元親友へのざまぁ始めます
「ところで先輩」
「ん?」
幼馴染が家を後にしてから、幾ばくか時間が経過した。
ココアを片手に二人寄り添っている時だった。
「月宮さんにシャツ貸してましたよね」
「……すみません。家に泊めるだけでも重罪なのに、ホント……すみません」
ココアをちゃぶ台に置いて、速攻で頭を下げる。
額を床に擦りつける俺の姿は情けないものだった。
俺が非情を徹底していれば、幼馴染に服は貸さなかった。結局俺は根本的に甘いのだろう。この性格、変えていかないとだな……。
「顔を上げてください被告人先輩」
「被告人先輩……」
よく分からないあだ名をつけられ、そのまま反芻する。
「被告人先輩の罪状は、優柔不断罪です」
「うぐっ……なんともストレートな罪だな……」
「事情が事情とはいえ、月宮さんを家に上げ、あまつさえ服まで貸す。その甘さを先輩大好きな私とて肯定はできません」
「はい、申し訳ございません」
「今にして思えば、他に取る手があったと思うんですよね。たとえば、家の前に不審者居るって警察呼ぶとか」
ピンと人差し指を立てて、解決案を出してくれる。
「ごめん凛花。さすがに警察呼ぶほど大ごとにはできないよ。下手な噂でも立ったら面倒だし、親たちにも話が届いて余計ややこしくなる」
「それは確かにそうですね。あ、じゃあ親を呼べばよかったんじゃないですか」
「連絡先知らない……それに、結構複雑なんだアイツの家」
「そうなんですか?」
「ああ、まぁ口止めされてるから言いにくいんだけど」
「先輩。私口堅いですよ」
「ホントに?」
「確かめてみます?」
そっと唇を突き出してくる。
無防備に顔をさらけ出してきた。
「じゃあ、ちょっとだけ」
「長めでもいいですよ」
顔を近づけ口づけを交わす。
しっかり五秒ほど、唇を合わせるとお互い頬を緩ませた。……照れくさい。
「柔らかいんだけど」
「まぁとにかく口堅いですから、教えてください」
なんのためのキスだったのやら。
何はともあれ、凛花は吹聴するタイプの人間ではない。他言無用と言われれば、それを守れるだろう。
「実は、アイツ親が離婚してるんだよ。母親が浮気して、今は父親と二人で暮らしてる」
「……そう、なんですね。知りませんでした」
幼馴染の親が離婚したのは、中学生の時だ。
離婚が彼女の性格に少なからず歪みを与えたのは、否定できない。かといって、それで彼女自身が浮気していい理由にはならないが。……まぁ俺がもっと、ちゃんとフォローできていたら違ったのかも知れないけど……。
「親父さん、不規則な仕事してるからもし連絡しても家に居るか分からなかったと思う……ってごめん、これは言い訳だよな。凛花の言う通りだと思う。アイツを家に入れた後、俺が漫画喫茶に行くとか、やろうと思えば他にいくらでも手段はあった」
「いえ、私こそあんまり考え無しに言ってました。ごめんなさい」
「凛花が謝ることじゃないよ。俺、ホント優柔不断だ。アイツと縁を切ろうとしといて、結局家に泊めちゃったりして、全然筋が通ってないね」
「ですです。それは本当にそう思います。私、すごく不安だったんですから……いや今もですけど」
コツン、と俺の胸元に頭を預けてくる。
そっと彼女の頭を撫でてあげる。甘い香りが周囲に舞った。
「マジで、重罪だな……俺」
「はい。だから先輩……私の言うコト一つ聞いてください」
「うん。なんでも聞くよ」
「あ、言いましたね。なんでもって」
顔を上げて、至近距離で目を合わせてくる。
そうしてニヤリと口角を上げると、
「しばらく、私を先輩の家に泊めてください」
そう、実にとんでもない発言をしてきたのだった。
★
「おはよう。トシヤ」
登校を終え自席に着いている時だった。
目の前に人影が差し込む。その影の持ち主は、眼鏡を掛けた元親友だった。
「…………」
「どうした、元気ないな」
コイツは、ここまで完全に蚊帳の外だった。
普段通りに接してきているあたり、俺と凛花のこと、そして俺と幼馴染が別れたことも知らないのだろう。
彼とは接し方が難しい。
大前提としてこれからも友人関係を続ける気はない。だが、ただ突き放せばいい問題でもない。
ひとまず無視しておこう……。
「…………」
「何があったか知らないが、よかったら相談に乗ってくれ」
「相談?」
「ああ」
つい聞き返してしまう。
彼から相談されるのは珍しかったからだ。
「実は、どうにも凛花に彼氏が出来た雰囲気があるんだ。家を出る時間がおかしい。今日に至っては俺が起きる前から出発していた。そして帰る時間も遅い傾向にある。彼氏が出来たんじゃないかと思ってな」
「……だとしても、お前がどうこう口出しする問題じゃないだろ」
至極まともな事を言ってやる。
すると、元親友はスチャッと眼鏡の位置を調整する。
「いやそうはいかない。……なぁトシヤ。凛花の彼氏に心当たりはないか?」
「……あるよ。というかそれ、俺」
一瞬、隠し通そうかと思ったがやめた。
隠したところで、時間の問題。ならば、打ち明けるべきだと思った。
「トシヤ。自分で言ってる意味分かっているのか? お前には、月宮さんがいるだろう」
「アイツとは別れたよ。その後で、凛花と付き合ったんだ。報告が遅れて悪かったな」
元親友の顔色が曇る。
元々、俺が凛花の彼氏だという想定はついていたのだろう。
ピクピクと頬を揺らす元親友。
「舐めているのか。別れた……それはまぁいい。そこは当人同士の問題だ。だが、別れてすぐ凛花と付き合うとはどういう了見だ。ふざけているのか」
「ふざけてない。元々、凛花に気持ちが惹かれてたんだ。無理に付き合ってもらったワケじゃない。ちゃんと告白してオッケーもらったよ」
「そういう問題では……っ」
「頼むよ真太郎。親友の恋路くらい、応援してくれって。……な?」
今にも食ってかからんとする元親友。
俺はいつもと変わらない態度で、そう、微笑を湛えた。
……コイツは元々、俺のことを親友などとは思ってなかった。俺への恨みで幼馴染と関係を持つようなやつだ。
だったら、少しくらい俺もこの歪な親友関係を続けてもいいよな?
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