アッシュに思いを馳せる。


「ありがとうございます! みなさんのおかげで助かりました!」


 村長と思わしき男が、サーシャに歩み寄って礼を述べた。

 サーシャはその賞賛を素直に受け取ることができなかった。本当なら、もっと多くの人を助けられたかも知れないと思うと口惜しい。


「……いえ、多大な犠牲を出してしまって」


「胸を張りなサーシャ、この人たちを助けられたのはアンタの手柄だよ!」


 サーシャの背中をリズが叩いた。

 そう言ってもらえるとありがたい。

 帰ったら、命令違反でギルドマスターの闘神ガインからどやされるだろが。


「ヒャアアアアッ!?」


 その時、火だるまになったゼノスが駆け込んできた。飛竜のブレスの集中砲火を浴びたようだ。

 ゼノスはサーシャの足元までヘッドスライディングして動かなくなる。


「ゼノスさん!?」


 サーシャは慌てて氷の魔法をゼノスに浴びせて、鎮火した。これでもう完全に魔法は打ち止めだ。

 ゼノスは全身を痙攣させている。


「……気絶したようだね。まっ、しばらく静かで助かるね」


 リズが呆れた様子で、彼を見下ろした。

 【神喰らう蛇】の一番隊は、ゼノスを隊長にしたことから確実に弱体化していた。

 この先が思いやられた。

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