陰謀の調査

 グラースとの協力体制を固めた俺とリファは、早速行動に移った。

 兄から提供された情報は多岐にわたったが、まずは最も確実性が高く、かつ公爵の裏の顔を暴くのに効果的と思われる「黒曜商会」の倉庫を当たることに決めた。

 表向きは美術品などを扱う貿易会社だが、その実態はバフェル公爵の資金洗浄と禁制品密輸の拠点だという。


「貴族街の外れとはいえ、夜警の目はある。油断は禁物だ」

「ああ。だが、だからこそ動きやすいとも言える。まさか公爵も、自分の懐にいきなり飛び込んでくる馬鹿がいるとは思っていないだろう」


 再び夜の闇に紛れ、俺たちは貴族街の裏路地を進む。リファの気配遮断は完璧で、まるで闇そのものが移動しているようだ。俺も魔法で気配を消し、魔力探知で周囲の警戒を怠らない。王都の夜は静かだが、その静寂の下には様々な陰謀が蠢いている。


 やがて目的の倉庫が見えてきた。人通りが途絶えた区画に、それはひっそりと佇んでいた。石造りの頑丈そうな建物で、入口の上には「黒曜商会 第一倉庫」の看板が掲げられている。周囲に衛兵の姿はない。


「見た感じ、物理的な警備は手薄だな。問題は魔法か」

「頼んだぞ、トーア」


 リファは短く応じると、音もなく近くの建物の屋根へ駆け上がり、大剣を抜いて周囲を警戒する。月明かりの下、その銀色の刃が冷たく光った。


 俺は倉庫の壁に慎重に近づき、内部探知の魔法を発動させる。

(……警備兵が二人。入口と奥の管理室に魔力感知型の警報トラップ。解除は可能だが、念のため別の罠がないか……いや、大丈夫そうだ)

 砦でダルウィーに魔道具の構造を叩き込まれたおかげで、トラップの種類と解除方法は大体わかる。


「まずは音を消す。沈黙魔法」


 倉庫周辺に音を遮断する結界を展開。次に扉の鍵に手をかざす。


「解錠魔法」


 カチャリ、というごく微かな音。重厚な鉄の扉が抵抗なく開いた。音もなく中に滑り込む。


 倉庫の中はひんやりとしており、様々な匂いが混じり合っていた。高価そうな香辛料、薬品、そして間違いなく禁制品であろう甘ったるい麻薬の匂い。積み上げられた木箱には、見慣れない異国の紋章が押されているものもある。


(なるほど、ここで密輸品を受け渡し、資金洗浄も行っていたわけか)


 内部探知で把握していた警備兵の位置へ、影のように進む。通路脇の小さなテーブルで、二人の男が突っ伏して居眠りしていた。酒瓶が転がっているところを見ると、勤務中に一杯やっていたらしい。


「緊張感がないな。氷拘束」


 無詠唱で魔法を発動。眠りこける二人の体を、一瞬で氷像に変える。彼らが目を覚ますことは、しばらくないだろう。

 俺はそのまま倉庫の最奥、管理室と思われる扉の前へ進む。ここにも魔力感知型のトラップが仕掛けられていた。


「これも解除だな。解除魔法」


 魔力を慎重に流し込み、トラップの魔導回路を無力化する。それから解錠魔法で鍵を開け、扉を静かに開けた。


 管理室の中は、倉庫とは打って変わって整理整頓されていた。大きな執務机の上には、帳簿らしきものが数冊と、インク壺、そして使いかけのペン。壁際には大きな鉄製の棚があり、厳重に鍵がかかっている。ここが公爵の裏仕事の心臓部だろう。


 俺はまず、机の上の帳簿を手に取る。


(第二王子派への送金記録……間違いない。日付、金額、金の流れ……グラースが掴んでいた情報と一致する。それに、このリストは……武器密輸か。反乱でも起こすつもりか?)


