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  • さらさらと、
    目から心の中へ流れ込んでくるような物語にとても居心地の良さを感じました。
    私の理解力が及ばず、一回軽く読み通しただけでは、物語として何が伝えたかったのかわかりませんでしたが、まず素敵だなと思ったのは、地名を入り交ぜながら淡々と語っているところです。全く抵抗のない文章力が素敵です。

    一つだけお聞きしたいことが。
    冒頭で”どうしても見過ごせない、悩ましい点がひとつだけある。それは、叔父が亡くなったのが〜”とありますが、なぜ見過ごせなかったのでしょうか?叔父の亡くなった日付に何か深い意味でも、、?
    こちらの読み取り能力の不足でしたら申し訳ありません。少々気になったので、、、。

    作者からの返信

    拙作をお読み頂きありがとうございました。
    楽しんで頂けたようでなによりです。

    ご質問の件ですが――、

    ①:まず、冒頭の叔母の歌は、普通に解すると『あの人が亡くなった時を無理やり問われて私は、「桜の林が満開の季節だった」と答えた』となります。

    ②:ですが、叔父が死んだのは秋。桜が咲くのは春――なにかがおかしい。

    ③:と、ここで回想がはいり、ある年の春、作者は、叔父の墓が桜の林のすぐそばにあったことを知り、その咲いているところを写真に撮って叔母に報せたことを思い出します。

    ④:つまり、叔母はここで、叔父は死後(自分たちを捨ててでも)桜たちと一緒にいたかったことを知る。

    ⑤:すると、②~④の内容を踏まえると、冒頭の歌の意味が変わる。『あの人を失った時を無理やり問われて私は、「桜の林の満開の下」と答えた』――となる。

    ⑥:そうして、叔母にこのことを気付かせてしまったのは、③④で見た通り、作者が不用意に、勘ちがいしたまま送ってしまった、桜の林の写真であったことを――歌の内容と叔父の死の時期の差から――作者は知ることになる。

    ⑦:なので作者は、「どうしても見過ごせない」そうして「(自分にとって大変)悩ましい」点がある――と書くことになるわけですね。


    どうでしょう? ご理解頂けたでしょうか?

  • とても綺麗でした。


  • 編集済

    "「私は無趣味だから」が口癖だっ〜成功するかどうかも分からない、そんな企てなのである"

    比較的長さのある文にも関わらず、日本語固有の母音が分散する韻律が整えられ、かつ助詞の音の重複もない、心地の良いものです

    "こちらの年齢が追い付いたために"

    ここも好きです

    "風はまだ冷たかったが、その細木の花たちは、あかく照った葉の隙間から、まばらだが、確かに、満開の色を滲ませていて"

    語彙は好きです。おそらく触感や視線の動きをなぞったものですが、韻律に関しては改訂の余地がありますね。狙いや目指すものの違い、好みの問題なので柔軟さがあるときっと書いていて楽しいでしょう



    なるほど。
    2週目で景色が変わる作りをされていらっしゃるのですね


    "叔父が亡くなるまでの四十数年間、ケンカらしいケンカは皆無だった"

    ここが前振りになっていたのですね

    "若宮の歌などは、叔母のことを想う叔父の姿がそのまま重なるようで"

    そのままの意味だったようですね

    "叔父さんは、この花を、私たちに見せたかったのではないでしょうか?"

    こういう心の抉り方は結構好きですよ

    "あの人を分かろうとしても、あの人は、それを決して許そうとしなかったの"

    人類学を学ぶ人間として、これは興味深いです。叔父は自他境界が自分とそれ以外ではっきりしており、共感性、社会帰属の乏しさがうかがえる。中国人と間違われると嫌悪を覚える場合があるように、自分という社会帰属に、異なるものが入り込んでくるのは磁石的な反発を感じるものです




    燃やす、という行為を攻撃性として抽象化するのも悪くないですが、ここではさくらになぞらえているのでしょう。桜は散るものです。結実したものが、散る。であるなら、叔父の結実の象徴である小机とノートを燃やすのでしょう。それでこそ、というものです。

    語り部の使い方も良いです。三人称にすると入り込めない領域、描写も、人という語り部のおかげで味と色をつけられる。そして入り込ませない使い方も。



    "彼のひとの うせにし時を しい問われ さくらのはやしの 満開のした"

    韻律から見ると、脚韻はありませんが、"し"、より詳細に言うとsの摩擦音の頭韻があるようですね。これが特徴的な韻律を作っています。aとiの母音を中心とした韻律ですが、揃えるとより統一的な語感を生み出せるかと。"の"の韻律も悪くないですが、真ん中の句の、sの押韻とぶつかり合ってる印象ですね。"裸にダイナマイト"という言葉をご存知でしょうか。インパクトのあるものがぶつかり合うと対消滅する、という意味です。
    好みの問題に直面すると思いますが、技術的な美しさは誰が見ても同じなので、そのバランス感覚は養いたいですね。









    私の創作スタイルとして、"全てに意味を与える"というものがございます。
    このような作品をお書きするのでしたら、拙作がどのように見えるのか、お伺いしたくなります

    作者からの返信

    丁寧なご感想ありがとうございました。

    すべてにお応えするのは――やってみたい気持ちもありますが長くなり過ぎるので――止めておいて、すこし気になった点をひとつ。

    問題の、叔母が詠んだ歌について。

    これは、”私は無趣味だから”が口癖の、まったくの素人である叔母が、叔父への想い(それがどんなものかは、結局分かりませんが)に突き動かされ、たぶん、人生に一首だけ詠んだ歌なのだと想います。

    ですので、この程度の綻び・稚拙さはあった方が、歌そのものとしては、より味わいがある――と、そんな風に私には想われましたが、如何でしょうか?