 帳簿には、公爵の野心が生々しく記録されていた。これだけでも十分な証拠になる。俺は他の帳簿も素早く確認していく。


(麻薬、禁制品、奴隷……いや、これは違うな。人身売買ではなく……『素体』の取引?)


 眉をひそめる。奴隷とは違う、不気味な単語が記されていた。詳細な記述はないが、何か非人道的な研究に関わっているのかもしれない。


 そして、一番下の帳簿を開いた時、俺は息を飲んだ。

 走り書きのようなメモが挟まれていたのだ。


「『女神の揺り籠』……探索部隊派遣……『古代遺物』……回収急務……魔の森……座標……」


 断片的な単語。だが、俺にはその意味が痛いほどわかった。バフェル公爵は、やはり『女神の揺り籠』の存在を知り、その力を探っていたのだ。おそらく、王位継承争いを有利に進めるため、あるいは更なる野望のために。


(やはり繋がっていたか……!)


 確証を得て、帳簿を懐に仕舞おうとした、その瞬間だった。


 ザシュッ!

 鋭い殺気が背後から迫る。


「しまっ!」


 咄嗟に身を捻り、床を転がる。

 直前まで俺がいた場所に、黒い短剣が深々と突き刺さっていた。


「ほう、勘がいい。だが、ここで終わりだ、トーア・カシート」


 声の主は、いつの間にか音もなく管理室の入口に立っていた。黒装束に仮面。手にした短剣には禍々しい紫色の光が宿っている。毒か、呪いか。プロの暗殺者だ。


「貴様、バフェル公爵の手の者か!」

「……貴様の行動は全て把握していた。この管理室こそが貴様の墓場となる」

「情報が筒抜けだったか……グラースめ、詰めが甘い!」

「死人に言い訳は不要だ」


 暗殺者が低い姿勢から、紫の光を放つ短剣を構え、床を蹴る。

 狭い室内での戦闘は極めて不利だ。


「リファ!」


 俺は咄嗟に叫び、同時に氷壁魔法で暗殺者の足元を凍らせ、動きを一瞬阻害する。


 ガシャン!


 それとほぼ同時に、管理室の壁が外から轟音と共に粉砕され、リファが大剣を構えて飛び込んできた。


「遅いぞ、トーア! 油断しすぎだ!」

「悪かった! そいつ、手強いぞ!」


 リファの大剣スカーレットバスターが、暗殺者の毒短剣と激しく打ち合う。

 火花が散り、金属音が室内に響き渡る。


「ちぃっ、手練れか!」


 暗殺者はリファの実力を見て取り、一旦距離を取る。リファの剣技は辺境砦でも屈指だ。たとえプロの暗殺者でも、真正面から打ち合うのは分が悪い。


「だが、二人まとめて葬ってくれる!」


 暗殺者が懐から複数の黒い球を取り出し、床に叩きつける。


 パァン! パァン! パァン!


 閃光弾と、おそらくは毒か麻痺効果のある煙幕弾。


「リファ、伏せろ! 息を止めて!」


 俺たちは咄嗟に床に伏せ、息を止める。強烈な光と音、そして鼻をつく異臭が部屋を満たす。


(まずい、視界も悪い上に毒煙か)


 体勢を立て直そうとした瞬間、煙幕の中から暗殺者の気配が鋭く迫る。


「トーア!」


 リファが俺を庇うように前に出る。

 大剣が煙幕を切り裂き、迫る刃を弾く音が聞こえる。


「くそっ、このままじゃジリ貧だ!」


 俺は魔力感知で暗殺者の位置を探りながら、反撃の機会を窺う。


(敵は一人、だが動きが速い上に毒持ち。リファが前衛で抑えている間に、俺が魔法で決めるしかない!)


 俺は床に手をつき、土魔法を発動させるイメージを練る。


「リファ、足元に注意しろ!」

「言われずとも!」


 俺が合図を送ると、リファは大きく横に跳んで暗殺者の攻撃を回避する。その瞬間、俺は床から無数の土の槍を突き出させた。


「なっ!」


 暗殺者は咄嗟に後方へ跳んで回避するが、体勢が崩れる。


「今だ!」


 俺は立ち上がりざま、両手に炎と氷の魔法を同時に構築する。


「逃がさん!」

「炎よ! 氷よ!」


 二つの相反する属性の魔法が、暗殺者めがけて同時に放たれる。


「ぐっ……! 小賢しい!」


 暗殺者は毒短剣で氷を砕き、身を捻って炎を避けるが、完全に回避することはできず、黒装束の一部が燃え上がる。


 好機。

 俺はさらに追撃の魔法を――と思った瞬間、暗殺者は再び煙幕弾を投げつけ、今度は窓を突き破って外へと逃走した。


「逃がしたか!」

「追うぞ、トーア!」


 俺たちは煙を払いながら窓へ駆け寄る。外の闇夜に紛れ、暗殺者の姿は既に見えない。


「くそっ、逃げ足だけは速いな!」


 リファが悔しげに悪態をつく。


「いや、深追いは危険だ。それより証拠を確保して撤退する。追手が来るぞ」


 俺は冷静に判断し、机の上の帳簿と、念のため魔法でこじ開けた鉄製の棚にあった重要そうな書類を素早く掴む。


「リファ、行くぞ!」

「了解!」


 俺たちは破壊された壁から倉庫の外へ飛び出す。案の定、周囲の建物から新たな敵の気配が迫っていた。


「待ち伏せか!」

「数が多いな! キリがないぞ!」


 次々と現れる黒装束の敵。矢や魔法が降り注ぐ。


「リファ、道を切り開く! 合わせろ!」

「心得た!」


 俺はリファの背後から、広範囲の爆裂魔法ブレシングボマーと風魔法を組み合わせ、敵の陣形を強引にこじ開ける。リファはその隙を見逃さず、大剣で薙ぎ払いながら突進する。


「邪魔だ!」


 敵が次々と吹き飛ばされる中、俺たちは再び王都の裏路地の闇へと駆け出した。背後からは多数の追手の気配が迫っている。


「しつこいな!」

「このままじゃ、カシート家に戻る前に捕まる!」


 走りながら俺は懐の証拠を確認する。これを無事にグラースに届けなければ。


「トーア、あれを使え!」


 リファが叫ぶ。辺境砦を出る前にダルウィーから「緊急用」だと無理やり渡された、試作品の魔道具のことだ。


「だが、あれはまだ調整が不十分で、何が起こるか……!」

「やるしかないだろう!」


 覚悟を決め、俺は収納から手のひらサイズの、複雑な回路が刻まれた球体を取り出す。


「頼むぞ……! 発動!」


 俺が魔力を込めると、球体は一瞬、夜空を昼に変えるほどの眩い光を放った。視界が真っ白になり、同時に体が強く引っ張られるような感覚に襲われる。


(転移……か!? だが、どこへ――)


 光が収まり、ふらつく足で着地した場所は……古びた石造りの広間だった。そして目の前には、驚愕と怒りに顔を歪ませたバフェル公爵と、彼を囲む十数人の貴族たちの姿があった。

 どうやら魔道具は、追手を撒くためのランダム転移ではなく、公爵の隠れ家であるこの場所に俺たちを直接送り込んだらしい。ダルウィーめ、とんでもない置き土産を寄越してくれたものだ。









★おしらせ★


●以下のURLにてコミカライズも開始しておりますのでよろしくお願いいたします。


・コミカライズ版放逐貴族

https://www.alphapolis.co.jp/manga/official/142000647



■現在毎日(?)更新中の連載中の作品■


★最新作★

悪徳領主の息子ですが、父の真似をしたら名君と呼ばれてしまいました

https://kakuyomu.jp/works/16818622173620401425


Re:ゴブリンテイマー ~最弱スキルで始まる無双譚、気付けばゴブリン軍団を率いてドラゴンに挑んでました~

https://kakuyomu.jp/works/16818622170978130815

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